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ロックンロールで踊らせて  作者: ポール石橋
19/35

第十九話 旋律の貴公子 Part.1


 1


いすゞ橋通りは日差しの照り付ける夏の日の真昼間も人でいっぱいだ。せわしなく歩き回る人、人、人―。そして眩暈がするほど行きかいをする車―。ただでさえ暑い真昼の空気がより一層熱を帯びているように肌で感じられる。

さて、そんないすゞ通りを一人の男が歩いていた。この暑い中、その男は上から下までビシッと真っ黒であった。頭にはボルサリーノ、目には黒のサングラス、身体には黒いとしか言いようのない色のスーツ、そして足にはこれまた黒い革靴である。とにかく見ているこちらが熱くなってくるほど真っ黒な服装だったのだ。

その男はポケットに手を入れ、しょっちゅうすれ違う薄着の若い女性を目でおったりしながら歩いていた。時々口笛を吹いたりもする。男は道にある公衆電話ボックスを見つけるとそこのドアを開けて中に入った。ポケットから探るようにして十円玉を数枚取り出す。それを電話機に入れ、ダイヤルを回した。受話器を耳に当てる。

プルルルル―

相手が出てくるのを待つ間も側を通り過ぎていく女性の観察を欠かさない。何人かの女性はそれに気づいて気味悪そうに彼を見つめて行った。丁度その時貴田はボックスの外の女性ではなく、スキンヘッドのいかつい男と目が合ってしまった。彼としては男と目など合わせたくないようであからさまに不快な表情を見せてから目をそらした。相手の男の方も不機嫌そうな顔をする。

プルルルル、ガチャ。

相手が受話器を取ったらしい。


「リサか?僕だよ、貴田だ」


男の名前は貴田と言うらしい。相手は女であろうか。


「いやあ、暑くてたまらないね。…ん、今公衆電話からかけてる。…携帯を忘れてきたんだ、仕方ないだろ?…え?ああ、S市だけど、…おいおい、僕の休暇なんだからどこに行こうと僕の勝手じゃないか。…なーに、分かってる。ただね、ちょいと懐かしくなったってだけでさ、彼が僕を覚えているかは分からないけど…そういうもんかなあ。…ん…いや、今年は遠慮しとくよ。僕の分もよろしく、それじゃあまた」


貴田は受話器をガチャンとかけると扉を勢いよく開けて外に出た。左右をきょろきょろと眺めてさっきの男がいないのを確認するとまた歩き出す。果たして目的地はあるのかないのか、彼は迷いなくまっすぐ歩いていたが、左手の銀行の前を通り過ぎようとした時ふと何かを思い出したように足を止め、足を後ろに進め始めた。彼がその足をもう一度止めると同時に横でバンが二台止まった。そこから人が出てくる気配もない。貴田は顔を左に向けて銀行の中を見つめる。そして少し何かを考えた様子を見せてから、体を銀行に向けてまた同じ足取りで銀行の中へと入って行った。


 2


「ふわ~まーぶしー!」


スタジオハウスから出てきた絵里が唐突に叫んだ。麗子、麻美、菊之進もその後について外に出る。絵里の言う通り二時間ぶりに見る夏の日差しはその勢いを増していた。


「初のスタジオでの練習はどうだった?」


麗子が三人に向かって聞く。とは言っても麻美と菊之進にはスタジオハウスで練習した経験があるため、ほとんど絵里ひとりに聞いているような恰好になった。


「あー、やっぱり音の聞こえ方が全然違いますね。ずれてるところとか分かりやすいです」


「うむ、まあこれから文化祭まではスタジオで練習することが多くなるだろう。少し金がかかるがまあ頼む」


四人は並んで歩き出し、そのスタジオハウスがある裏通りからいすゞ通りへと出た。目の前を車が猛スピードで走り抜ける。


「あの…このあと、どうですか?みんなで昼食とか…」


麻美が控えめに言った。菊之進もそれに賛同する。


「いいんじゃないか、俺も腹減ったし、駅近くならいっぱい店もある」


「私もオーケーよ」


「よし、じゃあ行くとするか」


麗子が三人を連れて歩き始めようとした時、突然絵里がその体を止めた。麻美と菊之進は何事かと絵里を見る。


「えりぴょん、どうしたの?」


見れば絵里の顔は真っ青である。


「…その…おなかが…痛くなってきた」


「大丈夫?」


「…多分」


麗子は呆れたように絵里を見ると、


「とりあえず一回トイレ行って来い。…ちょうどすぐそこに銀行があるから貸してもらえよ。早く行け、私は腹が減ってんだ」


とその時丁度坊主頭のいかつい男が入って行った銀行を指して言った。

絵里はそれに「はい…」と小さく返事をすると腹を抱えながら小走りをして銀行へと向かった。


「私、ついて行った方いいかな…」


「子供じゃないんだし、大丈夫だろ」


麻美と菊之進は絵里が銀行に入るのを少し不安げに見送っていたが、麗子は余程腹が減っているようでプンスカプンスカして足踏みをしていた。


 3


銀行の中に入った貴田は整理券を受け取ると壁際に並べられている長椅子にどっかりと座った。銀行というのはいつも混んでいるもので、この日も若者から年配までたくさんの人が何らかの用事を持ってやって来ていた。

