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いざ最初の一歩を刻まん(いきなりクライマックス)

いったん区切りました。

 〈ラスベル百貨店〉は、オルヴィエール統一王国の首都アエテルニタの中心地にほど近い第十五区にある。

 三年前に十年がかりで完成した地上六階、地下一階の首都アエテルニタを代表する高層建造物であり、この国の近代化を象徴するランドマークだ。


 宮殿のような門構えに、広大な売り場。全部で八層ある面積を合計したら、おそらくは第八区にある昔ながらの小売店街や、第十三区にある各市場を合わせたよりも広いだろう。


 〈ラスベル百貨店〉が開店した後、いまに至るまで競うようにして国内外の有名商店が店舗を出店をし、また有名店以外にも自称進歩派の若手職人が、貴族等の庇護の元独自ブランドを立ち上げて披露する場ともなっている。

 いまや〈ラスベル百貨店〉に出店していることはステータスであり、最新の流行の発信基地ともなっていた。

 その反面、昔ながらの小売店街には閑古鳥が鳴いているらしい。


「……ですので、実際のところ仕立て屋さんにしてもパン屋さんにしても、腕の良し悪しで比べるなら昔ながらの親方の方が遥かに上なのです。ところが、収入は〈ラスベル百貨店〉に出店している若手の職人の方が十倍も上ということで、いまや職人の徒弟制度も危急存亡の時となっているのですわ」


 首都アエテルニタの市街どこからでも見える〈ラスベル百貨店〉を見上げなら、ルネはそう寂しげに嘆息をする。


「職人としては腕が上でも、商売人としては劣るってことなんだろうね。良い悪いではなくて方向性の違いじゃないかな」

「他人事のようにおっしゃいますね。この国で最古参の貴族であるオリオール家の次期当主にして、伝説の――」


 ルネはどちらかといえば小売店街のほうを贔屓(ひいき)にしているのか、僕の言に小さく頬を膨らませた。

 正直なところ僕はといえば、昔ながらの高級品を扱わせるなら小売店街の親方。流行の商品や急ぎで入手したいものがあれば百貨店の若手。と、割と節操なく活用していたので、そこにルネほどのこだわりはなく、逆にルネにそこまでのこだわりがあったほうが意外だった。


(これは、プレゼントを買うにしても〈ラスベル百貨店〉ではなくて、帰り道に小売店街に寄った方が良さそうだな)

 そう心の中にメモ書きして、目立つところに貼り付けておくのだった。


 そんな話をしているうちに、ほどなく馬車は第五区に到着して、目当ての〈ラスベル百貨店〉が現前に迫る。


(相変わらず大きいなー……)

 雲を突くような威容の建造物。


「……大したものだね、ホント」

「これだけでもオーナーであるラスベード伯爵家の財力が知れるというものですね。それにつけても、これだけの逆玉の輿を袖にしようとするとは、婚約者のドミニク様はどれだけとち狂っているんでしょうね? 仮に婚約破棄が成功したところで、片思いの相手はエドワード殿下の妻でしょうに」


 向かいにジーノと並んで座っているエレナが、やれやれとばかり肩をすくめてエディット嬢に婚約破棄を突き付ける(予定の)ドミニクをせせら笑った。


「大方、『愛する人の幸せと、信奉する主君のために犠牲になる俺カッコイイ』ってとこじゃないかな。エディット嬢については、『悪事を暴いて賠償金を取ってウマ―』くらいで」

「馬鹿ですね。そんなもん調べりゃすぐわかることでしょうに」

「……まったくですわね。『恋は盲目』『愛は屋上のカラスに及ぶ』とも言いますけれど、わたくしたちはそうならないように、お互いに気を付けましょうね――ねえ、エレナ?」

「え? いえお嬢様ほどでは……」


(……この話題は色々な意味で身の置き所がないなぁ)

 やたらコチコチ小刻みに刻まれる歯車の音も併せて、聞こえないフリをして視線を逸らす僕。


 と、気もそぞろに馬車の外を流れる人混みを眺めていた僕だけど、その中にたったいま話題に出していた人物の横顔が見えた気がして、慌てて体ごと背後を振り返った。


「――ドミニク?」

「どうかされましたか、お義兄様?」

「いや……いま歩道をドミニクが、ひとりで歩いていた気がしたんだけど……」

「気のせいではありませんか? あちらも外務大臣であるイルマシェ伯爵家の御嫡子ですから、乗り物も使わず供もつけずに歩くなどあり得ないかと」


 没落した下級貴族でない限り、貴族が出掛ける際には自分の足で歩かず、荷物は人に運ばせるのが常である。


「そう……かな?」


 一瞬だったので似たような誰かを間違えたのかも知れない。ただ、ほとんどの人が〈ラスベル百貨店〉へと向かっている中、ひとり逆方向――まるで逃げるかのように、〈ラスベル百貨店〉に背を向けていた姿がなぜか棘のように心に刺さったのだ。

 不吉な予感を助長するかのように、歯車の軋みが〈ラスベル百貨店〉へ近づくにつれて大きくなっていくのを感じていた。

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