7 氷菓
「お嬢様、いらっしゃいましたよ」
「ええ、わかったわ」
客人の来訪を告げるメイドの声に、エミリアはグッと背筋を伸ばした。
「ごきげんようエミリア様、今日はお招きいただきありがとうございます」
「カトリーヌ様、ようこそお越しくださいました。き、今日は前回の挽回をさせていただきたくて…楽しんでいただけるといいのですが」
「まあ、ふふ、そんなに気を遣わなくてよろしいんですよ。でも、ありがとうございます」
今日エミリアは、オースティン伯爵家にカトリーヌを招待していた。
実はカトリーヌを招待するのは二度目である。初めて招待した時は、何度か会っているのに初対面に戻ったかのように緊張しすぎてカトリーヌが苦笑していたのをよく覚えている。それでも今日はどうしても、と思いもう一度招待させてもらったのだ。
エミリアが風通しのいいテラスへカトリーヌを案内すると、すぐにテーブルに紅茶とお菓子が運ばれてくる。
今日のメインはこのお菓子である。
キラキラと光を反射して輝く透明な氷たち。
その周りにはフルーツを使った色とりどりの鮮やかなソースが並んでいる。
カトリーヌは初めて見る光景に頬を緩めながら、珍しそうに氷を見ている。
「これは?」
「氷菓ですカトリーヌ様。お好きなソースをかけてお召し上がりください」
「これが氷菓ですの?まるで本物の氷のように見えますのね。シャーベットなら知っていますけれど、この氷菓は初めて食べますわ」
ワクワクと楽しそうな表情でどれにしようかとソースを見回すカトリーヌが選んだのは真っ赤なイチゴのソースだった。
一口大に刻んだイチゴが入っていて濃厚な、エミリアも大好きな味だ。エミリアはブルーベリーのソースをかけながらそっとカトリーヌが口に運ぶ様子を窺い見た。
「んん、美味しいですわ!これ、氷そのものでしたのね。濃厚なイチゴソースなのに一緒に食べるととてもさっぱりしますのね」
「はい、氷を細かくしてるんです。暑い今にピッタリだと思って、カトリーヌ様にも是非召し上がっていただきたくて」
「ふふ、エミリア様からご招待いただけたうえにそんな嬉しいことを言っていただけるなんて、今日はとても素晴らしい日ですわ」
にっこりと笑うカトリーヌの方こそ素晴らしいとエミリアは思う。会話は普通に成り立つようになってきたがまだ視線は偶にしか合わせることができず、それもカトリーヌに対してのみで他の令嬢も交えてのお茶会では以前のエミリアに逆戻りしてしまう有様だ。
それなのにカトリーヌはエミリアに対してアドバイスこそくれるが決して急かすこともなく呆れることもなくただいつも通りに接してくれる。本当に同じ年齢なのかと疑いたくなるくらい完璧だった。
数ヶ月前まではこんな風に誰かと一緒にお茶を楽しむなんて想像もできなかったというのに、カトリーヌと出会えたことはエミリアにとって幸運以外のなにものでもない。
「いつも、気にかけていただいているので…お口に合ったようでよかったです」
「これは涼しくなっていいですわね…どこで購入されたものか教えていただきたいわ」
「あ、これは当家のシェフと一緒に考案したものなのです」
正確にはエミリアが一人で考えた。というよりも前世の知識である。氷を削ってシロップをかける夏の食べ物、かき氷というものだ。前世の自分はかき氷が好きだったのか、それとも作り方が単純だからか、アレンジレシピまで知っていたようでいずれ試してみたいと思う。
少し前の夜、氷を出すことができたエミリアは、あれから氷魔法の練習ばかりしていた。もちろんハンナも家族も知っている。
基本的に得意な属性一つを極める者が多いが、二属性使えるのも特に珍しいことではないので「あら二つ目は氷が使えるのね!」と喜ばれた。
氷属性が使えるとわかったエミリアは、真っ先にカキ氷を作り出すことを考えた。かき氷の存在を知ってから、ずっと食べてみたかったのだ。
やってみてわかったのは、氷は大きいものより小さいものを出す方が難しいということだった。とはいえ大きいものも中がスカスカの軽いものにらなるのが多い。小さいものは逆に凝縮させるのが難しいのか、サイコロぐらいまで小さくできた後、なかなかサイズが変わらなかった。
「っはー!難しい!小さい方が簡単だと思ったのに!」
ぐったりとソファに横になるエミリアにハンナは紅茶を差し出す。ほどほどにしろと思っていそうな顔である。
「家具のミニチュアも難しいと聞きますから、小さいものの方がコントロールが難しいのかも知れませんね。でもそんなに小さいものをだしてどうなさるんですか?」
「どうもしないわ。ただどこまで小さくできるかなって思ってやってるだけよ」
かき氷は見たことがないから説明しても何故それを知っているのかと聞かれると困ってしまう。できるようになってからの方が思いついたから、と誤魔化せるはずだ。
そうしてしばらく停滞していた大きさだったが、ある時外で庭の草花に水をやっているのを見て、エミリアはジョウロのように水を出す感覚で氷を出すことを思いついた。そしてそれは大当たりだった。
最終的に雨を降らせるかのように細かい氷を出すことができるようになり、エミリアは自分が水より氷魔法の方が向いているような気がするほど簡単にできてしまった。
そこからはもう早かった。早速ハンナに実演して見せてこれにフルーツソースをかけて食べてみたいと提案してその日の夕食にテーブルに並んでた時は小躍りしたくなるほどだった。
家族も絶賛し1週間ほど毎日食卓に上がるほどだ。流石に飽きるかと思ったがソースのアレンジにより今も美味しくいただいている。
「ーー小さい氷を出すか、氷を削ってソースをかけるだけなので、カトリーヌ様のお家でもお作りいただけるかと思います」
「教えてくださってありがとうございます。当家のシェフにもお願いしてみますわ」
氷魔法が使えることは省き作り方を説明すると、カトリーヌは側にいた侍女に伝えて、楽しみだと笑った。
それから数日後、エミリアはカトリーヌから手紙を受け取り、内容を読んで卒倒しそうになった。
曰く、王子殿下たちに振る舞ったらとても興味を持たれたこと。だかカトリーヌの家で出るものよりもオースティン伯爵家で食べたものの方がとても美味しかったと。
そこでキャロライン侯爵家でパーティを開くのでオースティン伯爵家からとして氷菓を提供してもらえないかとのこと。
「うぅーーん、パーティは…」
「…お断りは、難しいと思いますよ?」
「そうよね、わかってる。わかってるんだけど…」
行きたくないーと机に突っ伏すエミリアに、ハンナはさっさと予定表を手に取り執事や両親にスケジュールの相談に行ってしまった。
「ぼっちの方が楽だったかしら…」
部屋の中にエミリアの嫌そうな独り言がポツリと響いた。