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ロックンロールで踊らせて  作者: ポール石橋
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第十話 グルーヴィー・ボーイPart.2


 3


S市の中心地から少し離れたところに『Maple』というライブハウスがある。それなりに長い歴史を持ち、県内の高校生がライブを行う場所としては比較的大きな場所だ。中心地から離れているとはいえ、地下鉄がまっすぐ伸びているうえ、駅の隣という位置にあるため、かなり立地も良いと言えるだろう。国道を挟んだ向こう側には本屋やお茶屋、スーパーマーケットなどが立ち並ぶ。

土曜日、麗子と絵里と麻美の三人はその『Maple』へとやってきた。目的はもちろんただ一つ、いいベーシストを見つけることだ。


「今回のライブは完全にうちの学校内だけのものだから多分見てもあまり得られるものはないと思う。高校生バンドで心に訴えかけてくるようなものなんてそうそうないが、うちの場合は本当に酷いからな。演奏さえ上手ければいいと思っている大馬鹿野郎ばかりの上に、実際に演奏が上手いわけでもないからな。とにかく今日はベーシストを探すんだ」


麗子が入り口の自動ドアを通って建物の中へと入って行ったので絵里と麻美もそれに従った。そこはどんよりと暗く、少し湿っぽい感じがあった。すぐに下へと延びる階段が現れる。下の方に紫色の怪しげなライトが見え、壁には様々なライブや企画のポスターが貼ってある。それに写っている人々のほとんどがメイクや派手な髪形、髪の色をしている。そしてそこにはこびりついた様な煙草の匂いが蹂躙していた。

このような場所に来たことのない絵里と麻美は少し怖気づき、階段を下りるのを躊躇った。何か危ない世界への入り口のような気がするのだ。


「おい、早く来い」


もう階段を下り始めていた麗子が二人の少女に向かって言った。そこで二人もゆっくりゆっくりと一段ずつ歩みを進めた。文字通り段々と紫色の光が近づいてくる。

絵里がちらと横の壁を見るとあまりかっこよくない三人の男が写るポスターがあった。見ればそれが宣伝するライブの日にちはもう五年も前のものである。なぜ張りっぱなしにしているのであろう?そんなにセンスのあるポスターでもない。単にはがすのが面倒なだけであろうか。

そんなことを考えているうちに階段を下り終えた。左手にドアがあり、堅く締まっている。麗子がそのドアノブに手をかけ、回しながらゆっくりと向こう側に押した。その先の小さな部屋にはバーカウンターのようなものがあり、髪を派手に染めた若い男性が客に飲み物を渡していた。その客の他にも何人かの人々が集まっている。その部屋の奥にある扉は開けっ放しになっており、その先から人の声やスピーカーから流している音楽が聞こえる。どうやらそこがステージのようである。


「お客さん、ドリンクは何にする?」


カウンター内にいる男が話しかけてきた。するとその質問に答える前に麗子が絵里と麻美の方に顔を向けて話し始めた。


「このようにライブハウスでのライブは飲みたくなくてもいちいちドリンクを強制的に買わせられる。しかも、大体一杯で五百円というぼったくり料金だ。まあ今回はチケット代を取らない良心的なライブだから払ってやることにしよう。それでも高校生バンド見るのに五百円ていうのも、ちと考えモノな気もするけどな」


麗子が大きな声でする話を聞き、男は呆れ顔になった。目の前にライブハウスの人間がいるということをこの女は忘れているのだろうか。


「ああ、コーラ三つでよろしく」


三人は五百円とグラス一杯のコーラを引き換えたのち、それをすぐに飲み干すとグラスを男に返してステージの方へと向かった。

そこは既にたくさんの若者で溢れかえっていた。おしゃれをしてきている者もいれば制服やジャージで来ている者もいる。絵里は想像以上の集客数に素直に感心した。


「意外とこういうライブに来る人っているもんなんですね」


「そうだな、正直何でこんなに来るのかよく分からん。まあ、私たちの学校は一応進学校だしな、ぼんぼんとかお嬢様が多いんだろ。そういう奴らは五百円や千円くらいポンポンと何も考えずに出すだろうさ」


