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つながる点と点の錯綜(やたら面倒な人間模様)

 最近の上流階級(ブルジョア)の御婦人・ご令嬢方のドレスの主流は肩や胸の露出度の大きな肩出し服らしい。

 年の半分を費やす社交界や上流貴族が主宰するパーティー(貴族はどれだけ贅沢なパーティーを頻繁に催すことができるかで家の体面や権勢を誇示する)でも、大胆に胸元と背中を開放したベアトップドレス姿を多く見かけたものだ。


 大昔は修道服みたいに顔以外はほぼ肌を見せないドレスが普通だったらしいけれど、そのあたりは時代の変化というものだろう。

 最近は『働く女性のための仕事着(スーツ)』とやらもお目見えして、昔だったら上流階級(ブルジョア)の女性が働く=妻や娘に働かせねばならないほど窮乏(きゅうぼう)している……と捉えられてさげすまれていたものだが、働くことに生きがいを見出す女性も増えてきていると聞いている(さすがに貴族の場合はよほど逼迫(ひっぱく)していないと受け取られ、「ほう、○○卿は御令嬢が働きに出なければいけないほど苦しいのですか?」と面子を潰されかねないので、まず了承を得られないだろうけど)。


 そんなわけで今回の外出にあたり僕――というかロレーナ嬢の衣装は、ルネとエレナ、そしてなぜかノリノリの屋敷にいた侍女たちによってコーデされて、白を基調にオリオール家の特徴的な瞳の色である菫色(すみれいろ)でアレンジした袖のあるオープンショルダーのふんわりしたデザインのドレスが、なぜか事前に用意してあって、それを下着から何やら二時間ほどの悪戦苦闘の末着付けられ、それにパンジーをイメージした装飾品で飾り付けられ、軽く化粧をされれば……。


「きゃ~~~っ! 前よりももっとお美しいですわ、お義姉(ねえ)様っ!」

「……う~~む」

 黄色い嬌声を上げてはしゃぐルネと、やり遂げた職人の顔で満足げに頷く侍女たち。

 そして鏡の中では、もの凄い……どこのおとぎの国のお姫様かと思うような美少女が、複雑な顔をしてこちらを覗き込んでいたのだった。


「もうちょっとで胸元が見えるかな? と微妙なところでとどめて、それでいて程度な露出と女性らしい華奢なラインを見せるところがこのデザインのミソですね。清楚さとちょっとだけ冒険してみました感が良くて、男性ウケも非常にいいらしいです」

 エレナが何でそこの需要を満たす必要があるわけ!? と、逆上して掴みかかりたくなるような追加情報を付け加えてくれた。


「いやぁ……しかし、見れば見るほど若き日の奥様に生き写しですな」

 気配もなく背後に立っていた好々爺然とした初老の男性――オリオール家総括執事(バトラー)であるジーノ・クヮリヤートが感慨深い面持ちで独り言ちる。

「ああ、まあそうだろうね」

 現在(いま)でも年齢を感じさせない美貌と屋敷に飾ってある肖像画から、容易に推し量れる若き日の母上を想像して僕はしみじみと頷いた。


「旦那様と婚約を結んでいたにも関わらず、それでも秋波を送る大貴族や高位貴族、果ては他国の王侯貴族や当時王太子殿下であった現国王陛下まで、是非にと釣書と金銀財宝の持参金目録片手に列をなしていたものでございます。――いやぁ、中には旦那様を亡き者にすればよいとばかり軽挙妄動に出る者も多く、我々クヮリヤートもあの当時は剣と拳が乾く暇もありませんでしたな」

「なにげに物騒な話になってるけど、そもそも国王陛下は生まれた時からクラーセン王国の王女殿下と婚約してなかったっけ?」


 貴族であれば当然知っている基礎教育を思い出しながら尋ねると、ジーノは微妙に歯切れ悪く、遠い目をしながら語るのだった。

「……いやそれが『私は真実の愛を知った! 親が決めた婚約相手など前時代的な因習に縛られるなど愚の骨頂! この愛のためなら私は下らぬ婚約など破棄するぞ!!』と息巻きまして、危うく国同士の体面に泥を塗り、王太子の非常識さを国際社会に露呈するところだったのですが、どうにか説得――」

「「「……あ~~……」」」


 出たっ、『真実の愛』……!!

