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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章

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〈23〉未来を君と

 戦いの音がする。

 人々の悲鳴がする。

 そんな中、リィアは足もとから迫り来る炎の熱気と煙に朦朧とする意識の中で幻を見た気がした。


「もう少しだから、がんばれよ。……よし、切れた」


 どこかで聞いたことがあるような気がするけれど、どこでだか思い出せない。そんな声だった。

 熱気はそのままで、けれどそばに誰かがいるような、その誰かに担がれているような感覚だった。


「ゼスト、ロープ張れたか!?」

「ああ、勢い付けて降りろよ! 途中で止まるなよ!!」


 何か、滑車でも使ったような音がする。リィアは誰かに抱えられたままで空を飛んでいるような浮遊感を味わった。

 何か、夢を見ているのかも知れない。誰かが助けに来てくれて助かる夢を。

 頭のどこかでそんなことを思った。



「リィア!!」


 ずっと聞きたかった声がする。

 ルナスの声が必死で呼んでくれる。


 体が地面に下ろされたような気がした。頬に冷たい手が伸びた。うっすらと瞳を開けると、青い空を背景に、逆光になったルナスが切ない瞳で自分を覗き込んでいる。

 自分はもう、死んでしまったのかも知れない。もしくは、これから死ぬのかも知れない。

 でも、最期にルナスの顔を思い浮かべながら逝けるのなら、少しは救われた気になる。


 リィアは両手を伸ばしてルナスの幻に抱き付いた。幻なら、それくらい許されるだろう。

 あたたかさも感触も、頬にかかる髪さえもまるで実物のように感じられる。そんなリィアを強く抱き締め返す腕も。


「遅れてすまない」


 熱っぽい声が耳をくすぐり、腕の力が苦しいほどに強まる。そこでようやくリィアは恐る恐るつぶやいた。


「……あの、ルナス様」

「うん?」

「もしかして、本物ですか?」

「え??」


 驚いたような声の後に短い沈黙があり、それからその幻はクスリと笑い声を立てた。


「多分本物だよ」


 そのひと言に、リィアは自分がとんでもないことをしでかしたと気付いた。ひあぁ、とおかしな声を上げてルナスの背に回した手を離したけれど、それでもルナスはリィアを抱き締めたままでいた。

 頭上から、呆れたようなデュークの声がする。


「お前、なんて大それたことを……」


 そうして、クスクスと笑うアルバの声も。


「まあいいじゃないですか。がんばったご褒美ということで」


 名残惜しそうに体を離したルナスが退くと、リィアの視界には大勢の兵の他にあごが外れそうなほどに口を開けた父と、その父とリィアを心配そうに見遣るアイオラの姿が見えた。リィアもまた、公衆の面前でやってしまったことの重大さに気が遠くなった。

 けれど、問題はこの後だった。このまま気を失ってしまいたいと思ったリィアの肩を、ルナスは再び抱き寄せて父に笑顔でとどめを刺すのだった。


「ヴァーレンティン、ことがすべて落ち着いたら彼女をもらい受けたい。やはり私にはどうしても必要な存在なのだ。どうか、頼む」


 リィアは耳を疑い、ぽかんと口を開けていた。当の本人を置き去りに、周囲がざわめく。

 ルナスは呆然とするリィアに向け、どこか照れたように微笑んだ。


「この先を、君と共に歩きたい。だから、断れるとは思わないでほしいのだけれど」

「は、はい」


 一生を左右することだというのに、勢いで返事をしてしまった。ルナスにそんな顔をされては誰だって断れない。

 父は卒倒しそうな顔をして、どこから出しているのかと思うような苦しげな声で呻いた。


「ほ、本人が望むのならば私はか、かま……っ」


 舌でもかんだのか、ぐ、と口もとを抑えて黙った父に、ルナスは輝くような笑顔を向ける。


「ありがとう」


 わああ、と周囲の兵士たちから割れるような歓声が上がった。その声が祝福であると気付かないままにリィアが目を瞬かせていると、デュークが呆然として言った。


「ルナス様、本気ですか?」

「もちろんだ」

「隊長、ルナス様が望むのですからそれでいいじゃないですか? とまあ、ルナス様のお気持ちに気付いていなかったのは隊長くらいです。隊長にしてみれば寝耳に水かも知れませんけどね」


 アルバのセリフに、デュークはどこか頭痛でもするかのような面持ちで嘆息した。そうして、そのそばでコーランデルが考え込んでいた。そうして、喧騒の中でつぶやいている声が不思議とリィアの耳に届いた。


義姉(あね)上。義姉上?」 


 どうにもしっくり来ないとでも言いたげだが、それはお互い様だ。

 ルナスは再びリィアに目を向けるとささやく。


「……さあ、では城内を鎮圧してしまわねばな。スペッサルティンを探し出し、この反乱を終わらせる。リィアは体を休めていてくれ」


 ついて行きたいけれど、今のリィアにはその体力はない。こくりと静かにうなずく。


「はい。どうかお気を付けて」

「ああ。必ず戻るから」


 リィアを父親のヴァーレンティンに預け、ルナスは城の高みを見上げた。スペッサルティンはそこにいるのだろうか。

 ルナスが集めた軍勢は反乱軍を抑え、城壁内部の空気を塗り変えて行く。

 後少し。後少しですべてに決着がつく。


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