「なるほど…でもぶっちゃけ麗子さん家もお金持ちですよね?」


絵里がへらへらとそう言うと、麗子は今までのどんな時よりも恐ろしい形相になった。絵里は何か地雷を踏んでしまったことに気付き、すぐに「ご、ごめんなさい」と謝った。

麗子は覗き込むようにして絵里を見つめると、


「私の家のことは何も言うな」


とだけ言って元の顔に戻ると、「トイレに行ってくる」と言ってその場を去った。

絵里は何とか最悪の事態だけは切り抜けたと思いほっとし、麗子に言われたことを心に留めておくことにした。

そんなところに一人の女が現れた。


「あれ?あんた絵里じゃない。何してんの、こんなところで」


美紀である。いつもの制服と違い、ふりふりの服を着てメイクまでしているが、やはりその人を馬鹿にしたような声は変わらない。


「…何しにって、ライブを見に来たんだよ」


「あらそう、わざわざ私の晴れ舞台を見に来てくれたってわけね。…あれ、あんたどっかで見たことあるわね」


美紀が麻美を訝し気に見ながら言った。麻美はドキッとして、口ごもりながら、


「…あ、お、同じクラスの、あ、麻美、です」


と言った。


「ああアサリね、アサリ。思い出した思い出した。変な名前ね。とにかく、今日のライブを見ればあんた達にも『ロック』の良さが分かるわよ。私のバンドの出番は全体で六番目、一年生の中ではラストだから。そうだ、写真撮っておいてよ。そんであとで送ってちょうだい。それじゃ」


そう言い残すと美紀はステージの裏の方にある楽屋へと消えていった。絵里と麻美はそれを哀れなものを見るような目つきで見送った。彼女はあのような生き方しかできないのである。何と可哀想な女であろう。


「はいどうもー」


突然ステージ上に小太りの男が現れた。どうやら今日の司会を務めるようである。彼が出てきたということは遂にライブが始まるのだろう。いつ戻っていたのか、麗子は絵里の後ろに立っていた。


「始まるな。まあ、そんなに楽しくないだろうから疲れたら外の空気を吸えよ」


そして最初のバンドの演奏が始まった。


 3


麗子がココアシガレットをふかす。もちろん煙は出ない。その横で絵里と麻美が汗をかき、やつれた顔でしゃがみ込んでいた。

ライブハウスの外には彼女たち三人を含めて何人かの高校生たちがたむろしていた。すぐ隣にあるコンビニで買ったと思われる棒アイスを口にしている者がいて、絵里と麻美はそれを羨ましそうに眺めていた。


