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辺境のオールド・ルーキー  作者: 道 カズト
第一章 二人のルーキー
4/4

004(改訂版)

— 5 —


 シアは全力で森の中を駆ける。ギルド内でも速さ自慢のシアの速度は常人のそれを遥かに超えるが、巨狼はそれを超える速さで迫る。それでも追いつかれていないのは、ここが森であったことと、巨狼の大きさのためだ。巨狼はその大きさにより木々が障害となり十分な速度が出せていない事が、絶妙な距離感を保たせていた。そんな状況でシアは教官として、またギルドの調査員として彼女は三つの行動指針を自身に与えた。

 一つ、ルクス達から巨狼を引き離し、逃げる時間を作る事。

 二つ、巨狼の強さを測る事。

 三つ、自分が生きてその情報を持ち帰る事。

 シアが巨狼との命懸けの鬼ごっこを始めて十分程度が経つ。聡いルクス達であれば森の安全圏まで撤退するには十分な時間だと判断する。ならばと彼女は次の行動へ移る。


「あの巨狼の強さを調べて、ギルドへ報告しないと。

 っ!?」


 背中で危機を感じたシアは、瞬時の判断で目の前の木を駆け登る。その直後、巨狼の牙が空を切った。シアはそのまま幹を蹴り、宙返りの要領で巨狼の後ろを取る。

 好機。

 足が硬い事は分かった。では背中は? 腹は? 頭は?

 思いつく限り。可能な限りの可能性を確認するために、彼女は再び巨狼に双剣を振るう。振り返った巨狼の頭を斬り、すれ違い様に身体の下に潜り込んで腹を斬り、飛び跳ねて背中を斬る。手数が多い双剣により嵐の様に繰り出される斬撃を、巨狼はただ身を固めて受ける。しかしそのどれもが致命傷には至らない。


「特に弱い部分は見当たらない。斬撃そのものへの耐性が強いみたいですね。なら、打撃系は?」


 攻め手を止めずに巨狼の特性を冷静に分析する。シアは戦闘に長けているわけではないが、それでも”翠”相当の実力がある。その彼女の剣がまともに通らないとなると、攻め手そのものが有効でないと考えられる。

 シアは巨狼から距離を取り、双剣を収める。

 ただでさえ攻め手がない中で悪手にも思われる行為だが、彼女にとってはこれが正解。

 斬撃が止まったことで巨狼は再び動き出す。その紅い目に強い怒りの炎を灯し、真っ直ぐにシアへと駆ける。


「紅目とは言え、やはり獣ですね」


 迫る巨狼を前に、シアは拳を天に突き上げる。

 距離を取ったのは次の一撃のためだ。


「”風に願いを(エアリアル)”!」

 

 シアが拳を振り下ろすと、巨狼が上から何かに圧し潰される様に倒れ、辺りに風が吹き荒れた。

 これが彼女が持ち得る【能力オリジン】。能力は個人によってさまざまな効果が発現する。翠以上の冒険者のはまず間違いなく能力を習得している。

 シアに発現した能力は『自身の周囲十メルト以内の空気を操る能力』。

 打撃系の攻撃であれば有効である可能性の検証の為に、彼女は能力を使い空気の砲弾を巨狼に打ち放ったのだ。

 倒れた巨狼はすぐに立ち上がるが、首を振る仕草からダメージが通っている事が伺える。


「打撃系の攻撃は通る様ですね」


 決定打では無いが、攻める方法の一つは確認できた。シアはここで最後の行動に移る。つまりは撤退。優勢に思われるこの状況であっても、このまま討伐することを彼女は考えない。結局、彼女には決め手が無いのだ。彼女のスタイルはあくまで双剣を使った手数重視の斬撃であり、打撃系の攻撃手段は無い。能力は有効ではあるが、果たして次も素直に当たってくれるだろうか。体力面で圧倒的に不利な相手に責め続けるのは愚策。余力を残しているうちに撤退する事を彼女は選択する。

 シアの判断に誤りはなかった。しかし、彼女は油断した。撤退を決め退路を確認した直後、彼女の目には胸が大きく膨らむ程に空気を取り込んだ巨狼の姿が映る。不味いと思った時には既に後手だった。


「グヴォォオオオオオオン!!」


 木々を揺らし、舞う木の葉を弾きく程の咆哮。咄嗟にシアは耳を塞ぎ口を開け、鼓膜が破れるのは防げたが、その圧は凄まじく脳に響き本能的に身が竦んでしまった。そこを大狼は逃さない。しなやかな筋肉を存分に使い大地を蹴り、飛ぶ。

 

「しまっ!」


 巨狼の接近に気付くがシアの体は思う様に動かない。回避出来ず、巨狼の前足によって地面に叩きつけられてしまう。その衝撃で肺から空気が吐き出され、シアは顔を苦悶の表情に歪める。巨狼はそのまま倒れたシアを前足で押さえつけた。必死に抜け出そうと試みるが、その重みだけでシアの力ではびくともしない。

 足の下で抵抗するシアに、巨狼はゆっくりと口を開ける。実際に遅いのか、それとも迫る死を前に脳がそう見せているのかはわから無い。だがそれはまるで、漸く捕まえた獲物を前にもったいぶっている様に見えた。

