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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
152/167

〈15〉挙兵

 一番最初にルナスの待つウヴァロへ到着することができたのは、やはりルナスの伯父にあたるゼフィランサスの息子であった。シアラという伯父は侯爵であるが、五年前の戦いの後に軍を退いていた。息子たちは軍に在籍しているものの、今は連絡が取れない。それでも、私兵を集めて駆け付けてくれたのだ。


「伯父上!」

「殿下! よくぞご無事で!」


 壮年の美丈夫はそう言ってルナスに駆け寄った。


「お力添え、感謝致します」

「いえ。父から話を聞かされてはおりましたが、まさかここまで急であるとは……。私は軍を退いたとはいえ、愛国心を失ったわけではございません。国賊を討つのは当然のことです。一刻も早くこの乱を平定しましょう」


 戦いを好むわけでもない穏やかな伯父ではあるけれど、だからこそ無益な戦いを始めたスペッサルティンのことは許せないのだろう。働き盛りに軍を退いたのは、スペッサルティンや王の方針と相容れなかったせいではないかと感じた。


 そうして、続々と援軍は集まる。

 次はロヴァンス中将とその息子のエルナであった。彼らは海軍であるものの、陸地で戦えぬわけでもない。ロヴァンスはルナスにまずひざまずいて共に戦うことを誓うと、それからもう一人の息子に向けて声をかけた。


「よくお二方をお守りしたな。それにしてもウヴァロを潜伏先に選ぶとは……」


 労う父に、アルバは苦笑する。


「ウヴァロの人たちが受け入れてくれたのは、ルナス様のお人柄故。俺は特別なことはしてません」


 功をてらうでもないその様子に、ロヴァンスはそっと目を細めた。そんな傍らで、エルナがそわそわと落ち着かない様子でいた。


「聞けば王と王妃、パール様やカール、リィアちゃんも城壁内部にいるって言うし、急がないと!」


 エルナは、単純な戦力と数えるよりもその存在自体が大きい。皆を励まし、志気を上げることができる貴重な人材だ。



 そして、リィアの父であるヴァーレンティン中佐と、それから間を置かずに訪れたのが、アイオラ中将であった。


「知らせを受け、こちらへ向かう前に巡察中の中将のもとへ立ち寄って事情を説明致しました」


 ヴァーレンティンはルナスにそう報告する。アイオラもまたきりりと引き締まった顔を更に険しくし、ルナスにひざまずく。


「簒奪を企むスペッサルティンの野望は、必ず食い止めてご覧にいれます!」


 リィアが憧れるほどの果敢さを持つアイオラだ。ルナスも彼女の協力を心強く思う。そして、二人を前にすると考えずにいられない。リィアのことを――。


「ヴァーレンティン」


 名を呼ぶと、彼はルナスが何を言いたいのかをすぐに察したようだ。ルナスの言葉を先回りして口を開く。


「娘のことならばお気になさらないで下さい」


 アイオラも不意に表情をゆるめ、心配そうに隣のヴァーレンティンに目を向ける。


「あの娘は軍人です。軍人となった以上、何があろうとも覚悟はできております」


 例えその命を散らしても。

 ルナスは感情が締め付ける心臓の痛みに顔をしかめた。その隣で、アルバがぼそりと言う。


「……中佐、そんなに泣くくらいなら、そういうことを仰らないで下さい」


 ぼろぼろと涙をこぼしているヴァーレンティンは、その涙を乱暴に軍服で拭った。そうして、むせび泣くのである。壮年の軍人が恥ずかしげもなく泣き出すのだから、皆、迂闊に声もかけられなかった。

 立場上言わねばならなかった言葉であり、本心ではないのだと誰もがわかる。リィアはそれだけ愛されて育ったのだと、ルナスは彼女を想った。


「ヴァーレンティン、誰が諦めようとも、私には諦めることなどできないのだよ」


 その言葉に、ヴァーレンティンはぴたりと動きを止めた。赤く潤んだ双眸が恐る恐るルナスに向けられる。ルナスはそんな彼にそっと微笑んだ。


「私にとっても彼女は大切な存在だ。必ず助けに行こう」


 ヴァーレンティンにルナスの言葉が染み入る。彼は大きくうなずいた。そんな様子を見て、アイオラもホッとしたようだった。



 そうして、トールド卿もやって来た。


「王太子殿下! よくぞご無事で!!」


 意気消沈していた時とは打って変わって溌剌と、爛々と輝く瞳をしていた。


「トールド卿、よく駆け付けてくれた。礼を言おう」


 その手を握って労うと、トールド卿は熱意のこもった口調で言う。


「お約束致しました故に」


 彼は根っからの武人であり、信念を持って戦う時にこそ真価を見せる。勇敢に先陣を切って戦うのはこうした人物である。



 ウヴァロの面々は、戻ってからも城の付近にまで状況を確認しに足しげく通ってくれていた。


「城門は閉じられたままでした。やっぱり中では戦いが繰り広げられている様子でしたし、城下の人たちも怯えて家に閉じこもっていました。ただ、城下にも兵士はいたんですよ。多分あれが殿下方を捜しているやつらなんじゃないかと……」

「スピネルさんのところへ知らせに行きたかったんですけど、それでここを気取られるといけないから行きませんでした」


 二人の青年がそう報告してくれた。一人はまだ少年といえるような年齢だが、その判断力に皆が感心した。


「ああ、それでいい。スピネルと私、そしてこの地を結び付けて考える者がいないとも限らないからね」


 ルナスの言葉に、二人はホッとした様子で下がった。コーラルがそんなルナスに目を向ける。彼の母親の実家からの援軍も到達していた。


「兄上、援軍は続々と到着しています。そろそろ挙兵されてもよろしいかと」

「……うん、私のお祖父様が到着したらここを出立しよう」


 ルナスも覚悟を決め、決戦の時を待つ。

 そうして、前宰相ゼフィランサスはアンターンス男爵家の親子と私兵を連れて、このウヴァロの地へ到達したのだった。伝令として走ったジャスパーを伴って。


 間もなくして、鬨の声が上がった。

 貧民窟と顧みられることのなかったウヴァロは、後に語り継がれる物語の始まりの地となる。

 

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