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悲恋は重罪と彼方此方で耳にして。

「ねぇ。少女に幻想を抱きすぎよ?」


 薄く笑った少女が言う。

 正方形の白い箱に腰掛けて、艶やかな黒髪を耳にかけた。

 着慣れた制服は高校のもので、スカートから伸びた脚は形良く組まれている。


 僕はそんな彼女の前に座り、背を丸めて携帯を弄っていた。


「…やっぱりくだらないかな」

「えぇ。あまりにも現実味がなさすぎて」


 その突き放すような物言いに僕は更に背を丸める。

 携帯の画面に連ねられた文字たちは綺麗なものばかり。


「少女は幻想的だと思う。繊細で儚くて、硝子細工という言葉がよく似合うんだ」

「そうね。けれど、あなたが作る硝子は芯がなくて軽すぎる」

「自覚はあるよ。だから、せめてもと。形は気にしているつもりさ。」

「天使や人魚にして?たしかに危うい形にすれば壊れやすいわね」


 何も言い訳が思いつかず、ますます背を丸める。

 生きた心地がしなくて、生きているのが許されない気すらしてきて。

 そんな僕に少女はふっと笑った。優しい吐息だった。


「あなたが作る少女はね、無垢すぎると思うの。激しい感情がない。誰かを好きになることも、嫌いになることもない。ある種、硝子という表現は合っているのかもね」

「…好きの表現はしているさ」

「殺人、心中、カニバリズム。どうして主人公たちを殺してしまうの?」


 たしかに。

 僕が描く作品は全てメリーバッドエンドだ。

 報われない。死んでから結ばれる悲恋ばかり。


「だって…僕は愛を知らない。愛は重くて深くて…でも、命をかけて愛する描写なら分かりやすいだろう?」

「何故死ぬ必要があるのか、というお話よ。例えば天使が人魚に恋をしたとして。天使は水に溺れてしまう、人魚は天に昇れない。だから心中して結ばれようなんて、思考が極端すぎるわ」

「じゃあどうすればいいのさ」

「そうね。例えば、2人の強い気持ちから魔法が生み出されて、人魚に羽が生えるなんてどう?」

「それは…綺麗な話だね。でも、僕には向いていない」


 何故魔法が生み出された?

 生み出されたのなら条件は何?

 何故彼女たちだけが救われたのか。


「全てが不明瞭で、理不尽で、横暴だ。そんな奇跡が許されるのなら僕はその世界の神を偏愛者だと罵るよ」

「ふふ、なんだかあなたが博愛主義者のような物言いね」

「…そんなんじゃないさ。ただ、僕はこの世の仕組みが全て平等であってほしいと願っている。だってそうじゃなきゃ、こうして背を丸めている僕が神に見捨てられた子のようで惨めに見えるだろう?」


 僕は僕が可愛くて仕方がないのさ。


「僕を偏愛的に愛してる」

「良いことじゃない。自分を大切にするのは生きていくのに欠かせない能力だわ。けれど、その理屈でいくのなら、あなたは救われることを願っているんじゃないの?」

「きっと願っているんだろうね。けれど、救われたことがないからその感動を知らない。書きたくても書けない」

「願っているものをそのまま言葉にすればいいのに。不器用なのね」


 天使の羽をもいで。

 人魚の首を絞めて。


 2人だけで抱き合って海の底に沈んでいく。

 お互いの為にその身を捧げる。

 なんて健気なお話だろう。


 僕も誰かに、それくらい強く深く慕われてみたい。


「きっと僕は、誰かから分かりやすく愛されたいんだよ。その欲しい形を主人公たちに当てはめて、僕は擬似体験をして救われようとしている。そう、僕にとって死こそが救いなんだ。僕は、僕を救うためにお話を書いている」


 ねぇ、落ち着いて。大丈夫よ。


 少女はそう言って僕の頬に手を添えた。

 熱くも冷たくもない、心地の良い体温が染みて体の力が抜ける。

 いつの間にか力が入っていたらしく、心臓が嫌な音を立てていた。


「まだ自我の確立が出来ていない幼子のよう。母親の手を求めて迷子になっているのね」


 あなたはまだ何も知らなすぎる。


 少女が優しく僕を見据える。

 その瞳には慈愛の色が滲んでいて、守られているような安心感を覚えた。


 僕は彼女の手に自分の手を重ね、それをゆっくりと剥がした。

 少女は僕の言葉を静かに待っている。

 僕は小さく息を吸ってそれからゆっくり吐いた。


「僕は…この愛おしい硝子細工たちを壊しているつもりはないんだよ」

「うん」

「ちゃんとこの両の手で包んであげているつもりなんだ」

「うん」

「僕がこの子たちをしっかり愛しているのなら、このままでも許されるだろうか」

「…けれど、それでは皆が愛してくれないわ」


 いい?私のかわいい子。


「あなたがその子たちを愛するように、皆もその子たちを愛してくれるのよ。けれど、その子たちが目の前で呆気なく死んでしまったらその愛情は行き先を失ってしまうでしょう?もちろん、あなたと同じように死こそ救いだと思う人もいるかもしれない。それでも、私と同じように幸せに暮らすことを望む者もいるのよ。だって本来なら、誰かが亡くなれば皆悲しむはずなのだから。ね?」


 物語の中だからこそ人は綺麗に死ぬことができる。

 周りに悲しむ人間もおらず、無残な死体を棺桶に入れられず虚しくなることもない。

 しかしそれは終幕を事前に描いている作者だからこそ出来ること。


 読者は皆、その“周りの人間“と同じ立ち位置で終幕を知らずに時間を過ごしているのだ。

 突然の死をすんなり受け入れられるだろうか。

 答えは否。とても残酷なことをしてしまっている。


「たとえ幻想的な少女でも、あなたが愛せば愛すだけその体を得て息づくの。あなたが怖がればその分人間らしい感情を得られずに空っぽになってしまうの。どうか、殺さないであげて」

「…わかった」


 僕の答えに少女は目元を緩めた。

 この目の前にいる少女も僕が作ったもので、幻想的なものになるはずだった。

 こうして僕を指摘してくれたのは、きっと見ていられないくらい杜撰な話を作りすぎたせいだろう。


「ありがとう」


 そう言ってそっと彼女を抱き寄せた。

 彼女は素直に僕を受け入れて、そして、壊れなかった。


「私が見ててあげるから、新しいお話書いてよ」

「うん。がんばる」


 体を離せば、彼女は僕の隣に腰掛けた。

 体育座りの形で組んだ足に細い腕を乗せる。


 僕は背筋を伸ばして携帯に手をかけた。

 僅かに触れる体から彼女の心臓が脈打った気配がした気がした。

とある読者が言う。

「作家は読者が楽しめるような話を書かなくてはいけない。一方的な価値観を押し付けるようなのはダメだ。」


とある作家が言う。

「自分の好きなものを書いても皆の反応が悪い。皆が好きそうなものを書けば認められて嬉しかった。けれど、本当に書きたかったものがなんだったのか分からなくなった。」


私は私を救うために、私の愛おしい子を愛でるお話を書いているから本当に一方的な価値観を押し付けるようなものしか書けない。

これで才能があれば問題ないんだろうけど。

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