 いや、まあ王族って言うのは国の顔なんだから、俺様こそ一番、俺様こそ国一番の男前だ――と胸を張って言える神経がなければ貴族も国民も後に続かないとはいえ(体が弱いからという言い訳で引きこもっている第二王子が貴族の支持を得られないのは、そのあたりの事情も大いに勘案されている)、自信と自惚(うぬぼれ)は別なんだけどなぁ……そのあたりの区別がつかないのは、資質と血筋の問題だったのか! という奇妙な納得と諦観混じりの溜息が一斉に僕とルネとエレナの口から洩れた。


「――した結果、『ならばクラーセン王国の王女は形だけの王妃として、側妃にぜひ彼女を!』などと王宮に奥様を呼び出して戯けたことを要求(ぬか)した結果――」

「「「結果?」」」

「近衛が止める間もなく、怒り狂った奥様に自慢の顔を中心にタコ殴りにされ――さすがに半殺しにする程度で拳を納める理性はあったようですな――最終的に、『二度とちょっかいを出さない』『後継者が生まれない限り、一生涯婚約者である王女を唯一の妻として側室は持たない』ことを条件として手打ちにした経緯がございました」


 まあ、王家の恥部として表立って口にできない案件ですので、知っている者は限られていますが……と、続けたジーノの台詞をおざなりに聞き流して、僕とルネとエレンは示し合わせたかのように膝を突き合わせて本音で話し合う。


「……つまりエドワード殿下も半殺しの目に合わせないと、頭のネジが締まらない……と?」

「立場的にはクリステル様の役割ですが、あの方では無理ですのでここはやはり母子二代でロレーナお義姉様が、殿下の目に留まった上で根性を叩き直すべきではありませんこと?」

「というか半殺しでは甘いと言わざるを得ません。後顧の憂いを断つためにも、呪われた血筋はここで断ち切っておくべきでは?」


 そんな一幕があって、現在ロレーナ嬢として出歩いている僕の上半身はそこそこ動きやすいのだけれど、下半身の方はそうはいかない。

 部屋着でもない限り貴族の令嬢が外出する際には、ちょっとした用事でも引きずるようなスカートを穿くのがマナーなのはいまでも変わらない。

 そんなんで汚れないのかと問われれば、『汚れるけれど汚れない』という頓智(なぞなぞ)みたいな返事になるだろう。


 つまりご令嬢は庶民と違って汚れた場所や道路などを歩くことを想定していないからだ(逆に言えばスカートが短ければ短いほど庶民レベルと喧伝しているようなものである)。


 出歩く時には屋敷の玄関前まで馬車が迎えに来て、高級馬車なら懸架式の踏み台を、そうでなければ御者が人力で昇降台を設置してくれて、そのまま目的地まで行って、そこでも一歩足を踏み出せば絨毯が敷かれたホールや通路を歩くことになる。

 他人様の屋敷で中庭や庭園を散策することはあるが、それもチリひとつない石畳の小道や芝生の上を歩くので、ここでも泥汚れなどとは無縁であるのは言うまでもない。


 そんなわけで動きにくいこと動きにくいこと……。

 咄嗟に走り出したのはいいけれど、足元に絡みつくスカートの(ひだ)に苦慮した僕は、ドレスの裾を膝まで(ひざ)り、一気に騒動の現場に踊り込むと――。


「この穢れた血の下賎な土民が! 貴族である私に対する暴言と反抗は万死に値する! この愚か者がっ!!」

 その瞬間、清潔そうな白のシャツとサスペンダー付きのズボンを穿いて、それなりに小奇麗な格好をしたヨータ少年をさんざん侮辱しながら、貴族らしい青年は左手でその胸倉を掴んで、右手に握ったステッキのウサギを模した金属製のヘッドをその顔目掛けて力任せに振り下ろした。

 貴族相手に掴みかかるわけにもいかず、さりとて唯唯諾諾(いいだくだく)とおもねることはできないとばかり、火のように熱い眼差しを真っ直ぐに向け――直撃すれば打撲程度では済まないだろう――それから目を背けることもせず、理不尽な打擲(ちょうちゃく)を歯を食いしばって受け止めようとしたヨータ少年。


 まさにその一撃が決まるかと思われたその刹那、

「――はい、それまで」

 割って入った僕がスカートのポケットから取り出した扇子(せんす)が(貴族の御令嬢は荷物を持って歩く必要はないが、案外スカートにポケットが多いので小物は普段から持ち歩くようにしている)、間一髪のところで青年の一撃をふわりと受け止めた。


「――なっ……!?!」

 何が何だかわからないという顔で唖然としたアホ面をさらすしゃくれ顎の青年貴族の顔を間近に見て、ふと僕の口から自分でも思いがけない単語がこぼれ落ちる。

「あれ? アゴール君……男爵?」


 エドワード殿下にさんざんこき使われて、とばっちりで代わりに鞭打たれていた“鞭打ち少年(ウイッピング・ボーイ)”の名が自然と口に出ていた。

感想欄で書かれてましたけれど、

BLにはならないですよ。

行き当たりばったりではなく意味あって女装しています(今後の伏線です)。

いろいろ考えて書いているつもりですが、なんか疲れたのでまたしばし更新はお休みいたします(ブタクサ姫も完結させないといけないので)。


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リビティウム皇国のブタクサ姫』新紀元社モーニングスターブックスより発売中!!
― 新着の感想 ―
[一言] 3章の続きではないのなら、4章は外伝表記にしてください
[一言] 自分を知っているような割って入った見知らぬ令嬢?に彼はどんな反応をするのでしょうか。
感想一覧
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