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暴力はいけない話し合おう(無理っぽ)

二つに分けました。

「……どうしてこうなった……?」

 〈ラスベル百貨店〉の一階部分の天井を見上げて僕は呻いていた。


 かといっていつまでも現実逃避をしてはいられない。

 視線を戻して周囲を見て見れば、目に入ってくるのはどこを向いても人、人、人――うんざりするほど混雑している人混みだ。


 ただし、ここだけポッカリと十メトロンほど歪な円を描く形で、台風の目のように空白地帯が生まれている。そして、僕ら以外の数百人にも及ぶ人々は、その場に腹ばいになって恐怖に震えていた。


 改めて見渡せば、正面に〈ラスベル百貨店〉名物のエレベーターが視界に目に飛び込んでくる。

 本来であればこれに乗るため、来訪者たちはこの場に長い行列を作っていたのだろうけど、いまは老いも若きも凍り付いたように息を潜め、強張った表情でこちらを窺ってるばかりだ。

 なんとも異様で重苦しい沈黙がこの場を制していた。


 それにしても……と、感心する。

 いまさらだけど、この人数を見るに展示会はずいぶんと盛況なようだ。さすがは利に聡いラスベード伯爵家と、太っ腹なジラルディエール公爵家が背後についているだけのことはある。たいしたものだ。


 僕たちも馬車に刻まれた公爵家の家紋とVIP用招待券がなければ、この瓶に詰められたジャムのように、隙間なく密集した人混みの中を進まなければならなかっただろう。


「もっとも、そのせいでまさかこんな状況に遭遇したわけだけど……」


 いや、ある意味、この出会いは僥倖(ぎょうこう)と言えたかも知れない。

 けれど、今回に関してはなにしろタイミングが悪すぎた。


 かいつまんで状況を整理してみよう――。

 そう……つい先刻、スタッフ用の通路を通って僕らがここに来た瞬間、最初に目に飛び込んできたのは、一般用の二基あるエレベーターの隣。要人専用のエレベーターの前で待機していた十人ほどの貴族の一行の姿だった。


 こちら同様にメイドや護衛を引きつれた、明らかに高位貴族と思われる一行。そして、なぜか彫像のように硬い表情固まっている彼ら。

 状況がわからず困惑する僕たち同様、彼らも裏口であるスタッフ出入り口から現れた突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)である僕らに面喰った表情で、仲間内でお互いに顔を見合わせるだけだった。


 そんな中、一際目立つ長身の女性が傲然と胸を張って、無言のまま他の誰でもない僕に、強い視線を向け――いや、完全に睨んでいるなあれは――てきた。


 その女性の姿を見たルネが「あっ!」と、小さく声をあげて慌てて口元を押さえる。

 同時に僕もそこにいるのが誰かわかって、思わずトップ・ハットのツバに手をやって、軽く持ち上げていた。


「……これはまた、奇縁と言うか。最初の一歩のはずが、いきなり大本命と遭遇とは、手間が省けた……かな?」

「そうですね。これも若君の日頃の行いの良さでしょう。いや~、善人は得をしますね」


 そう強がりで呟いた僕の独り言を耳にしたエレナが、わざとらしい当て擦りで同意を示す。


 僕たちの注目を浴びてもオペラ座の主演女優のように傲然と肩をそびやかし、身じろぎひとつしない彼女――そう、その場にいたのは、誰あろうオルヴィエール貴族学園の同窓生にして、昨日から話題の人物。


 アドリエンヌ・セリア・ジェラルディエール公爵令嬢。十七歳と四ヶ月。


 すなわちエドワード第一王子の婚約者にして、半年後に汚名を着せられて婚約破棄される予定の人物であった。


「……状況から察するに、あちらは僕たちに先んじて、七階で開催されている『魔獣・幻獣秘宝展』を見に訪れたところでバッティングってところかな?」

「左様でございますな、若君。共の者たちも見覚えがございます、ジラルディエール公爵家の使用人で間違いございません」


 僕の呟きにジーノが同意する。


(それにしても、相変わらず派手だなぁ)

 それが最初に浮かんだ僕の偽わらざる感想だった。


 彼女と僕との間にはそこそこ距離があり、何人か人も挟んでいるのだけれど、たとえどれだけ人がいても彼女の居場所は即座に判別できるだろう。

 艶やかな長い真紅の髪――赤毛も金髪の一種と考えられるけれど、彼女の髪はそれがもっと顕著に現れた感じと言えばいいのか、とにかく独特の光沢がある――に雪のようにシミひとつない肌。そして真正面から見れば、その瞳がルビーのように紅いのも見て取れる。とにかく目立つ色彩なのだ。


