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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
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〈24〉歓喜と悲哀

 城門から一気に突入したルナスたちの軍勢はリィアを救出し、陸軍大将フォラステロ公たちと合流を果たした。内部の鎮圧も時間の問題である。リィアを救い出してくれた鏡写しのような二人の青年は気付けばおらず、礼を言う暇もなかった。


 ルナスは憔悴した様子のリィアを父親のヴァーレンティンに託し、軍勢の指揮をフォラステロ公と祖父のゼフィランサスに頼む。そうして、自身は側近のデュークとアルバ、弟のコーラル、アイオラ中将、ほか数名の少数を引き連れて城の高みを目指す。


 城の中は意外なことに閑散としていて、向かって来る兵はほとんどいなかった。それでも気をゆるめずに先を目指す。スペッサルティンらしき人影は謁見の間にはなかった。その場所には誰もいない。誰もいない玉座がひどく物悲しく、虚しく感じられた。

 途中、血痕やきずが壁や床にあり、戦闘の跡が見られる。穏やかとは言えない心境で一行は更に上を目指した。


 王の居室に近付くと、そこには人の気配があった。鍵がかけられており、コーラルが大剣を一閃して鍵を壊した。意を決して扉を開くと、そこにいたのは女性たちであった。

 王妃、パール、ティルレットとその侍女、そしてもう一人は手当てはされているものの普段の身綺麗さが嘘のような傷だらけのカルソニーだった。身を起こすことも容易ではないような状態で床に寝そべっている。パールはそんなカルソニーに付いていたけれど、扉が開かれた瞬間にびくりと体を震わせた。


 ルナスはこの時、パールに対して配慮なく扉を開いてしまったことを内心で悔いた。けれど、パールはルナスの顔を見ても以前のように怯えることはなく、しっかりと目を合わせた。


「母上、パール、それからティルトたちも皆、無事でよかった」


 コーラルがルナスを越えて室内に踏み込むと、女性たちはホッとしたように息をついた。特にティルレットはしっとりとした面持ちで彼を見つめている。コーラルもきっとそちらに目を向けたいのだろうけれど、こうも人が多くては、彼の性格上無理なのである。


「コーラル、あなたもよく無事で……。ルナクレス殿下も」


 王妃は震えながらも気丈に声をかけた。ルナスも微笑んでうなずく。そうしてようやく、ルナスはパールのドレスにべったりと付着した乾いた血に気付いた。


「パール! どこか怪我を!?」


 パールはふるふるとかぶりを振った。ティルレットがそっと事情を説明してくれる。


「その血はカルソニーさんのものです。パール姫は背中に打撃を受けましたが、大事には至らずお元気ですよ」


 ルナスとコーラルがホッと息をつくと、パールは明るく笑顔を見せた。

 そうして、かすれた声を絞る。


「にい、さ、ま」


 聞き間違いでも、願望が引き起こした幻聴でもない。


「パール、声が――!」


 こくりとうなずいたパールの笑顔は、以前よりも大人びて見えた。


「ごめ、ん、ね」


 ルナスはくしゃりと顔を歪める。


「パールに詫びなければならないのは私の方だ」


 すると、パールは少し怒ったように再び首を振った。自分を責めるなと言ってくれるのだろう。

 こうして、パールは回復を見せた。以前のように明るい声を聞ける日は間近なのだ。

 心にあたたかな光が差す。けれど、足りない一人を思って急に冷気が差し込んだ。


「あの、義母上様、父上は……」


 すると、王妃は目を伏せ、かぶりを振った。その仕草で十分であった。ルナスも目を伏せ、それに続くようにして皆がルナスに倣い王の冥福を祈る。


「では、スペッサルティンの居所をご存知ではありませんか?」

「それもわかりません」


 王妃の言葉に、皆が顔を見合わせる。


「どこへ行ったんだろう?」

「隠し通路でも使って外へ逃れたのか?」


 コーラルもそうつぶやく。

 謀反は失敗に終わったと言える。それならば逃げ出したということか。

 けれど、そうなると行き先はどこだろうか。ベリルのいる場所へ行って彼を人質にされては厄介だ。

 ルナスはそう思い、父王の亡骸に対面することよりもスペッサルティンを追うことを優先せねばならないと判断した。


「……コーラル、君はここに残ってくれ。私はスペッサルティンを捜して捕らえる」


 一瞬、コーラルは共に行くと言おうとした様子だった。けれど、それを飲み込んだ。母と妹と姫とを残して行くことはためらわれたのだ。そうして、城を守ることも重要な役割である。


「わかりました。お気を付けて」



 そうして、アイオラには配下を使って城内をくまなく捜すように言い渡した。階段を駆け下りたルナスたちは城のエントランスで前宰相ゼフィランサスと行き会う。


「お祖父様!」

「殿下! スペッサルティンは捕らえられましたか?」


 ルナスは苦々しい気持ちでかぶりを振った。


「それが、見当たらないのです」


 ゼフィランサスは眉根を寄せると、しばしの間を置いてぽつりとつぶやいた。


「もしかすると、あそこかも知れません」

「え?」

「スペッサルティンがまだその名も知られぬような頃から、やつは『あの場所』が好きでよく足を運んでおりました」


 どこか悲哀を含む祖父の目をルナスは見つめて言葉を待った。


「アーナティの丘です」


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