〈エピローグ〉
そうして、宰相スペッサルティンの起こした反乱は幕を閉じた。
王を喪い、軍の多くを巻き込んだこの戦い。
皮肉なことに、民の嘆きは王よりも国を支えていたスペッサルティンの死に向けられていた。彼の想いを民たちが知るわけではない。けれど、スペッサルティンが永きに渡り国を支えて来たということもまた事実なのである。
彼がもし簒奪に成功していたのなら、その方が国のためではなかったのだろうかとささやく声もまばらに起こる。けれどそれはしばらくの間であった。
新王として立った王太子ルナクレスは、王太子時代に美しいだけのお飾りと揶揄された人物とは思えぬような毅然とした様子で二人の弟を従える。二人の王弟の目には強い意志があり、兄を支えることを生涯の役割と決意していることが窺い知れた。
『諸刃の剣』と恐れられたコーランデルは、いつしか『王の豪剣』と。
『放たれた矢』と謗られたベリアールは、『王の強弓』と並び称されるようになったという。
新王は美しい外見にいつしか威厳を感じさせ、次々と反乱で荒れた人々の心に風を吹き込む。彼の執る政策の陰には、スペッサルティンに代わる新たな宰相の姿があった。スペッサルティンの前任であった宰相ゼフィランサスは新王の祖父に当たる人物である。彼をと望む声も多かったが、ゼフィランサスは老身を理由に辞退した。王の親族が宰相という要職に就くことで弊害が起こると考えてのことであったのかも知れない。
ただ、ゼフィランサスに指南を受けつつ宰相として立ったのは、スピネル=マグナという王都で商いに勤しんでいた男である。彼は商人特有の先見の明を持ち、柔軟な発想と大胆な政策で王のもと国に貢献する。異例の大抜擢ではあるものの、彼の能力を知った者たちは認めざるを得なかった。
謀反に加担したクリオロ公爵は海軍大将という軍籍を抹消され、爵位を降格された。彼の代わりにクリオロ領を任されたのはゼフィランサスの長男である。王の伯父にあたる人物であるが、フォラステロ公爵と同等の地位を任せられるのは彼が適任とされた。
そうして、軍籍を抹消された者たちはというと、主に農政といったものに携わることとなる。初めはそうした道を新宰相に提示された時、往年の矜持がそれを許さなかった。けれど、それもしばしの間であった。
謀反に加担しておきながら生きることを許されたというのに、甘えたことを言うなと一喝したのは、各地を巡察していたアイオラ中将であったとか。
働けば相応の実入りがある。国を豊かにすることができる。それ以上に何を望む、と。
残った命で国に償うつもりがあるのなら、懸命に働け、と。
新王はそれからも時をかけて謀反に加担したとされる者一人一人と話をする機会を設けた。息も絶え絶えの時に変節するのならば助けてやるとそそのかされて身を委ねてしまったような者たちが涙ながらに語る様を優しく見つめ、労わりの声をかけたという。そうした者のごく一部の軍籍を回復することもあったそうだ。ただ、そうした狙いで新王に過剰に訴える者を新宰相や側近の者は見抜いてふるい落したらしい。
新王は刑罰に関して非常に慎重であった。下級兵の一人であろうとも命を軽んずることがない。
そうして、諸島各国からは次々に祝福の声が上げられた。不干渉条約を破ったペルシに対し、まるで遺恨など感じさせない対応で真っ先に祝いに訪れたのはアリュルージ王太子であった。
先王の死によって先の戦いもまた水に流されたかのように。罪を抱えて逝った王にはそれだけの意義があったのだと。
各国に祝福されながら即位した新王を常に支え続けたのは、近衛隊長デュクセルとその副官アルバトルであった。王太子時代から側近としてそばに控えていた二人の存在は、王にとって掛け替えのないものであったそうな。その陰には常に一人の文官の姿があったとささやかれたけれど、それは王にとって気の休まる話し相手であったとされ、公式な記録に名前はない。
貧民窟と討ち捨てられたウヴァロの地の出身であるジャスパーという兵士は、反乱の際に王太子であった新王を匿い、戦いに貢献したとされ、その褒賞として抱えていた罪状を軽減されたという。彼の存在が戦いに勝利した大きな要因とされる。
そうして、王の即位から二年の後、王が迎えた妃はというと――。
婚礼のその日、テラスで手を振る王と王妃を眺めながら小さな少女はうきうきと声を上げた。
「お母さん、お母さん、王妃さまきれいね! どこのお姫さま?」
祝いのフラワーシャワーが舞う城下で、女の子の母親はクスリと笑った。
「お姫さまじゃないのよ。王妃様はね、軍に入って兵士になった時に王様に見初められたの」
女の子はきょとんと目を丸くした。
「みそめられた?」
「ああ、ごめんなさい、王様がお好きになられたってこと」
「兵士さん? 女の人なのに?」
「そうよ。こんなことになって一番びっくりしたのは王妃様自身かも知れないわねぇ」
それでも、先の内乱の折、絶望しかけた兵を力強く励まし、彼女は人々の希望になったのだ。この割れんばかりの歓声が、民の想いだ。他国の姫のように強力な後ろ盾があるわけではないけれど、彼女は国民に望まれている。彼女の活躍を噂に聞く民たちの圧倒的な支持は、国の団結力をより高めるのだろう。
二人の恋物語を聞きたくて仕方がないといった風な娘の手を母親は軽く引いた。
「じゃあ、帰ったらお話してあげる。吟遊詩人が歌い継ぐ、王様と王妃様の出会いのお話。その身をもって民を守って下さる、『美しき盾』と呼ばれた心優しい王様のお話を――」
【 The end 】
ここまで【落日のレガリア】にお付き合い頂き、ありがとうございました。
この物語は割とシリアスなシーンが多く、主人公も癖のない善良なタイプであったため、セリフが臭くなりがちで心で突っ込みながら書いた気がします(笑)
ちなみに、この物語は韓非子『亡徴~亡国のきざし四十七項~』より着想しました。
国が滅びる予兆を四十七に渡り上げているんですね。ひとつでも当てはまると必ず滅びるというわけではなく、あくまで予兆ですが。
例えば、
十五、民心が君主よりも宰相にあるのに使い続ける。
十七、嫡出の公子と他の公子が同等の勢力。
二十一、君主が臆病で決断できない。
三十、太子の名声が強まり、強力な派閥ができて、大国と結び付く。
このように、早いうちから太子の勢力が強大になる。
三十二、戦争好きで、本務たる農政に力を入れず、何かと言えば武力を発動する。
――そうした時、国は滅びるであろう。
などなど、です。
実際に国に関わって来た人の言葉ですから参考になりますね。
後は商人のスピネルが宰相というのは突飛に思われたでしょうか?
これ、実は昔の中国の邯鄲というところで商人をしていた『呂不韋』という人物から来ています。後の秦の始皇帝を早い段階から大器と見込んで支え、結果宰相にまで上り詰めた人物です。あ、その末路はちょっとあれなのですが、そこは置いといて……(汗)
では、この出会いに、心からの感謝を☆