 繻子(サテン)のレースがついた朱色の絹のドレスは大胆に胸元と背中が開いたデザインである。いまどきの貴族はコルセットなど使用しないのにも関わらず驚くほどウエストが細い。

 対照的に胸も腰も非常に豊かで、驚くほど腰の位置も高い。

 顔立ちは当然のように整った麗人ではあるけれど、いわゆる“可愛らしい”タイプではなく、目鼻立ちがはっきりして眼も切れ長の美人、あるいはさらに一歩進んで“男前(ハンサム)”と言ったほうがシックリくる。きりりとした眉が意思の強さを物語っていた。


(クリステル嬢は小柄で妖精か砂糖菓子みたいな可愛らしいタイプだからなぁ。エドワード第一王子の好みとは正反対ってことか)

 クリステル嬢を前に、デレデレと脂下(やにさ)がっていたイケメン崩れの顔を思い出して苦笑いをする。

 

 とにかく、どんな場所にいても衆目を集めずにはいられない女性だ。

 というか誰がどう見ても只者ではない。

 生まれ持って人の上に立って君臨する者。あるいは自分の能力と気力だけで、あらゆる困難にも立ち向かい、運命すら切り開いて行く者。

 そんな強靭な意志と魂を持った鮮烈な女性、それがアドリエンヌという女性であった。


(それにしても……)

 と、最初の驚きが収まったところで、困惑が広がる。


 実際の関係はどうあれ、お互いに上級貴族の子弟子女として、顔を見を合せれば常識として一応は挨拶くらいするくらいは弁えていたのだけれど(その際は、若干(とげ)(やすり)もある会話となる)、どうしたわけかこの場において彼女は最前から沈黙を守っている。


 改めてどうしたことかと首を捻ったところで、

「動くな、全員その場に屈めっ! いいか、騒ぐんじゃないぞ! 騒いだり逃げようとしたら、この場で人質の女を殺して爆弾を爆発させる! 脅しじゃねえぞ!!」

 不意にこの場には場違いな武装集団が、抜身の剣と爆弾を抱えて胴間声を張り上げたのだった。


 一瞬だけその場にぽかんとした沈黙が落ち、続いて騒ぎが伝播するに従って、理解も広まっていったのだろう。誰かの金切り声を切っ掛けに、その場にいた人々は絶叫を放って、我先にこの場から逃げようとする――刹那、


『――黙れっ!! 従えっっっ!!!』


 直接、頭の中を殴られるような有無を言わせない怒号が放たれ、その〈声〉を耳にしたほぼ全員が、無言になってその場に這いつくばった。


 瞬きの間に人が幾重にも横になり、すっかり見通しのよくなった一階を眺めてみれば、立っているのは僕とルネ(ちょっと顔色が悪い)、エレナ……そして、アドリエンヌ嬢だけのようである。


