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それは秘密です(どうなることやら)

女装が不評だったため、オーソドックスなボーイミーツガールに修正しました。

この前の2話ほど、遡ってご確認いただければ幸いです。

『やあやあ、あな珍しや盲亀の浮木、優曇華(うどんげ)の花、此処で逢ったが百年目! いざ尋常に、勝負、勝負っ』

 実際にそんな口上を述べたわけじゃないけれど、実際そんな感じ――リャパウンのサムライが親の(かたき)を見付けたかのような――剣呑な目付きで僕を見据えるアドリエンヌ嬢。


 これ内情を知らずに傍から見たら、お忍びで逢引している貴族の令息令嬢が、突如として痴話喧嘩をおっぱじめた構図だよね。

 チッチッチッ……と、歯車が破滅へのカウントダウンを始める。


「あ~~…とにかく、ここでは何なので。ちょっと失礼してお手をお借りします」

「な、なによこの手は!?」


 興味津々たる目でこちらを注視している受付嬢と観光客らしい中年男性の視線から逃れるために、咄嗟にアドリエンヌ嬢の手を取った。

 反射的にその手を振り解こうとするアドリエンヌ嬢の耳元へ囁きかける。


「ここで大騒ぎすると、明日にも王都中に醜聞(スキャンダル)が飛び回るかも知れませんよ? とりあえず人気(ひとけ)のないところへ移動します」

「――っ!?」


 ここで我に返ったのだろう。真顔になったアドリエンヌ嬢は、いまさら無駄だとは思うけれど片手で取り出した扇を広げて顔を隠した。

 抵抗がなくなったのを確認した僕は、とりあえず衝立で区切られたスペースの反対側に回る。


 さして離れたわけでもないけれど、いま館内は観光客で混雑しているので、人気がない場所と言えばここが一番安全といえば安全だろう。

 あとあちこち連れ回してはアドリエンヌ嬢の不安を煽るのではないかと判断してのことだった。


 で、案の定、こちら側には誰も居ないのを確認して、僕は握っていた手を離した。


「――強引な真似をして申し訳ございません。危急の事態でしたので失礼をいたしました」


 膝を折って謝罪する僕を無言で睨むアドリエンヌ嬢の視線が痛い。

 ややあって、憮然としたぶっきら棒な口調ながら、

「いいわ。状況はわかりましたもの。未婚の淑女(レディ)に触れた無礼。特別に許してあげる」

 そう赦免の言葉を口に出したのだった。


 ほっと安堵しながら姿勢を正す。それとともに、ふと――昔、似たようなやり取りがあったのを思い出して、知らず口元が綻んでいたらしい。


『大丈夫だよ。僕に掴まって』

『――無理よ。だって……こんな細い枝じゃ折れちゃう』

『平気、平気。折れたら飛び降りればいいのさ』

『こんな高いところ落ちたら死んじゃうわ!』

『大丈夫だよ、僕が守ってあげるから』

『……本当に?』

『本当だよ』

『本当の本当に?』

『本当の本当。僕に掴まれば十数えるうちに地面に戻れるよ』

『……ううっ。わ、わかったわよ。その代り……』

『そのかわりに、なあに?』

『未婚の淑女(レディ)を抱き締めるんだから、成功してもちゃんと責任取らないと許さないわよ!』

『う~~ん、と。どう許さないの?』

『そんなの決まっているじゃない。将来わたしを――』


「……ロラン公子、何が可笑しいのかしら?」

 思わず幼い頃の追憶に浸ってしまった僕を、今現在のアドリエンヌ嬢が鋭い眼差しで睨み据える。


「あ、いえいえ。貴女のご寛容に感謝したい……そう思っての心よりの微笑みですよ」

 あんな十年も前の事は覚えていないだろうなぁ、と思いながら取り繕った笑みで答える。


 対するアドリエンヌ嬢は露骨な不信感を顔いっぱいに浮かべて、

「ふん、どうだか。大方私が反体制派の先鋒と目されるルイス・ミジャンの絵に入れ込んでいることを、エドワード殿下に尾鰭背鰭に手足に羽までつけて吹聴するつもりでしょう? 鬼の首でも獲った顔で大騒ぎする殿下とあなたたち取巻きの姿がいまから目に見えるようだわ」

