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たったひとつの冴えた解決法(極論過ぎる!)

「第一王子は相変わらずの脳タリン。そして第二王子は馬鹿を利用して、コソコソと暗躍中。そして真っ当なアドリエンヌ様たちが、その陰謀の犠牲となろうとしている。これは由々しき事態ですわ!」


 今回、エレナが命がけで持ち帰った情報は、僕たちの行動指針を大きく変える……どころか、木っ端微塵に吹き飛ばす超特大の爆弾として、午後の講義をサボって、急ぎ自宅へと帰宅した僕とルネとに戦慄をもたらした。


 一際巨大な歯車の音がギシギシが軋む。

 ここが運命の分岐路だ。ここでの選択を誤るととてつもない状況へ陥る。そう警鐘を鳴らすかのような重々しさだ。


 そのようなわけで、着替えもそこそこに人払いをした(気配を感じさせないように、うちの〈影〉が物陰や床下、天井裏などに潜んで警護をしているのだろうけれど)居間に集まって善後策を検討する僕ら四人。


 ソファから立ち上がっていきり立つルネ。

 座ったままアフタヌーン・ティーを嗜みつつ、気持ちを落ち着ける僕。

 エレナは左手に包帯を巻いているけれど、心配ないと誇示するかのように給仕を買って出て、ティーセットの他ケーキや仔豚のパイ包み焼きが取り揃えて置いてあるティーワゴンの脇に立っている。

 その隣には泰然たる笑顔を崩さず、自然体で直立不動でいるジーノといういつもの面子だった。


「――というか本宮から離れた独立塔とはいえ、この世界では“絶対不可侵”とまで謳われたオルヴィエール王宮に単身で潜入して、よくもまあ首尾よく脱出できたものだよ。まったく……無謀というか、無茶をする。報せを聞いたときには心臓が止まるかと。万一のことがあったら王宮正面から〈ベルグランデ〉片手に血路を開こうかと、本気で持って思ったくらいだ」


 見たところ左手に包帯を巻いているくらいで、割とピンシャンして出迎えてくれたエレナの様子に、思わずその場に安堵のあまり蹲りそうになった僕としては、文句のひとつくらい言ってもバチはあたらないだろう。


「いや、難攻不落の割に案外ざる(・・)でございした。仮に近衛騎士団や王都駐留の第一師団騎士が完全武装で雁首揃えてたとしても、〈神剣(ベルグランデ)〉装備の若君なら、チャールストン踊りながら半時間で、この国の中枢を制圧できると思いますよ」

 伝説を相手にしれっと豪語するエレナ。

 案外、伝説が張子の虎だったのか、エレナの〈影〉としての実力が凄いのか、判断に迷うところだ。


 ジーノは完全に前者(張子の虎説)という見解のようで、

「……まったく、王宮の警護も落ちましたな。かつては『勇者』に比肩する剛の者がゴロゴロいた記録がございますが、いまの世の中〈影〉にしろ、騎士にしろ、かつてのように個人の技量を極限まで鍛えた『超人』を生み出すのはナンセンス。可能な限り組織化・分業化を図って、物量で圧すのが至上とされておりますれば、我らのような時代遅れの遺物は想定の埒外だったのでしょう」

 悔しがるでもなく、寂しがるでもなく、淡々と事実を口に出す……という口調で所管を述べるジーノ。


「そのせいで卓越した個人には手も足も出ないという本末転倒の事態に陥っているわけですけれどね」

 笑止とばかり、ルネが鼻で笑って付け加える。


「それはそれとして、問題なのはいまいち影の薄かったジェレミー王子が臥薪嘗胆、捲土重来を狙って密かに暗躍していたこと。その手足となっていたのが許嫁であるコンスタンス侯爵令嬢であり、どうやら今回の騒ぎの実行犯だったということですわね」