どうやら自分が呼ばれるのはまだ先のようだと考えた貴田はどうやってこの暇な時間を潰してやろうかと思案した。そして結局は『人間観察』をすることに彼は決めた。

椅子で新聞を広げて読んでいる初老の女性、窓口でぺちゃくちゃ唾を飛ばしながら文句を言っている小太りの中年女、それを苦笑いしながら対応する瞳に輝きを持たない女―。

貴田は首を傾げた。どうも自分の望んでいる『人間観察』が出来ない、ここは出来損ないばかりだ。そう思っていた時トイレからギターケースを背負った少女が出てきた。目を凝らしてその少女の要望を調べ上げる。髪は短め、服はTシャツに短パン。何だか夏休みに見かける小学三年生男子のようで魅力に欠ける、いや、特定の人にとってはかえって好材料かもしれない。さてさて少女の顔はどうであろう。うむ、目がくっきりとしていてなかなか可愛らしい。どことなく馬鹿っぽい感じがするのもグッドだ。しかしギターを背負っているのはよくない。なぜよくないのか?それは…

その時、貴田は一人の男が視界に入った。その男には見覚えがある、そうだ、電話ボックスの時に目が合ったスキンヘッドの人相の悪い男だ。少しバツが悪いような気がして視線をそらそうとしたが、貴田の頭がそれを許さなかった。というのも、スキンヘッドの男が突然懐から拳銃を取り出したからだ!

貴田は目を疑った。この日本の片隅のようなところでまさか銃を目にすることがあるだろうか。しかもここは銀行である。まさとは思うが、こいつの目的は…

銀行の自動ドアが開き、五人の男が入ってきた。丁度銀行から出ようとしていたギターの少女はそのうちの一人に腕を掴まれて引き戻された。彼女は驚いた顔で自分の腕を掴んでいる長髪の男を見つめている。

五人のうち先頭に立っている髭を蓄えたリーダーと思われる男がスキンヘッドに目で合図を送ると、彼は銃を天井に向けて一発ズドンと撃った。銀行内にいた人々が一度体をびくつかせ、男たちの方を見た。それと同時に銀行のシャッターが降り始める。


「動くなー!」


スキンヘッドはもう一度銃を天井に撃つとそう叫んだ。状況をある程度把握できた周りの人間たちはある者は恐怖のあまり身動きできなくなり、ある者はその反対につんざくような声で泣きわめいた。


「静かにしろー!」


スキンヘッドの男が泣き叫ぶ女の口元に銃を突きつけると、彼女は涙を流しながらも大声を出すのを何とかして我慢した。窓口内にいる銀行員のうち一人の男が机の裏にある緊急用ボタンを押そうとしたが、いつからいたのか眼鏡をかけた男が横におり、こめかみに銃を突きつけてきたため、ボタンを押す前に両手を上げる他無かった。他にも数人が窓口内に入って銀行員に向かって銃を構えている。どうやら強盗はあとから入ってきた五人だけではなく、スキンヘッドの男の様に事前に客に紛れていた男たち、それとおそらくは別に侵入してシャッター装置等を操作している者や逃走経路を確保している者もいるだろう。

呆れた顔で強盗団を眺めていた貴田の横に、ギターの少女が乱暴に座らせられた。


「そこに座ってろ」


長髪の男がそう言ってリーダーの方に向かって歩いていくのを少女は憎しみのこもった目で見つめると、


「私はともかくギターは大切に扱わんかー!馬鹿!うすのろ!とんちき!」


と叫んだ。長髪は一瞬足を止め、少し間をあけると振り返って少女を凄まじい形相で見つめたが、その時にはもう少女がケースの中を覗き始めていて自分に注意を払っていないことに気付き、戸惑った様子を見せてからまたリーダーの方に向かった。

貴田はこの娘は本当に馬鹿なんじゃなかろうかと思いつつ、少し興味を持ち始め接触を試みることにした。


「君、ギター弾くのかい?」


思い出してほしい。貴田の今の恰好は全身黒づくめで、見かけからすれば強盗よりもずっと不審なのだ。少女は突然そんな男に話しかけられて警戒心を抱いた。


「え、あ、はあ、そうでがんすが」


受け答えの仕方からして何だか変な娘である。貴田はより一層気になってきた。


「そうか、僕もよくギター弾くんだよ。名前は貴田。よろしく」


「あ、どうも、尾山絵里と申しあげます」


「ちょっとギター見せてもらっていい?」


貴田はこの絵里という少女がどんなギターを使っているのか何故だか気になった。やはり赤いレスポールか?いや、大きさからして違うだろう。じゃあムスタング?いや、これもおそらくは違う。では何だ?


「え、あ、いいですよ」


絵里はギターケースを貴田の方に寄せるとケースからそのギターを取り出した。


「…これは」


貴田は信じられないと言うようにこれ以上ないほどその目を見開き、今自分の目の前にある赤いギターを凝視した。これは、このギターは…


「リッケンバッカー330…」


「そうです。あんまり使ってる人いないですよね」


貴田は驚いた顔つきのまま絵里の顔を見た。彼女は何の穢れもない、無垢な少女のごとく笑っていた。


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