 迫る口から巨狼の涎がシアの顔に滴り落ちる。生暖かく獣臭いそれに、生理的な嫌悪感を抱く。気丈にも彼女は巨狼を睨み続け、隙あれば脱出しようと最後まで緊張を解かない。何処かで、そんな時は無いと理解していても。


「教官殿を放せ、発情犬」


 声と共に衝撃。

 迫る巨狼の口が背後を振り返るように横流れていく光景に、シアは目を見開く。巨狼は体勢を崩しながらも、たたらを踏み何とか倒れる事は耐えた。

 何が起きたのか彼女は直ぐに理解出来ずにいたが、遅れて巨狼の拘束が解かれた事に気付く。慌てて体勢を直そうとするが、足に走る痛みに再び倒れそうになった。その時、目の前に現れた影が彼女の身体を受け止めた。


「何だ、腰でも抜けたのか? 教官殿」


 シアが顔を上げて見たのは、自分を抱きとめたルクスだった。

 予想だにしていなかったシアは言葉が出ない。

 ルクスは返事がないシアをその場に座らせる。


「とりあえず休んどけ。あの発情犬は俺が躾けとく。これでも躾けは得意なんだよ」

「は、発情犬?」

「女の尻を追いかけ、押し倒した挙句、ヨダレを垂らして興奮しているあの駄犬だ」

 

 確かにその通りなのだが、何か違うとシアは思った。


「って、そうじゃなくて! 危険です! その巨狼の体毛に刃が通る場所はなかった! あなたの武器では相性が悪いです!」

「ほう、そうなのか」


 剣を抜きながら巨狼に向き直ると、ルクスはシアの制止を聞かず駆ける。

 先程の強襲の影響か巨狼の動きが悪い。爪を振るい迎え撃とうするがキレが悪く、ルクスは容易に掻い潜りその差し出された前足を斬り付ける。剣筋の鋭さが、軽い風切り音に表れていた。しかしその一撃が巨狼を傷付ける事はなかった。当然だ。力は弱くとも、嵐のように繰り出したシアの件で無傷だったのだ。ルーキーの技量で斬れる道理はない。

 再び振るわれる爪を躱しながら、ルクスは巨狼から距離を取る。


「なるほど。確かに斬れない」

「そう言ってるじゃないですか! 私の事は良いですから早く逃げて下さい!」

「却下だ」


 シアが何よりもルクスの安全を考えて出した指示をルクスはにべもなく切り捨てる。

 そもそも逃げるという手段が取れる状況ではないのだ。動きが鈍くなっていても相手は圧倒的優位な身体能力を持つ獣。たった数メルトの距離など、あの巨狼がその気になれば一足で詰められ、離脱する前に凶悪な爪と牙に襲われるだろう。

 それはシアも分かってはいたが、自分が囮になれば良いと考えていた。ルクスを逃がすために立ち上がろうとしたところで再び足に走る激痛に呻き声が上がる。先程は張り詰めた緊張の中で気付かなかったが、見れば足は赤黒く腫れ上がっていた。巨狼に組み伏せられた際に痛めていた様だ。これではまともに動くことが出来ない。

 囮にすらなれない己の不甲斐なさに、噛んだ唇から血が伝う。だが、諦める訳にはいかない。


「ルクスさん。あいつは斬撃耐性は高いですが、打撃系は通ります。何か打撃系の攻撃手段はありますか?」

「残念だが、この状況でお披露目できる様な能力はないな」

「では、武器は?」

「ハンマーやメイスを持っている様に見えるか?

 強いて言えば足技は得意だが、さっきの強襲が全力の蹴りだ。ご覧の通り、決定打にはなりそうも無い」

「そうですか」


 その声に落胆の色を見せてしまったのも仕方ない事だろう。

 結局打開策が見出せないまま、巨狼との睨み合いが続く。


「ははっ」


 そんな緊迫した空気の中、その笑い声はよく通った。

 声の主はルクスだった。


「何を、笑っているんですか」

「いや実はさっきから既視感みたいなものを感じてたんだが、その理由がようやく分かったんだ。

 正しくは思い出した 、かな」


 突然の話に理解が追い付かないシアは、ルクスが錯乱でもしたかと考えた。しかしその顔には余裕が見えた。決して錯乱などでは無い。

 では、ルクスは何を言いたいのか。


「実は前に孤児院で院長なんてしててな。そこで育ててた子供(がき)が何かの冒険譚の本を持って来て、聞かれた事があった」


──先生。この主人公はいつも剣を使ってるけど、すごく硬くて剣で斬れない魔獣がいたらどうするの?


