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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
157/167

〈20〉突破

 ルナスとデュークが城門前に駆け付けると、そこは一触即発の状態であった。固く閉ざされた堅牢な城門の上から番兵が矢を番えてこちらをけん制する。その飛距離のすれすれにルナスたちの軍勢は待機していた。

 ルナスの到着に軍勢が湧く。


「王太子殿下!!」

「兄上!」


 コーラルが馬の首をルナスの方に向けて近付いて来る。アルバもそばにいた。そうして、ルナスの手にはまったエメラルドの指輪に気付く。


「それは!」


 瞠目したコーラルに、ルナスはうなずく。そして、ルナスは馬上で高らかにレガリアの輝く手を上げた。

 敵も味方も、陽光を浴びて眩いばかりに輝くエメラルドに視線を縫い付けられた。ルナスは大きく息を吸い、腹の底から声を張り上げる。


「逆賊スペッサルティンに告ぐ!! 天意は我らにあり! 己が王座を簒奪すると申すのなら、我が手からこの玉璽を奪い取るがいい!」 


 その声は優美でありながらも猛々しく、味方を奮い立たせる。城の奥に飾られた『美しき盾』、そう呼ばれた王子とは思えぬ堂々たる姿であった。兵の一人一人がぞくりと体を震わせ、その身に力強く脈打つ鼓動を感じた。士気が最高潮に達する瞬間であった。


 兵が口々にルナスをたたえ、それは大きな波紋となって城下を埋め尽くす。城門の上から矢を番えていた者たちも顔を見合わせてた。

 何故、彼の指に玉璽があるのか。城の最上階にいるはずの王の指にではなく。

 それが天意だという声にどのような否定を向ければよいのか。


 その通達がスペッサルティンのもとへ届いたのか、ルナスをたたえる声が聞こえたのか、城門がその重たさを感じられる音を立てておもむろに隙間を開けた。ゴゴゴゴ、と鳴り響く音を微動だにしないままに受け止めるルナスに、城門は完全に開かれた。その奥には数百の兵士がひしめいている。その中央に立つのは西の領地を統括する海軍大将クリオロ公であった。どこか勝ち誇ったような微笑を浮かべている。


「クリオロ公、二大公爵の一人ともあろうあなたが秩序を乱しいたずらに民を傷付けるとは、嘆かわしい限りだ。その処遇を覚悟されるがいい」


 けれど、クリオロ公は動じなかった。


「我が領地は隣国レイヤーナの脅威にさらされ続けておりました。のん気なフォラステロ領の比ではありません。我が国にはあのネストリュート王に劣らぬ強き王と軍事力が必要なのです。あなたのようにお心の優しい平和主義者は我が国には相応しくないのですよ」


 その言葉に応えたのはルナスではなくコーラルであった。


「公が言うところの軍事力は他国を刺激し、自らさえも傷付ける。皮肉な話だが、公やスペッサルティンのお陰で私にもそれがようやく理解できた。武力に頼むは弱き心のなせること。真に強きを求むるのなら、無闇やたらと鎧をまとうべきではない」


 一度は決別を覚悟したほどに思想の違う兄と弟。

 けれど、信じて突き通した想いはいつか届くのだと、ルナスは前を見据えた弟の横顔を胸を詰まらせて眺めた。クリオロ公はそんなコーラルに表情を険しくする。


「……三人の王子の中ではあなたが一番我らに近いと思うておりましたが、残念ですな。あなたが強き王となられる存在であれば、この暴動は起こらなかったのかも知れません。まあ、何を言っても詮方なきこと。王太子殿下のその指にある玉璽を頂きましょう。それをあるべき場所へ――」


 ザ、と城門の置くに控える兵士たちが構える音がした。それに呼応してルナスの背後の兵たちも身構える。ルナスの方を向かず、コーラルは正面を見据えたままでささやいた。


「私が兄上をお守りします」

「ありがとう、コーラル」


 微笑むルナスに、コーラルは更に言葉を重ねた。


「この生涯をかけてお守りし、共に在ります。私はそう心を決めました」


 どちらの軍勢が先に動いたのか、その場にいた誰もがわからなかった。双方が突撃の喊声かんせいを上げ、衝突する。馬を乗り捨て、射掛けられた矢を払い落としながら風のようにすり抜けたのはアイオラ中将であった。女性でありながらもその地位に上り詰めたその実力は群を抜いている。彼女の果敢さに皆が見惚れるほどにアイオラの剣技は美しかった。瞬く間に斬り伏せられる兵士の数に謀反側が彼女のそばから散った。けれど、彼女から逃れたところでコーラルの剣戟が向かう。馬上で扱うには不向きである両手剣を悠々と扱い、彼のひと薙ぎで道が開ける。


 トールド卿もまた槍を振るい自らの体の一部のように馬を自在に操り敵を翻弄する。ロヴァンス中将やヴァーレンティン中佐もまた、配下の兵が矢に当たらぬように気を配りながら指示を飛ばす。

 そんな混戦の中、ルナスが手綱を握り締めて言った。


「早くスペッサルティンを押えねば。私はこのまま城内に突入する」


 こちらに兵力を集めているのだ。場内は今、手薄である。ここを突破してしまえば収束は近い。


「はい! どこまでもお供致します」

「お任せ下さい」


 いつ何時もそばでルナスを支えたデュークとアルバの二人が答える。ルナスにとってはその存在が大きな力である。二人にうなずくと、ルナスは馬を走らせた。二人の護衛はその両脇を固める。その背後にコーラルがしんがりとして続いた。

 降り注ぐ矢を、ルナスは持ち前の馬術でかわして城門まで一気に駆け抜けた。デュークの鞭が鋭く兵を薙ぎ払う。アルバの実力を知る者たちは率先して彼に近付こうとはしなかった。


 迫り来るルナスにクリオロ公は剣を構えたが、デュークの鞭が一閃する。クリオロ公の頭上を飛び越えたルナスの馬の影が切れた時、コーラルの大剣がクリオロ公に迫っていた。デュークの鞭に剣を叩き落とされていたクリオロ公はなす術もなく肩を斬られて絶叫した。そのほとばしる鮮血を浴びることなく、四騎は城内に駆け込むのであった。

 

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