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エドワード王子VSアドリエンヌ嬢(前哨戦)(帰りたい)

 吹き抜けのエントランスホールを縦断する形で真っ直ぐに伸びる大理石の階段。

 中原の山繭(仔羊の胸の毛)のみで織られた絨毯が敷かれた階段の最上段に位置する踊場において、いままさにエドワード第一王子とその婚約者であるアドリエンヌ公爵令嬢とが対峙していた。

 場所が吹き抜けになっているので、下にいてもふたりの声は朗々と反響して、容易に耳に入ってくる。

 ま、それがなくてもエドワード第一王子は無駄に声が大きいし、アドリエンヌ嬢はオペラ歌手のように発声が良いので、嫌でも聞こえてくるけれど。

 

「場所柄を考えずに婦女子を恫喝(どうかつ)するなど紳士の所業とも思えませんが?」

「黙れっ、お前の意見は聞いていない。用があるのはお前の背後にいる娘たちだ!」


 上座に当たる正面に対して右端に陣取って、有無を言わせない口調で怒鳴りつける金髪の美丈夫――エドワード第一王子。

 対して、同じ壇上でも下座に当たる左端(東洋の東陶国等では逆の配置になるらしい)に佇み、優雅な仕草で傲然と腕を組んで、冷やかに第一王子を見下すアドリエンヌ嬢。

 彼女の背後には、いずれも十五~十七歳ほどのいずれも卑しからぬ身なりの貴族の令嬢が三人ほど、いまにも倒れそうな表情で震えながらお互いに身を寄せ合っていた。

 そんな彼女たちの怯えようにもまったく頓着せず、それどころか憎々しげに睨みつけている第一王子と、その背後に付き従う僕以外の取巻きたち。


 さしずめ取巻きBにあたる、栗色の髪にやや酷薄そうな目つきをしたイルマシェ伯爵家のドミニク。

 取巻きCにあたる、黒髪黒瞳で鍛えられた体躯をした偉丈夫であるレーネック伯爵家のフィルマン。

 取巻きDである、赤茶けた髪をオールバックにして銀縁の眼鏡を掛けたバルバストル侯爵家のエストル。

 取巻きEといえる、刈り込まれた灰色の髪をしたカルバンティエ子爵家のアドルフは、フィルマンよりさらに頭一つ大きな巨漢だ。

 そして、最後の取巻きFである、やや小柄で俊敏そうな深緑色の髪の少年がシャミナード子爵家のマクシミリアンとなる。


 まあ、こうして遠くから見ても目立つ集団だよ。

 全員が高位貴族の御曹司で、なおかつ人目を惹く美男子ばかりなんだから。

 もっとも、いくら顔の造作が良くても、ああも全力で殺気と敵意を放っていたら、気の弱い御令嬢は勿論のこと、豪胆な男子でもちょっと近づきたいとは思わないだろう。


「……背後の皆さんも見目(みめ)だけは良いだけに、ああして無言で睨んでいらっしゃると威圧感が凄まじいですわね。もっとも威風堂々、まったく臆しないアドリエンヌ様と対比すると、ただの雑魚集団にしか思えませんが」


 いちいち下々の様子など確認しないのだろう。

 階段の下から仰ぎ見ている僕たちにまったく気づかずに、睨み合いを続けているエドワード第一王子と取巻き集団対アドリエンヌ嬢。

 その様子を遠目に眺めながら、ルネが皮肉たっぷりに感想を口に出す。


「まったくだ。婦女子を相手に数を頼りに脅しつける。どう言い繕っても恥ずべき行為だね」


 しかし……いまさらだけど、この間まであの集団に馴染んでいたんだよねえ……。

 というか取巻き筆頭だったし。

 同意する僕の胸中で、この瞬間、あいつらと過ごした昨日までは絶賛黒歴史と確定した。


 できればこの場で回れ右をして、他人を装いたいけれど、ルネとエディット嬢がキラキラと期待に満ちた瞳でもって、僕がアドリエンヌ嬢を助けに行く瞬間を見守っているし、

()りますか?」

 エレナはさらにギラギラと殺意に満ちた目で伺いを立ててくる。

 やめないか! と、視線で制した瞬間、凛としたアドリエンヌ嬢の声が響き渡った。


「彼女たちは私の友人でございますが、殿下を筆頭に皆様と直接ご挨拶をした覚えはない筈。しかるべき手順も踏まずに婦女子を呼び出すなど破廉恥かつ、貴族として良識に欠ける行為であると思いますが?」

「恥じ入ることなど何もない! そんなものは下種の勘ぐりだ。捨て置け! 我々はその娘たちの罪を暴くために呼び出したのだ」


 怒髪天を突く勢いで指弾され、三人の御令嬢方が跳び上がり、顔色が蒼を通り越して気死寸前の色になる。

 そんな彼女たちを振り返って、「大丈夫ですよ」と柔らかな微笑みを送り、すぐに厳しい表情で再び第一王子と向き直ったアドリエンヌ嬢は、いかにも困惑したという口調で問い返した。


「罪……とは何のことでしょう?」

「クリステル男爵令嬢のことだ! まさか知らんとは言わせんぞ!!」

「存じませんわ」


 打てば響く調子で即答するアドリエンヌ嬢。

 あまりにもあっ気らかんと言われて、思わず続く言葉に詰まったエドワード第一王子の一瞬の隙を見逃さず、彼女は怒涛の勢いで捲し立てる。


「この学園に男爵家の御令嬢が何人いらっしゃるかご存じですか、エドワード様? およそ四百人といったところですわね。うち私にの知る男爵令嬢といえば、確かボルーニ男爵家、カッテラ男爵家、コスタ男爵家、クレーティ男爵家、ガッディ男爵家、ジナスティラ男爵家、マウロ男爵家、モンターニャ男爵家の関係者といったところですわね。そのクリステル男爵令嬢とはどのような方でしょうか?」