「取り敢えず逃げろ。相手にするなと言ったんだが、子供は本当に容赦がない。そんなの格好悪いだの、逃げられなかったらどうするだの言って駄々こねやがった。結局、主人公は敵を倒さないといけないんだとよ。しかも、そいつは剣以外の武器を使わないらしい。面倒な条件ばかり付けやがる」


 言葉とは裏腹に、語るルクスの表情はどこか楽し気だ。


「でも大人として、子供の質問には真摯に答えないけない」


 ルクスが再び巨狼へと駆ける。巨狼もまた爪を振るって迎え撃つ。

 まるで先程の焼き回しの様な状況。しかしその結果は違った。


「やるなら目だ」


 爪を躱したルクスは、斬りつけるのではなく巨狼の目に真っ直ぐ剣を突き立てる。剣先は巨狼の左目に深く刺さり、巨狼はその痛みに初めて絶叫する。

 すごい。とシアは思わず喉の奥で呟いた。

 巨狼を傷を追わせたことが、ではない。その行動力にシアは感嘆した。

 目を狙う。言葉としてはそれだけだが、実行に移せるかどうかは別だ。犬や狼に類する獣の最大の武器は強靭な牙だ。そこに近づく攻撃はどうしてもリスクが高くなる。シアも幾度となく斬り付けた中で、頭部への攻撃だけは手数で動きを封じてから一度斬りつけただけだった。しかしルクスは、そのリスクに飛び込んだ。蛮勇などではなく、それが可能であると確信を持って。


「悪い手じゃなかったが、仕留めるにはちと足りないか」


 確かに左目を奪うことはできたが、そこまでだ。命を奪うには至らない。

 巨狼が息荒くし、喉を唸らせる。その残った右目が強い光が宿ると、再び胸が膨らむほどの空気を取り込み始めた。


「ルクスさん、咆哮が来ます! 気をしっかり保って!」


 巨狼が行おうとしている事を察知したシアが叫ぶ。

 しかし、遅い。


「グヴォォオオオオオオン!!」


 音の暴力が押し寄せる。

 二度目であるシアは気を構えていたため、先ほどの様に身が竦むことはなかった。

 ルクスはどうだろうか。シアからは背中しか見えないが、しっかりと地に立っている。

 巨狼は先程シアにした様に、今度はルクスに飛び掛かかった。対してルクスは全く動かない。


「ルクスさん!」


 まさか先程の自分と同じように身が竦んでしまったのだろうかとシアは焦る。

 ルクスを一飲みにしてしまいそうな程大きく空いた口が迫るが、それでもルクスに動きがない。

 そして巨狼の口がルクスの頭に届く瞬間、シアは悲惨な未来を創造し思わず目を伏せる。


「おいおい、俺は押し倒してくれないのか。全く、つれねぇよな。

 まあ、おすに押し倒されるなんて、こっちから願い下げだがな」


 その声に、シアは顔を上げた。

 巨狼の口は開いたまま硬直しており、ルクスはその身に傷を負ってはいない。

 何が起きたのかと巨狼をよく見れば、その口の中に先ほどまでルクスが腰に差していた鞘が縦に差し込まれ、つっかえ棒となっていた。

 一体どんな素材でできているのか、巨狼の顎の力でも砕けない。


「目一杯開けた口に物がつかえると、本来の様な強い力で噛むことが出来ないだろ。それに、その鞘はちょっと細工をしててな。ちょっとやそっとじゃ砕けねぇよ」


 果たして巨狼は何故自分の状況が理解出来ているだろうか。

 否。理解できていないだろう。巨狼はただ茫然とその身を固めていた。


「じゃあ、後は任せた・・・・・

「全く。勝手を言いますね、先生」


 ルクスが巨狼の前から体をずらした直後、一条の光が走り抜ける。それは巨狼の開いた口に流れ込むと、その頭を貫いた。

 数舜の間の後、巨狼は力なく地に崩れ落ちる。

 空いた頭部の穴から、魔鉱石が見える。

 何が起きたのか。シアは光の元に顔を向けると、そこに森の奥からシオンが現れた。


「ようシオン。そっちはどうだった」

「問題ありません」


 二人の会話から別の何かがあったことは察するが、シアは色々と状況に追い付けない。


「あの、一体何が。それに今のは」

「ん? ああ、まあ後でもろもろ報告するさ。それよりも、戻って教官殿の治療が先だ」

「そうですね。時間としてはそろそろ運び屋の方と合流する予定時刻です」


 ルクスは巨狼の魔鉱石を回収すると、シアに近づく。


「えっ、あっと、え?」

「しばらく辛抱してくれよ教官殿」


 突然の浮遊感。気付けば、シアはルクスに抱き上げられていた。

 恥ずかしさと情けなさからルクスに降ろすように言うが、足のけがを指摘されシアは大人しくルクスに運ばれることにした。これではどちらが教官なのかわからない状況だ。だが、ルクスの腕の中は不思議な安心感があった。この人はどんな人なんだろうか。孤児院で働いていたといっていたが、なぜこんなに強いのだろうか。次々に浮かぶ疑問からルクスの顔を見上げていると、ふと目が合った。

 その時、シアの胸がトクンと跳ねた。


「先生。嫌がる女性の体に触ふれてニヤケ顔。セクハラです」

「それは違うぞシオン。これは俺の役得だ」


 シオンの一言で色々と台無しだった。

投稿が遅く申し訳ございません。

しかし、評価付けていただいたり・ブックマークしていただいている方がいて、本当にありがたいです。

まだ続けていきますので、よろしければまたお付き合いください。

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