「疲れたか?」


麗子のその問いに二人はぶんぶんと頭を縦に振って答えた。


「いやあ、何というか…熱気がすごいですね」


「本当に…ずっと立っていると疲れます…」


「てか、単純に耳が痛いです」


「絵里は特に爆音に慣れていないしな。まあ実際聞いてて不快になるものもある」


「ライブって見てるだけで疲れるもんですか?」


「まあ慣れないうちはな。自分の好きなバンドのライブならどんなに疲れても楽しめるが、こういう高校生のライブとかは正直ずっといるのはキツイだろ。ところで」


麗子は二人と同じようにしゃがんで目線を合わせた。


「お前ら、さっき見たバンドたちのMC聞いたか?」


「そりゃあ、聞きましたけど」


「で、どうだった?」


絵里は少し困ったような顔つきでそのMCを思い出した。


「どうというか…つまんなかったです」


「その通りだ!つまんなかったよな。うむ、あれが高校生バンド名物『クソつまらないMC』だ」


麗子は楽しそうにしゃべりだす。こういう話をする時は本当に愉快そうだ。


「私は全くMCというもの自体をどうこう言うつもりはない。そのアーティストの演奏時とは違う姿が見えたりするのも悪くないと思うしな。だが、高校生バンドはそこで勘違いするんだよな。例えば自分の好きなバンドのライブに積極的に金を出して行って、そこでそのメンバーがMCを始める、これがメンバー同士の無茶ぶりだったり内輪ネタだったりする、これを聞いてファンはどう思うか?それすらも嬉しいと思ってみるんだな、これが。正直、私が好きなバンドにそういうMCをするのはないからよくは分からないが、特に女性ファンなんてのはとにかく好きなアーティストが話すだけで嬉しくなるものらしいんだ。まあ、私だって目の前でジミヘンが何かしゃべっていたらそれだけで興奮するだろうしな。さて、話を高校生バンドに戻すが、彼らのライブを見に来ているのはファンだけではない。私たち三田なのもいるし、他のバンド目当てで見に来た奴もいる。そんな中でさっきみたいなMCをやってみろ。絶対に微妙な空気になるし、実際そうなってただろ」


絵里と麻美はまた頭を縦に振る。


「特にキツイのは謎の自己紹介だよな。私が前見たので一番きつかったのは、『初めまして、ギターの〇〇です。最近の悩み事はお部屋のカーテンの柄をどうするかということです。うふふ』その後に待っていたのは何か、もちろん沈黙だ。見ているこっちが恥ずかしい!…本当にMCは今後高校生バンドにとっての魔の時間だ。最も彼ら自身はそれに気づいていないことが多い。私はMCはやるならトコトンやる、具体的にはYMOみたいに寸劇を入れるとかだ。そしてやらないならほとんどやらない、ってのが一番いいと思うんだ。ゆらゆら帝国みたいに『どうもありがとう』とかだけでいいだろう。とにもかくにもこれ以上グダグダMCは見たくないんだ。…そろそろ今の二年バンドの出番が終わるな。確か次は一年最後のバンドだ。さっきまで見た二人の一年ベーシストは大したことなかったからここに懸けるしかない。さあ、行くぞ」


三人は立ち上がり建物内に入ると、また階段を下り始めた。次のバンドはあの美紀のバンドである。絵里は何だか見る気が起きなかったが、これで最後だと思えば我慢できる、と自分に言い聞かせた。


「…おい、もう始まっているみたいだ。急ごう」


入り口の扉を開けた麗子が言った。三人は中に入ると早足でステージへと向かう。確かにもうステージ上では美紀を中心としたバンドが演奏を始めていた。どうやら彼女はギターボーカルのようである。聞こえてくる歌声は特段上手いとは言えないが、下手とも言えぬものであった。また、ギターやドラムの音も一つ一つが綺麗な感じはあまりしなかった。というより下手である。だが、それは曲として成り立っていた。バンドの連帯感からなるものか?いや、そうではない。そのバンドを担っているのはただ一人であった。