 そう吐き捨てるのだった。


「そんなことはしませんよ。だいたいそれなら僕だってルイス・ミジャンのファンですよ」

「そんなものは何とでも言い逃れはできるわっ。貴方がたが私の事を『悪女』だとか『性悪女狐』とか陰で嘲笑っていることだって知ってるわよ!」


 半ば自棄になったのか、溜め込んでいた思いを吐露するアドリエンヌ嬢。


「……まあ確かに。第一王子を筆頭に取巻き連中の貴女に対する認識は、醜い嫉妬心から可憐なクリステル嬢との仲を裂こうとする“悪役令嬢”ってところですね」

「何よ、それは!? そもそもクリステル男爵令嬢だって、本心ではどれだけ――あ、いえ。それはアレだけど……」

「クリステル嬢が何か?」

「何でもないわよ。とにかく殿下を筆頭に貴方がたは勝手なのよ!」

「……いや、まったくおっしゃる通り。反論の余地もない正論だと思います」

「なに言ってるのよ、馬鹿にしているわけ!?」

「いや本心からの言葉ですが。少なくとも僕は貴女の味方ですよ」

「おためごかしね! どこまで私を虚仮(こけ)にすれば気が済むのよ!!」


 う~~む、これまでの所業がひどすぎてとことん疑心暗鬼になっているなぁ。

 これ以上、味方を連呼しても余計に頑なるのは目に見えている。

 ここらへんが潮時だろう。


「アドリエンヌ嬢、このレオカディオ美術館の理念はご存じですか?」

 口調を変えて何気ない調子で尋ねる。


「……?」

「『芸術には理念も人種も身分も関係がない』――美しいものを見て感動する心に垣根はない、という館長の言葉ですね。僕はここにあるルイス・ミジャンの絵を素晴らしいと思う。貴女もそう思う。だったらそれだけで十分。そのことだけ信じてくれませんか?」

「…………」


 いま僕が口に出した言葉を額面通り受け取って良いものかどうか……。

 目に見えて煩悶しているアドリエンヌ嬢。

 これ以上はいたたまれない雰囲気だったので、踵を返して他の場所へ行こうとした――ところで、軽く袖が引っ張られた。


 振り返って見れば、顔を上げたアドリエンヌ嬢が軽く指先で僕の袖を掴んでいる。

「どこへ行くつもりよ……?」

 問い詰めるような口調だけれど、競争して木登りをした子供が必死に強がって細い枝の先まで登ってそのまま降りられなくなったような……いつか見た光景がそこに重なって振り解けなくなった。


「いえ、せっかくひとりで芸術鑑賞していたところ、これ以上お邪魔しては悪いので、他の場所を見学して帰ろうかなと」

「他の場所って?」

「そうですね」常設展示スペースの内容や館内の構造を思い出しながら答える。「東洋画の技法を取り入れたオイゲン・バルツァーの静物画を見て、女性彫刻家アデラ・オースルンドのブロンズ像を鑑賞して、館内カフェでエスプレッソを飲んだ後に――」

「「中央塔に登って夕日の街を眺める」」


 思いがけなくアドリエンヌ嬢の口からまったく同じ台詞が漏れた。


「私のいつものコースと同じだわ……」

 僕と同じ趣味だったのがよほどショックなのか茫然と呟くアドリエンヌ嬢。


「あ、そうなんですか。では、せっかくなのでご一緒しませんか……なんてね」


 そう冗談で口に出したつもりだったのだけれど、「いいわ」と、あっさり首肯が返ってきた。


「――は……?」

 聞き間違えかと思って再度聞き直す。


「エスコートをお願いしますわ。ここでは『理念も人種も身分も関係がない』のでしょう? 私は貴方の言葉に従って芸術を楽しむ個人として行動することにした。結果、貴方から同行を請われ受諾することにした……ゆえに何かあったら貴方の責任。少なくとも一蓮托生ってことよね?」


 悪びれることなく、呆然と僕に向かって開き直った様子で無茶な理屈を並べたてるアドリエンヌ嬢。


「……いや、その理屈はおかしいと思うのですが」

「駄目かしら? 駄目と言われたら私、ここで発作的に大声で悲鳴をあげるかも知れないわね」

 ふふん、と鼻で笑いながら脅しをかけてくる。

「この状況なら相討ちくらいには持ち込めるかしら。ま、私はキズモノにされたというわけで婚約破棄で修道院行きでしょうけど、別段エドワード殿下の許嫁とか未来の王妃とかに拘泥しているわけじゃないからそれでも良いかしらね」