 ルネもほとほと呆れ果てた様子で、立ちながら自分の分のカップに手を延ばして、ソーサーごと手にしながら、一連の騒ぎを総括した。

 素早くエレナが「セカンドフラッシュですが、冬月に摘まれたウインターハーベストでございます」と薀蓄(うんちく)を添えながら、春に摘まれた軽量なファーストフラッシュとは違って、どっしりと濃い紅茶を注ぐ。


「ありがとう。――まったく。面倒なことになりましたわ。予定ではエドワード王子派の暴走を静観する傍ら、動かぬ証拠を取り揃えた上で、お義父(とう)様のお名前で国王陛下に奏上して裁決を仰ぐつもりでおりましたが」

 紅茶を一口飲んで一息つくルネ。

「そうなった場合には、第一王子は廃嫡。繰上げでジェレミー王子が順当に王太子へとなる流れかと思っていたのですが、すべてジェレミー王子の画策であり、掌の上とわかったからには意地でも邪魔をしたくなりますわね」


「しかし、そうなりますと次なる王の後継問題が混乱する可能性がございますな」

 ジーノが控えめに意見する。


 実際、今の段階で国王陛下には直系の血族としては二名の王子と四名の王女しかいない。そして、国王に関しては建国以来、法により女子には王位継承権はないことになっているのだ。


「第一王子は著しく王としての資質に欠け、その所業と人間性を聞いた限り、第二王子はそもそも人間として根本的に欠陥があるように思えます。で、法律上は王女が王位は継ぐことはできない……というか、第一王女と第二王女はいずれも国外の貴族や王族に既に嫁いでおりますし、第四王女は海のものとも山のものともつかない子供。第三王女は第一王子並に脳味噌お花畑でヤンデレ、おまけにお義兄様のストーカー。――あら、もしかして王家はもう終わっているのではありませんか?」

 ルネが指折り数えて列挙する根拠を前に、うんうん頷くエレナ。


「この状況で下手に第一王子と第二王子の所業を国王へ注進した場合どうなるでしょうか? 公正な判断をすればいまの王家は断絶……元老院あたりの判断だと、分家から次なる王を選定するのが通例でしょうか? 可能性が最も高いのはジェラルディエール公爵、つまりアドリエンヌ様のご実家ですわね。そうなれば次の代からは“裏の王家”が表へ躍り出て、現在の王家が没落すると言う流れですわね」


 ルネが規定路線のように暗誦するのに、ふと思い立った僕が異議を唱える。

「ちょっとまった。確か現在の王家も四代くらい前に直系は断絶してたんじゃないかな? あの時は直系王族が旅行先で得体の知れない名物料理をパカパカ食べた結果、軒並み客死して、唯一の血族であった王女に王族の血を引く侯爵の男子を娶らせ、名目上の王配おうはいとしての国王とした事例があるはずだけれど?」

 その後、生まれた男子を即座に王太子として、件の父である侯爵上がりの国王は摂政となったという歴史がある筈だ。その前例に倣うなら未婚の第三、第四王女に適当な貴族の男を宛がって一時的に玉座を護らせるという判断もつかせる可能性がある。


 そうした僕の反論に対して、なぜかルネとエレンが揃って嫌悪感を丸出しにした。

「それだけはありませんわ。その場合、第三王女にロランお義兄様を宛がって王家の安泰を図るのが一番可能性が高いでしょう。そうなればお義父様も嬉々として従うのが目に見えております。わたくしは嫌ですよ。あんな悪い意味での“お姫様”を凝縮したような女を義姉などと呼ぶのは」

「同感です。あのやたら病的に独占欲が強いかのお方が正妻になった場合、私たちが排除されるのは火を見るより明らか。そうなれば予定している、若君との将来の側室計画にも支障が出ますからね」