「……な、なんなのでしょう、いまのは?! 一瞬ですが、あの声に従わなければいけない、そんな恐怖感を覚えたのですけれど……?」


 ルネに寄り添う形で、僕は震える細い肩に手をやって囁く。


「どうやら本能的な恐怖に働きかけて、精神を支配する系統の邪法使い(ソーサラー)のようだね」

 今時珍しく本格的な魔術を修めた術者らしい。


「これが魔術ですの? わたくし占い以外の魔術を目の当たりにするのは初めてですわ。――ちょっとイメージとは違いますけど」


 熊みたいな大男を、興味半分失望半分で眺めるルネ。

 魔法使いといえばトンガリ帽子を被った賢者か、鷲鼻の魔女のようなイメージがあったのだろう。


「魔術もつまるところは技術だからね。まして、いまの邪法は音を媒介にするみたいだから、声の大きなほうが効果があるんだろう」

「なるほど、魔術といっても制限があるのですね。道理でいまどきは流行らないわけですわ」

「魔術なんて十年修行しても、ひとつものになるかどうかの博打だからね。あと、付け加えるなら、多分いまの術は単純に耳を塞げば効果がないと思う」

「あー………」


 完全に“魔術”に対する幻想が砕けた表情で頷くルネだった。


「とはいえ咄嗟のことでしたので、いま立っているのは素の精神力で対抗できた我々だけのようですね」

「みたいだね」


 軽く肩をすくめる僕とエレン。

 それはともかく、こっちの三人は妥当としても(ジーノの姿がないのは遊撃に回ったからだろう)、アドリエンヌ嬢も見かけ通り逞しく強靭な精神を持っているということだ。

 エドワード第一王子とはえらい違いである。


「ちっ、何人か抵抗(レジスト)されたか。――いいか、手前ら。人質の命が惜しかったら無駄な抵抗をするんじゃねえぞ!」


 と、さきほどの邪法を使った身長が二メトロンほどもある巨漢が吐き捨てた。

 そうして僕は急変する事態を目の当たりにして、

「……どうしてこうなった……?」

 と、つくづく困惑するのだった。


 ――ということで、話は冒頭へと戻る。


 まあ、嘆いてもしかたがない。そう思って元凶を改めて確認したところ、連中は数人の女性を人質に取ったまま、長椅子を倒してエレベーター前に即席のバリケードを作って陣取っているようだ。

 数は十人。全員が時代遅れの小汚い革鎧に冑を被った男ばかり。それにしても、よくあんな格好をして武器まで持って玄関をくぐり、こんな奥まで入れたものだと感心する。


 途端、ふと思いついたことがあった。

(もしかして手引きした人間がいる? それもかなりこの場所に精通していて、無理が通る相手で……)


 一瞬だけ、ここに来る途中で見かけた同じエドワード第一王子の取巻き――僕を『取巻きA』とするなら、さしずめ『取巻きB』に当たる――ドミニクの姿が蘇える。

 いやいや、まさかいくらなんでもここまで直截な行動は取らないだろう。


 そう思ってアドリエンヌ嬢へ視線を送れば、彼女は武装した男たちのひとり――顔面蒼白で震えている、まだ十代半ばほどのメイド服を着た少女を抱えて首元に抜身の剣が当てている髭もじゃの中年男――に向かって、いまにも射殺さんばかりの苛烈な視線を向けていた。


 他にも何人か女性の人質がいるけれど、彼女だけ注目しているのはひとり。……なるほど、そういうことなのだろう。

 だいたいの状況は掴めた。


「いいかっ、爆弾はここにあるだけじゃあねえ。一階と地下に大量に運び込まれている! 一斉に爆発したら建物ごとペシャンコだ。死にたくなければ、俺たちの要求を聞け!!」


 男たちの一方的な宣言に、アドリエンヌ嬢はギリッと、ここまで聞こえるくらい唇を噛み締めて、勇敢……というか無謀にも、男たちの方へ一歩前に出ようと足を踏み出した。


「――あ~、待った待った!」


 その機先を制する形で、僕のほうが半歩先に出てる。

 男たち同様驚いた顔をして、アドリエンヌ嬢が踏み出しかけた足を引っ込めたのを確認しながら、一歩二歩と足を進める僕。


「な、なんだ手前(てめえ)は!? それ以上近づくな! あと一歩でも足を踏み出したら、爆弾の導火線に火をつけて、女を殺すぞ!」


 唾を飛ばして恫喝する連中の言葉に従って、その場に足を止める。

 爆弾ねえ。あれは軍が製造方法もなにも管理しているんで、まず十中八九ハッタリだろう。けど、目の前の白刃と人質は本物だ。


 ちらりと見れば、ルネを護る形でエレナが前に立っていた。

 ジーノもいるし、これならなんとかなるか……。


 とりあえず時間稼ぎと状況の好転を願って、リーダーらしい巨漢の邪法使い(ソーサラー)に話しかけてみた。


「あ~~……なにが目的かはわからないけれど、暴力はやめようよ。人間は会話をする生き物なんだし、対話でお互いの主張を確認し合おう」

「はあ? いかれてんのか手前っ!」


 鼻白んだ表情で牙のように鋭い犬歯を剥き出しにする巨漢。

 それに対して僕はあくまで紳士的に説得を重ねる……気のせいか、アドリエンヌ嬢が絶望的な表情で天井を仰いでいるようだけれど。


「いやいや、僕は平和的な解決を提案しているだけでして、なにはともあれ暴力はいけない。暴力では何も解決できませんよ」

五月蠅(うるせ)ぇ! このガキ、殺すぞっ!!」


 ……向こうは解決できると思っているみたいだ。

 話が終わらないうちに、手前にいた若い男が激昂して手にした剣を振り上げる。

 その様子にお互いの価値観の摺り合わせの難しさを、しみじみと学ぶ僕だった。

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