「…あのベーシスト」


麗子が口を開けた。その目はある一点を見つめていた。向かって左手、一人の男、ピックでベースを弾いている男―。


「グルーヴしやがる」


彼女たちは『四人目』を見つけた。


 4


須賀菊之進は所属するバンドの出番を終え、楽屋でベースギターをケースにしまい始めていた。


「皆お疲れ!大成功だったわね」


前島美紀がメンバーに向かって大声で言った。それに対してドラム担当の男子とキーボード担当の女子が嬉しそうに答えた。


「そうだな!かなり上手くいったぜ」


「ねー、私たち才能あるんじゃなーい?」


「それ!こりゃ武道館も近いわ」


菊之進は彼らの会話に混ざることをせず、帰るための片づけをすべて終えた。ケースはかなり年季が入った様子である。彼はそれを持ち上げると両肩にかけた。


「あら、あんたもう帰るの?まだ先輩のバンドいくつか残ってるし、打ち上げとかもあるわよ」


美紀が怪訝そうに言った。菊之進はうんざりしたような顔つきになると、


「別にいい。あとは任せた」


とだけ言って楽屋を出て行った。

美紀とほかの二人は彼をぽかんと口を開けながら見送り、しばらくすると会話を再開した。


「あいつ、付き合い悪いわね。何考えてるのかよく分からないし」


「まあいいよ。あいつそんなに上手くないし、俺たちだけでもやれるさ」


「そーよ、そーよ。てゆーか、前から思ってたけどベースって地味だしー、もういらないんじゃなーい?」




楽屋を出るとステージの横を通って客席に出る。ぎゅうぎゅうに詰まったそこを思いベースを背負いながら無理やりにとっていく。不快感を催す独特の熱気でいっぱいだ。


(こんなライブによくこんだけの人が集まるな)


人ごみを押しのけ押しのけ、やっとこさ出口までたどり着いた。そこで一度ふう、と息をつくと、カウンターの周りに集まる人々に目もくれず階段へと向かう。頭上には紫色の光が灯っている。その光から遠ざかるように階段を昇って行った。

もう少しで地上に出るというところで、背後から女の声がした。


「そこのベーシスト!ちょっと待った!」


振り返るとそこには三人の女がいた。背が高いのと、普通なのと、ちっこいのと、その誰もが菊之進にとっては見知らぬ顔である。一体この女たちが自分に何の用があるというのか彼は不思議に思った。あまり、良い予感はしない。

一番背が高く、先ほど声をかけてきた女がつかつかと階段を上って近づいてくる。菊之進はいつでも相手を突き落とせる準備をした。


「…何か用か?」


彼が細い目で女を見つめて言った。その目は普段から周りの人間に「怖い」と呼ばれていたものであったため、ここにおいてもある程度の効果を発揮するであろうと菊之進は予測していたが、それは見事に外れたようであり、女は平気そうな顔で、そして半ば命令するかのような口調で返答した。


「そうだ、用がある。まあこんなところで立ち話も何だ。喫茶店にでも入ろう。おごってやるぞ」


女は菊之進の腕を掴むとそのまま引きずるように連れて行こうとしたが、これには菊之進は危機感を感じたらしく抵抗した。


「ちょっと待て!おごってもらえると聞いて見知らぬ人間にノコノコついていくわけないだろ!今時小学生でも警戒するぞ」


それを聞くと女は面倒くさそうな顔をして首を横に振った。


「ああ、もう!面倒くさいな、おごってやるってんだから早くしてくれ!」


菊之進の危機感が苛立ちに代わる。


「まず名を名乗れ、名を!そして要件を簡潔に言え!」


「だから立ち話もなんだって言ってるだろ!」


「俺はかまわんからここで言え!」


「私がかまうから来いと言ってんだ!ほら、絵里も何か言ってやれ!」


まだ階段を昇らずに子供を見るような和やかさと共にハラハラしながら見ていた絵里と呼ばれた女は明らかに困った顔を見せた。彼女はこうなると女が折れないことを何となく理解していた。とりあえずここは男の方に譲ってもらうしかない。


「あの、どうか麗子さんの言うことを聞いてあげてください。ごめんなさい」


そう言うとぺこりとお辞儀をした。両腕を前の方にぶら下げておりどこか馬鹿っぽい雰囲気を漂わせている。というより自分を馬鹿にしているのかもしれない、と菊之進は一瞬思ったが、その横の背の低い女が慌てたように絵里に続いて綺麗なお辞儀をしたのを見て、少し落ち着くことが出来た。

それを見て女の方は不満そうに何か文句を言っている。二人はそれを聞いて委縮している。あの麗子と呼ばれた女、何だか強欲そうな奴だ。下にいる二人の少女は彼女の下僕みたいなものであろうか。何にしろ可哀想である。

菊之進は彼女たちを不憫に思い、言うことを聞いてやることにした。


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