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興奮、高揚。それから溺死。

 生きていれば誰しも一度は『死にたい』と考えるものだろう。

 違うだろうか。

 妹はそんなことはないと言うけれど、少なくとも私はそちら側の人間だ。


「ああ、死にたい。今日も死にたい。しんどいねぇ」


 出勤中の車の中は私のネガティブな言葉で定員オーバーもいいところ。

 だいたい、たった4文字で今の感情を最大限表せてしまうのが悪いと思うのだ。

 簡単で、軽くて、それ以外の意味を持たない単純な言葉。


 言ってしまえば、声に出しているだけでそこまで重たい意味を持たせることはほとんどない。

 ただ休みたいだけ。この長い長い人生に一息つきたいだけ。

 けれど、残酷にも刻まれる秒針を止めることなどできず、今日仕事を休む勇気すらない私にとって人生で休息をとるのなんて不可能で。

 だからいっそのこと投げ出したくなる。

 身を投げたくなる。


 それが叶わないから、胸の内の願いを吐露してしまっているだけ。




 疲れたから休みたいの『死にたい』は1番スタンダードな使い方だろう。


 けれど、個人的にもう一つその言葉を使う場面がある。

 それは、心の底から感激した瞬間である。




「ああ、なんて素晴らしいの。死にたいなぁ」


 魂を揺さぶられるほど性壁に刺さる小説を読んだ時。

 あるいは漫画のキャラクターに心底惚れた時。


 興奮、高揚。


 心が満ち満ちて溢れ出して、形容し難い感情が喉をついてでてくる。

 その言葉がその4文字。


 この幸せな瞬間に頭を撃ち抜かれたらさぞ気持ちの良い終わり方だろう。

 今考え得る最高の人生の締め方だ。

 だってまるで、好きな人に殺されるみたいじゃないか。


 だから私は、最高な作品に出会った日、布団の中で悶え苦しむ。

 殺してほしくて堪らないのに誰も私を殺してくれない。

 漫画の中のキャラクターがその手を伸ばしてくれるわけじゃないのに。

 私の中で暴れる感情が心臓を止めてくれるわけじゃないのに。


 どうしたものか。

 胸の底で私が切に願って叫んでいる。


 なんなら、日頃吐く4文字よりも重みを持っているくらいだ。


 ふと思う。

 もしかしたらこれは、私よりも素敵な作品を作り上げる作者の才能に嫉妬しているだけではないか。

 私の拙い作品に耐えきれず絶望しているだけではないか。


 宙に手を伸ばして何かを掴むような仕草をしてみて。

 その手の内に何が入っているかを考えた時、正体に気づく。


 私はたとえ私の作品が他人からしてみれば見るに値しないものであったとしても、愛おしくて仕方のない子たちばかりである。

 他人の才能に憧れさえすれど嫉妬はしない。


 私の手の内にあるのは形のない小さな死の欠片。


「ああ、今。この子に殺されれば幸せなのになぁ」と。


 空っぽの頭に浮かぶのは幸せに溺死することばかりであった。







 妹はそんな私を見て呆れた顔をして言う。


「勿体ない。好きなものは何度でも楽しめばいいのに」


 いやね。ヒロインみたいな明るい子は苦手なの。

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