 なので全力でその流れは潰します、と宣言をするルネとエレナ。


「それに問題なのが、今の段階ではすべて水面下で進行中という状況なことです。国王陛下は確かに英明な方ですが、いささか保守的で日和見主義な面がございます。なれば、いまこれらの状況を知ればどうなるか? いまならいかようにも裏工作が出来る。まして国の最高責任者となれば、わが子可愛さのあまりなあなあで済ませる……それどころか、親馬鹿を炸裂させて逆に率先して第一王子の思惑に乗り、邪魔なアドリエンヌ派に無実の罪を着せて、ジェラルディエール公爵家以下を排除する動きに移行する可能性が非常に高いのではありませんか?」


 確かに。人の善意や貴族としての崇高さを素直に信じられないのが、現在の貴族社会である。


「つまりは下手に国王や親父殿(オリオール公爵家当主)に話を持ちかけたら、アドリエンヌ嬢は国を挙げての四面楚歌というわけか」

 エライ状況だな……と、改めて頭を抱えざるを得ない。


「ジーノ、このことは父上へはなるべく内密にしておいてくれないか?」

 本来であればジーノは僕の付き人ではなく、オリオール家に仕えている立場である。こうしたことは即座に当主である親父殿へ報告する義務があるのだ。


「さて、私はオリオール家の表裏を管理する執事(バトラー)ですので、旦那様に問われた場合には嘘偽りなく答えなければならない義務がございます」


 当然といえば当然のジーノの答えに、ふと気付いてツッコミを入れる。


「それはつまり、聞かれなきゃ答えないという解釈でいいのかな?」

「そういうことでございますな」

「……なら、それで十分だ」


 ジーノなりの最大限の譲歩に心から感謝する。


 ポケットから一塊になった組み紐を取り出して、引っ張ったり解いたりして気晴らしをしていたエレナだけれど、面倒になったのか再びポケットにしまうと、ケーキを手にとって、『これご相伴に預かってもいいですか?』と目線で聞いてきた。

 今日の慰労を労うためにも、『存分にどうぞ』とこちらも身振りで答える。


「それにしても、馬鹿王子派の暴走にアドリエンヌ派が巻き込まれただけかと思ったら、いつの間にか第二王子も絡んで、三つ巴どころかこんがらがりまくって、結果的に国と王家の屋台骨を軋ます大惨事ですからねえ。ゴルディアスの結び目を解くみたいに、どこからどう手をつけていいものか……」


 遠慮なくパクパクとケーキと仔豚のパイ包み焼きを手づかみで(作法から外れていないので優美な手付きである)食べながら、エレナが面倒臭そうに慨嘆した。


「なんかないでしょうかね。こう全部を綺麗に片付けられるような、『冴えたやり方』ってものが?」


 エレナの嘆きは僕も同様であったけれど、そんな都合のいい方法があるわけがない。

 まずは手近な問題から少しでも片付けていかなければ。そう思った瞬間、頭の中で歯車が『ガチャ!』と気持ちよく、所定の位置へと嵌ったような音が高らかに響いた。

 それと同時に、ルネがはっと夢から醒めたような表情で顔を上げ、そしてこれまで見たことがないほど晴れやかな表情で僕の顔を見据えて言い放った。


「――いいえ、ありますわ! 簡単な方法がございます」

「何かいい考えでもあるのかい?」

 何気なくそう尋ねたのは僕だったけれど、ルネの答えはこの場にいる全員の意表を突いていた。


「簡単ですわ。現在の王族がボンクラ揃いで役に立たないのなら、ロランお義兄様が王になり、そしてアドリエンヌ様が王妃となればすべては丸く納まるのですわ」


「…………は?」

 と、思わず僕の口から間抜けな声が漏れてしまったのも仕方がないだろう。

つづきは10/18(水)更新予定です。


※ゴルディアスの結び目=この結び目を解くことができたら世界の王になれるとか、宇宙の真理を理解することができるとかいう伝説の組み紐のこと。アレキサンダー大王が剣で一刀両断した逸話が有名です。

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