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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
154/167

〈17〉いざ行かん

 兵力は城内に潜むスペッサルティンたちに比べると未だ足りないという危惧はある。それでも、まだ城内で戦う忠臣たちがいる。落ち延びた王太子が挙兵して戻ったと知れば、戦況はまた変わって来るだろう。

 ただ、ルナスにはその戦況を覆すだけの統率力を求められるのだが。



 合流したゼフィランサスはまずルナスの無事を喜んだ。けれど、ふと、彼の傍らにあの少女の姿がないことに気付いたようだ。向こうでコーラルと共に馬具を備え付けているのはデュークとアルバのみである。


「殿下、あの娘御……セラフィナの姉で、殿下の護衛だというあの……」


 その様子から、ゼフィランサスも女性の身でありながら軍に所属するリィアを案じていたのだと窺えた。ルナスはキュッと眉根を寄せて答える。


「共に脱出することが叶わなかった。リィアは城門の中だ。けれど、必ず助け出す」


 一兵士を王太子であるルナスが助け出すと言う。その哀切な瞳に、ゼフィランサスは問う。


「殿下はあの娘御を兵としてではなく、一人の女性として愛しくお思いなのですね」


 まっすぐなその言葉に、ルナスも飾り気のない言葉で答える。


「はい」


 たったそれだけの短い返答に、ゼフィランサスは苦笑した。


「わかりました。でしたら尚のこと急がねばなりませんね」


 そうして、彼らは動き出す。



「ルナス様、王都へ入ったらすぐさま王城へ向かわれますか」


 馬を歩かせアガート公道を北上するルナスの傍らで、デュークが馬上からそう訊ねた。ルナスは迷うことなくうなずく。


「ああ。城門を固め、突破する」

「了解いたしました」


 アルバもそううなずいた。コーラルもそのそばで厳しい面持ちを保っている。


「逆賊スペッサルティンの首は私が取ります」


 勇猛に息巻く弟にルナスは苦笑した。


「いきなり斬り付けてはいけないよ。訊ねなければならないこともある」

「それは……そうですが」

「コーラルはスペサルティンよりも姫のもとへ行くといい」


 そう言われた途端、コーラルがぐ、と言葉に詰まって赤面した。耳朶を赤くするコーラルの様子を、アルバが物珍しげに眺めるのだった。



 そんな会話をする彼らの背後には五百騎もの軍勢が続く。ゼフィランサスは騎馬ではなく馬車で後方に控えている。短期で勝負するつもりではあるが、もし戦いが長引いてしまった時のことを思い、ジャスパーはウヴァロのまとめ役として残して来た。あそこを絶たれてしまってはいざという時に逃げ場がない。

 準備は整ったけれど、軍事を嫌うルナスにとって、振り返った時に自分が率いるその軍勢の姿は心強さよりも寂寥感がある。けれど、戦いをなくすために戦わねばならない時があり、それが今なのだ。

 これを最後にできたならいいと、そう思うのだった。



 王都アルマンディンへと軍勢は歩を進めた。城下町はウヴァロの者たちの報告通り閑散としていた。

 民は突然の暴動に恐れをなし、家に閉じこもった。頼みにしていた自国の兵力が、このような形で自らを害するなどとは夢にも思わなかったのだろう。何をすべきかもわからぬままに震えている。


 それでも、ルナスたちの軍勢が城下町を行く時、民たちは窓からその様子を盗み見ていたはずだ。そうして、その軍勢をどう思ったのだろうか。心強く感じたか、それとも内戦の始まりと見たのか――。



 王城へと続く往来の端で、ルナスたちの進行を遮ったのは三人の人物であった。そのうち手前の二人の青年は商人らしき風体であった。低頭した三人のうち、背後の一人にルナスは見覚えがあった。


「ルチル殿!」


 ルナスと親交の厚い商人スピネルの妻である。ルチルは髪に隠れた顔を上げた。その年齢よりも幼い顔が青ざめている。それでも彼女は声を張り上げた。


「王太子殿下にお願いがございます。ほんの少しで構いません、どうか我が家へお立ち寄り頂きたいのです。一刻を争う時だというのに、どうしても主人は屋敷を離れることができないのです」


 屋敷を離れることができないと言う。愛妻家のスピネルがこうしてルチルを軍勢の前に伝達として向かわせたことからもやむを得ない事態が窺える。それでもコーラルや他の兵たちは訝しげであった。

 ルナスはうなずいて返す。


「了解した。あまり時間は取れぬが」


 ルチルの色をなくした顔にほのかに朱が差す。


「ありがとうございます!」


 ルナスはコーラルと他の兵たちを見回し、告げる。


「すぐに戻る。城門前で待機していてくれ。コーラル、頼んだよ」


 一瞬ためらったコーラルであったけれど、今更ルナスのやることに異議を唱えるつもりはないようだった。なんらかの意味があると汲んでくれたのか、力強くうなずいた。


「デューク、共に来てくれ。アルバはコーラルの補佐を」


 二人はそれぞれに短く返答した。ルナスは一度ルチルに目を向けると、馬を走らせた。デュークだけが指示通りに後に続く。スピネルの邸宅もこの王都の中であり、そう離れているわけではない。この軍勢が見えた時からスペッサルティンに加担した兵は城門を固めている様子で、城下町の方にはいないのだった。

 スピネルの白く大きな邸宅の前でルナスが馬を急停止させると、その馬の嘶きに気付いた使用人が外へ飛び出して来た。


「ああ! 王太子殿下!! どうぞ中へ!!」


 老年の使用人が転がるようにして中へ入り、声を張り上げてスピネルを呼ぶ声がした。ルナスとデュークは急いで駆け寄って来たスピネルの使用人たちに馬を預けると中へと駆け込む。

 いつになく硬い顔をしたスピネルが廊下を小走りにやって来たところだった。


「ルナス様! よくぞご無事で!」


 スピネルはそこで複雑な面持ちになった。


「いえ、ご無事であるとそれを疑ってはおりませんでしたが。と、今はここで話し込んでいる場合ではありませんね。こちらへ」

「スピネル、一体どうしたんだ?」


 その急いた様子に思わずルナスが問うと、スピネルは歩みを止めずに言うのだった。


「説明するよりもお会いされた方が早いかと思います――」

 

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