最終話
静かな図書室に、私のペンを走らせる音だけが響く。
今日は久しぶりの勉強会だ。ラッセルはまだ来ていない。おそらく、女の子に捕まっているのだろう。もう私以外の女の子にかまうことをしないと宣言したラッセルだったけれど、そのせいで、せめて告白だけでも聞いてほしいという女の子が続出していると聞いたからだ。なんだかんだファンは多かったから、しばらくはこういった日が続くのではないかと予想している。
あの後のことだが、まず二人に謝られた。
一人は当然、ビリー。私を泣かせてしまったことと、賭けを提案したことを「ごめん!」と必死で謝ってくれた。理由を聞いてみれば、賭けについては、ラッセルがいつまで経ってもアプローチをしないことに対し発破をかけるためだった、とのこと。だから、本気で私を口説こうとかはしていなかった。と強く否定していた。それはそれで、正直複雑である。
そしてもう一人は、あのときの金髪の少女だった。名前はジュリーと言うらしい。彼女は、私がラッセルとのデートを目撃したという事実を知り、慌てて謝ってきた。
彼女曰く、「確かに一緒に出かけはしましたけれど、ほとんどフィリス様のお話しかしていませんし、何より、私他に好きな人がいるので!」とのこと。それでも、きちんと謝ってくれた彼女は、すごくいい子だと思う。少なからず彼女は悪くないし、むしろ嫉妬した私が悪いのだからとこちらも頭を下げると、彼女は「じゃあ、お互い様ってことで」と笑ってくれた。それ以来、彼女とは話すようになり、一緒に勉強する機会も増えた。彼女は一年生だけれど、友人……と言ってもおかしくないかもしれない。
廊下からタッタッと足音が聞こえてくる。これだけで誰の足音かわかってしまう自分が、ある意味恐ろしい。いや、そもそもこの第二図書室があるこの辺りは、人通りが少ないのだ。だいたいここに来る人は限られてしまうのだから、誰が来るのか理解できてもおかしくはないはず。うん、そう。
「ごめん! 遅くなった!」
そう言って、慌てた様子で第二図書室に飛び込んできたのは、ラッセルだった。
「別にかまいませんわ。どうせ、女の子に捕まっていたのでしょう?」
「……もしかしてー、妬いてるの? フィリス」
「どこを見てそんな判断ができるのですか」
淡々と言い返すが、ラッセルは相変わらずにやにやしたままだ。くっ! わかっていますよ、と言わんばかりのその顔! 腹立たしいわ!
というか、実際ラッセルには私の思っていることが何となくわかるらしい。
以前、聞いてみたことがある。「私のどこを好きになったのか」と。ビリーや本人の口ぶりからして、あの賭け以前から私の事を好きだったことは明白だったが、それ以前の私は彼に対して嫌悪しかなかったし、好きになる要素がないと思ったからだ。
すると、彼はこう言った。
『実を言うとね、俺も最初は君の事好きじゃなかったよ。他の女の子たちはくるくると表情が変わって可愛いのに、君はずっと無表情だったから』
『まぁ、そうですね』
『でも、入学してすぐの試験の日だったかな。今と同じ、俺は一位で、君は二位だったんだけど、君は二位と言う順位に対して興味なさそうな顔をしていた。ほんと、可愛げない子って思っていたらさ、たまたま誰もいないところで君が「あんな男に負けるなんて、悔しい!」って怒っているところを聞いちゃって』
『なっ! あれを聞いていたの!?』
『うん。それで、ポーカーフェイスは表向きの顔なんだと知って「何だこの子」って興味を持ってさ。そこから注意深く観察するようになったら、普段無表情でも何を思っているか、何となくわかるようになって、「意外と結構感情が豊かなんだ」って気づいてね。そしたら、なんだか君が可愛いと思えてさ。それでようやく好きになっていたことに気づいたって感じだね』
そう言ってラッセルはニコニコと笑っていたが、私は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。……主にひとり言を聞かれていたという点で。
そのときの事を思い出していると、ラッセルがぷっと吹き出した。
「ほんと、フィリスは可愛いね。そんな態度、俺以外の人にはとったらだめだよ」
「そんなことしません!」
ラッセル以外にこんな感情を乱されることはないし、少しでも表情に出すことはない。こんなふうになるのは、彼だけなのだ。
喜びも、悲しみも、怒りも、彼を愛しいと思う気持ちもすべて、彼にしか見せることはない。
『最後のお願いはね――』
ふと、お母様の言葉が蘇る。
――あぁ、そういうことなのね、お母様。今更ながらにあなたの願いを理解したわ。
今なら、ちゃんと叶えてあげられる。だから、お母様。ちゃんと見ていてくださいね――。
「ラッセル」
私は彼の名前を呼び、じっと見つめる。亜麻色の髪、琥珀色の瞳、そして左目の下のほくろ。いつもの見慣れた彼だ。けれども、以前とは違い、彼の耳たぶにはペリドットのピアスが煌めいている。でも、どんな彼でも愛おしいと感じることに変わりはなかった。だから――。
「私を笑顔にしてくれてありがとう」
私は笑みを浮かべた。今は、とても不格好なものかもしれないけれど、自然な笑顔になるまでずっと、彼は私のそばにいてくれるだろうから。
そのとき、頭の中にあのときのお母様の声が響いた気がした。
『最後のお願いはね、フィリスが心から本当の気持ちを表に出すことのできる相手を見つけることよ』
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。