 もともと喪うものが少ないと嘯くアドリエンヌ嬢の言葉には、実際説得力があった。


「いや、だからってそんな捨て身の行動をするタイミングですか?! 普通ならもっと土壇場で口に出す台詞じゃないですか!?」

 四ヶ月後半に迫った卒業パーティで、エドワード第一王子に婚約破棄される直前とか。


「そんなの私の勝手でしょう。それにさきほどの貴方の言葉が本当かどうか、言葉だけでは信用できないわ。だから私と同様に貴方がなんら腹蔵なく感動しているのか、隣で実際に確認しないと寝覚めが悪くて仕方ないもの」


 そう言い切るアドリエンヌ嬢。

 自業自得とはいえどんだけ信用ないんだ僕。


 このパターンは抵抗するだけ無駄だろう。

 とは言え……。


「はあ~……わかりました。ですが、その目立つ格好で動いたら遠からず身元がバレること確実です」

「……そうかしら? かなり地味な格好をしているつもりだけれど?」


 アドリエンヌ嬢はいま着ているワインレッドのドレスを見下ろして小首を傾げた。

 確かに余計な装飾はない簡素な化粧服(ペニョワール)だけれど、素材も縫製も一級品でなおかつ着ている本人が輝くばかりの麗人なのだから、誰がどう見ても貴族の御令嬢がお忍びで街へ出ている風にしか見えないだろう。


「衣装はどうしようもないとして、せめて僕同様に顔と髪を隠すように……あ、そうだ」


 すぐに戻ります。少し待ってください、と言い添えて少しだけその場を離れて衝立の向こう側に戻ると、この展開を読んでいたかのように待ち構えていたエレナが、美術館の入り口のところで売り子が売っていた紅白の帽子を持って待ち構えていた。

 あと、ついでに受付嬢と中年男も壁の絵を見るふりをしてこちらの様子を窺っていた。


「ありがとう。いい判断だ」

「どういたしまして。後で立て替えた分のお金と帰りの屋台の代金はお願いいたします」


 快諾をした僕は赤のつば広帽(キャペリン)を受け取って、アドリエンヌ嬢のもとへ取って返した。


「――あ」

 離れていたのは僅かな間だったのだけれど、心細そうな顔をしていた彼女は、僕の顔を見てほっと表情を緩め……慌ててそんなことはなかったとでも言うように、ツンと澄ました表情になって横を向くのだった。

「ふんっ。尻尾を巻いて逃げたのかと思ったわ」


「すみません、これを準備してきたもので」

 両手で帽子を差し出す。


つば広帽(キャペリン)?」

「ええ。安物ですけどこれを被って変装していただけないかと思いまして」

「……私に? 貴方が?」


 面喰った表情で、丸くした目でまじまじと僕が手にするつば広帽(キャペリン)を凝視するアドリエンヌ嬢。

 なんとなく可愛らしい……十七歳という年齢に相応しい相応の表情だった。


「ええ、不本意だとは思いますけれど、僕も帽子で髪を隠してますので、合わせると思ってお願いします」

「……ふ、ふーん」


 駄目かな、と思ったのだけれど、ひょいと手を伸ばしたアドリエンヌ嬢は躊躇いなく受け取って、軽く髪を手で整えながらつば広帽(キャペリン)を被った。


「――どう?」

 両手で帽子の位置を直しながら聞かれたので、「お似合いですよ」と――実際、意外なほど似合っていたので――躊躇いなく答えると、

「…………」

 無言で俯く彼女。

 つばが広いのでこうなるとほとんど表情が見えない。


「じゃ、じゃあ行きましょう。これなら問題ないんでしょう!」

 俯いたまま早口でそう先を促し、颯爽と歩き出すアドリエンヌ嬢。


 紳士としては淑女のお尻を追い掛けるわけにも行かないので、急ぎその隣へと急ぐ。

 衝立の向こう側には、周囲の警戒をしているのかエレナの姿はなく、相変わらずこちらを注視している受付嬢と中年男の視線を感じながら、足早に肩を並べる形で僕たちは個展スペースを後にしたのだった。

ボーイミーツガールといえば赤い幅広帽です。

Take me to summer side♪


書籍の作業があるため、次回の更新は月末になる予定です。

このためしばし個々の感想にお返事できないと思います。申し訳ございません。

現在、書き直している書籍版では物語の背景をかなりすっきりさせる予定です。

それとタイムスケールがおかしいとのご指摘がありましたので、若干時間を変更して、今現在最初の段階から一ヶ月半経過している状況に致します。

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― 新着の感想 ―
こういうシーン、アドリエンヌと主人公の出会うシーンがもっと、最初の方にあったらなー、と思う次第です。 内容としては、すごく作り込まれていて、興味を引くし、面白いと思います。 でも、もっと、主人公とヒロ…
[良い点] 限りなくLoveに近いLikeですね♪
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