 ちなみにいま挙げられたのは、家柄は男爵とはいえ有力な議員や実家が大貴族であるなどといった背後関係のある有名な貴族ばかりである。

 そうでなければ(僕がいうのもなんだけど)たかが男爵家の令嬢が、この国の貴族の筆頭にして、雲の上の存在である五公爵家のさらに頂点に立つジェラルディエール公爵御令嬢に挨拶ができるわけがない。

 いくら学園生同士だとはいえ、平民のように廊下や講義の際に顔を合わせたからと言っても、いきなり直接挨拶を交わすなどという不敬と不作法は許されるわけがない。

 手順としては、一見さんお断りの高級レストランのように、間に中級貴族あたりを挟んで、紹介してもらう形でしか男爵令嬢と公爵令嬢が知り合う機会などない……というのが原則となっている。


 そんなわけで、クリステル嬢からアドリエンヌ嬢に対して挨拶があったわけがなく(当然、エドワード第一王子派が仲介に立つわけがない)、それゆえアドリエンヌ嬢はクリステル嬢のことを「知らない」と答えるわけだ。

 ま、実際に知らないわけはないだろうし、エドワード第一王子が入れあげていることは十分に承知の上ですっ呆けているのは、彼女なりの無言の圧力だろう。


『貴方が擦り寄っている浮気相手でしょう? 説明できるものなら説明してみやがれ』

 と、その冷笑が如実に物語っていた。 

 

「――っ。この性悪女が! 彼女はなあ、お前などと違って」

 あ、やばい。一瞬で追い詰められたエドワード第一王子が暴発して、半年後を予定していた婚約破棄をいきなりいま実行しようとしている。


「エドワード殿下!」

 そう見て取った僕は、ふと思いついたことがあり、ルネたちに幾つか指示を出して、とりあえずその場から動かないようにしてから、足音も高く階段を三段飛ばしで上っていった。


「おっ!? ロランか! 待っていたぞ、遅いではないか。ドミニクからの連絡を聞いていなかったのか?」


 途端に百万の援軍を得たような表情でエドワード第一王子が満面の笑みを浮かべ、

「…………」

 対照的にアドリエンヌ嬢は対応に苦慮するような、複雑そうな表情になった。

 先日の件で一方的に僕を非難したものの、冷静になってみて気まずいと感じるようになった……といったところだろうか?


 そんな彼女の後ろめたさを弱気、或いは僕に対する苦手意識とでも受け取ったのか、いままで一方的にやり込められていたエドワード第一王子は、途端に余裕綽綽の表情になって、僕に向かって隣に来るように手招きをする。


「――ちっ」

 諸手を上げて歓迎する第一王子の陰に隠れて見えないところで、ドミニクが微かに舌打ちをした。

 周りには聞こえないと思ったのだろうけれど、生憎と僕の耳は特別製なので針の落ちる音でも拾える。

 さきほどの第一王子の台詞(「ドミニクからの連絡を聞いていなかったのか?」)と併せて思うに、どうやら僕に対して隔意があるようだね取巻きナンバー2である彼には。


(別に王子の取巻き筆頭なんて地位は欲しくないんだから、堂々と下剋上すればいいものを……)


 そんなことを思いつつ、いかにも殊勝な表情を作って弁解する僕。

「昨日午後から私事で慌ただしくしておりましたので、どうも連絡が行き違いになったようですね。申し訳ございません」

 ドミニクの表情が一瞬歪んだ。

 ふと〈ラスベル百貨店〉に行く途中で、逃げるようにあの場を立ち去って行った彼らしい人物について、思いついてこの場で確認したい気になったけれど、恍けられてお仕舞になりそうなのでぐっと飲み込んで続ける。

「ところで道すがら聞いたのですが、クリステル嬢が昨日階段から落ちて怪我をされたとか。今日は登校されていらっしゃらないのですか?」


 この場にいないことは一目瞭然だけれど、一応周囲を見回して確認をとる。


「ああ、昨日は医務室へ運び込まれたと聞いてな。藪医者に見せられてはかなわんので、即座に神殿に連絡をして治癒術が使える神官を招聘した。傷は治ったそうだが、大事を取って今日は休ませている」


 神殿の治癒術が使える神官とか、最低でもお布施が金貨二十枚からの世界だ。

 その代り命に係わる医者が匙を投げた大怪我でもけろりと治る、いまや数少ない神殿の目玉と言えるだろう(ちなみに神の奇跡とかではなく、生命に関する精霊魔術の一種であるのは百年前に解明されている)。


「そんな大怪我だったのですか!?」

 怪我と聞いても割と楽観視していた僕は、逆にそれほどの大事だったのかと驚いて聞くと、第一王子は沈痛な表情で大きく首肯した。


「ああ。階段を三段も踏み外して転んだ拍子に手首を捻ったそうだ。なんと痛ましい……硝子細工よりも繊細なクリステル嬢の心と体にどれほどの傷がついたことか。本来なら一日中でも看病して差し上げたいところだが……」


 ――え? それで終わり? 階段でこけて手首挫いただけで神官の治癒を受けて翌日休み?

 令嬢ヤワいな。うちのメイドは、王宮の塔から飛び降りて、番魔犬(ケルベロス)相手に戦った挙句、左手犠牲にした当日、もりもり肉とケーキを食べて復活したけど。


 これ些細な怪我で大騒ぎしているクリステル嬢周辺が大袈裟なのか、重傷を(おし)てケロリとしているエレナが非常識なのか。

「う~~ん……」

 考えれば考えるほどわけがわからなくなってきた。

次回更新予定は10/29(日)頃です。

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