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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
159/167

〈22〉信ずる少女

 フォラステロ公は眼前で繰り広げられている光景に歯噛みした。あどけなさを残す少女兵がはりつけにされ、未だ抵抗を続ける自分たちを引きずり出す餌にされようとしている。けれど、不用意に瓦礫の向こう側へ踏み出せば、矢を番える弓兵に射抜かれるだろう。

だからと言って、見殺しにしていい命ではない。


 彼女は恐ろしさを隠しながらも気丈に想いを貫く。あの状況で、この場にいない王太子を信じると口にする。彼こそがこの国に相応しいと。未来を託すことができるのは彼だけであると。

 あの『美しき盾』と揶揄される穏やかな王子が――。


 彼女は何故、それほどまでに信じることができるのであろうか。彼女が信じるものはまやかしではないのだろうか。

 それほどの人物だというのなら、何故、ここにいないのか。

 スペッサルティンやクリオロ公に組することは考えられないけれど、この反乱の引き金を引いたのは王室である。そう考えると、忠誠の在り処が揺らぐ。


 もし、彼女が言うようにあの王太子が王として相応しい器なら、彼女を今すぐに救い出してくれるはずだ。それができるのならば、自分もまた彼を信じてもいい。フォラステロ公は苦々しくそう思った。

 けれど、彼女を支える梁の下に油が撒かれた。無情にも時は過ぎる。


「将軍、突撃の許可を!」


 配下の若者が逸る心のままに叫んだ。突撃すれば致命的な痛手となる。そうすれば、もうスペッサルティンを止める者はいなくなるかも知れない。けれど、フォラステロ公もまた彼女を見殺しにはできなかった。

 白昼に不要な松明の火が、油の染み込んだ木材へと向けられる。脅しではなく、その火は――。


 そんな時、その松明を持つ兵士の手に細身のナイフが突き刺さった。ハッとして見ると、そのナイフを投擲したのは黒髪の青年だった。目立たぬような黒一色の服装をしており、軍人ではない。見たこともない青年だった。


 青年の放ったナイフによって点火が阻止されたかのように思われた。けれど、それも束の間であった。兵士は悲鳴を上げて松明を取り落としたが、その地面には撒かれた油が染み込んでいる。松明から火は油に移った。

 そして、地面から炎が上がり、木材へ燃え広がる。その火を直視する勇気はさすがにないらしく、少女兵は固く目を閉じて身をすくめた。

 ナイフを投擲した謎の青年の姿はすでになかった。フォラステロ公は覚悟を決め、配下に声をかける。


「全員――」


 けれどその時、馬の蹄鉄の音が響き渡った。数はそれほど多くないというのに、数騎しかいないそのすべてが巧みな手綱捌きであると窺える。その騎影は四騎であった。

 そうして、フォラステロ公は目を疑った。


 その先頭となって走るのは、城から落ち延びたとされている王太子であった。美しい顔を厳しく引き締め、圧倒的な存在感を放っている。そのそばには武術大会の覇者であるロヴァンス中尉とその上官であるラーズ大尉の姿がある。そして、第二王子コーランデル。王太子とは不仲であるはずの弟だが、この窮地に協力し合ったということか。

 馬に乗らず彼らの後ろを自力で走って付いて来たのは、先ほどのナイフを投擲した青年だった。ここのことを王太子に知らせに行っていたようだ。ただ、それにしては戻りが早すぎるような気もするが。


「リィア!!!」


 馬を走らせる王太子が叫んだのは少女の名であった。けれど、彼女は答えなかった。

 立ち昇る熱気が傍で見ている以上に彼女を苛んでいる。戦い抜いた後のことならば、彼女の体力も限界であるのだろう。ぐったりとした様子であった。


「王太子だ! 捕らえろ!!」


 そんな声が謀反兵から上がる。相手はたった四騎である。多勢に無勢だ。フォラステロ公も立ち上がった。


「殿下を援護するのだ! 行くぞ!!」


 わぁああ、と双方から喊声が沸き起こる。フォラステロ公の配下の者たちも瓦礫の奥から駆け出した。けれど、彼らはその戦いを前に瞠目した。手が出せぬほどの激戦であった。

 最初に馬を乗り捨てたのはコーランデルだった。年若くしてその腕前は天賦の才と噂された。両手持ちの剣を鮮やかに振るい、並みいる兵士を一掃する。下手に近付けば巻き添えを食うだろう。


 ロヴァンス中尉もまた十字鍔(リヨン)の剣を閃かせ、軽やかに馬を操りながら応戦した。ラーズ大尉も馬上から鞭と剣を器用に操り兵を翻弄する。

 そうして、彼らに守られる王太子は、ただ守られるだけではなかった。巧みな馬術で剣戟をかわし、サーベルで迫り来る矢を払う。

 流れるような動きで兵を退けるのだった。それは優美に微笑むばかりの彼からは想像もできなかった勇姿である。そうして、その剣を振るう手には大粒のエメラルドの指輪がはまっていた。それを目にした瞬間に、フォラステロ公はぞくりと肌が粟立ち、鼓動が早鐘を打った。


「将軍?」

「あ、いや、すまない」


 怪訝そうな配下の青年に苦笑する。戦場でぼうっとしているなど、大将としてはあってはならないことだ。


「まずは彼女の救出を優先してくれ」

「はい!」


 火の手は衰えることを知らない。彼女を支える梁がいつ折れても不思議はないのだ。

 フォラステロ公は逸る気持ちを抑えてその戦いに参戦した。彼女の言葉は、やはり正しかった。


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