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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
145/167

〈8〉思い出と今と

 ウヴァロの外のことは、屋内の奥深くに匿われたルナスとコーラルにはよくわからなかった。

 簡素なその家は、ジャスパーが帰って来た時のためにとあつらえられた家なのだと言う。その中の一室に二人は落ち着く。調度品と呼べるほどのものはあまりなく、大きめのベッドと机と椅子があるのみであった。


 シン、と静まり返った部屋に会話はない。デュークとアルバは交互で寝ずの番をすると言って外に出ていた。部屋の中には兄と弟の二人だけである。

 こうなると、特にすることもない二人だった。コーラルはなんとなく愛剣を下ろして状態を確かめているものの、手持ち無沙汰であることはひと目で知れた。ルナスは苦笑しつつ言う。


「明日からまたどうなるかわからない。休めるうちに休まねばな」


 コーラルはおもむろにルナスに首を向けた。


「そうですね。では、兄上はベッドをお使い下さい。私は床で結構ですので」

「床で? 大丈夫、このベッドは広い。私たち二人くらいならば十分だろう」


 平然と返したルナスに、コーラルは唖然とする。


「え、いや、この年で兄上と共寝というのは……」


 その様子に、ルナスはクスクスと笑った。


「小さな頃は一緒に寝ることもあったね。眠りにつくまでお互いに色々なことを語り合った。いつも、先に寝るのはコーラルの方だった。懐かしいね」


 コーラルの方が照れたように顔を背ける。


「い、いくつの時の話ですか」


 そんな弟の様子を楽しむように、ルナスはベッドに腰掛けると笑顔で言うのだった。


「こうした機会はそうそうない。昔を思い出すのもいいのではないか? ほら、つもる話もあることだし」


 コーラルも、ルナスに訊ねたいことがたくさんあったのだろう。それ以上拒否することもなく、外衣と上着を脱ぎ、くつろいだ格好になると、ルナスから少しだけ距離を保ってベッドに横になった。ルナスは自分に背を向けたコーラルに微笑むと、そっとランタンの灯りを消した。そうして、静かに語り出す。


「コーラル、実はね、ベリルの罪はスペッサルティンの謀であり、ベリルは利用されたに過ぎないのだよ。あの時はスペッサルティンに筒抜けの状態で、君にそれを告げることができなかった。ベリルを許してやってくれ」


 背中合わせのコーラルが身じろぎしたのがわかった。


「兄上はいつからスペッサルティンのことに気付かれていたのですか?」

「メーディのことがあってからだ。彼をそそのかしたのはスペッサルティンであったようだから」

「……兄上は居室から出て来ないと見せかけて、実は色々な方面の情報を手に入れていたのですね。ものの上辺しか見えていなかったのは私の方だったと」


 信じていたものが揺らいだ。実直なコーラルの心が折れてしまわないかルナスは心配になったけれど、コーラルはルナスが思う以上にしっかりと自分を保っていた。


「おかしなものですが、今の私にベリルを責めることなどできません」

「コーラル?」


 ルナスがふと上半身を起こしてコーラルの頭に視線を向けても、コーラルはルナスの方を向かなかった。背を向けたまま、ぽつりと言う。


「時に兄上、兄上はあの娘のどこに惹かれたのですか?」

「っ!」


 まさかコーラルにそんなことを訊ねられる日が来るとは思わなかった。常に武術に勤しみ、色恋と最も縁遠いと思われるコーラルが。

 答えずにためらっていると、コーラルはようやく体をルナスの方に向けた。その顔はどこか穏やかだった。


「あの護衛の娘ですよ。兄上が想うのはあの娘でしょう?」


 あれだけ騒げば誰でもわかるとでも言いたげだった。ルナスは観念して言うのだった。


「……どこと言われても難しい。気付けば愛しく想っていた。それではいけないかい?」


 曖昧な返答を嫌うコーラルだと知っているけれど、その答えはルナスの本音であった。コーラルは妙に納得したような顔になる。


「ああ、そうしたものですね」


 その言葉に、ルナスも確信するのであった。


「コーラル、君もそうであったのか?」


 今度はコーラルが言葉に詰まった。そうした途端、ルナスの中ではいろいろなものが繋がった。


「ティルレット姫、だね」


 その名を口にすると、コーラルは再びルナスに背を向けた。ぽつりぽつりと言葉がこぼれる。


「私は、強くなりさえすれば守れぬものはないと信じて生きて来ました。けれど、実際はそうではなかった。武力では守れぬものがこの世にはあったのです。姫の心は、どのようにすれば守れるのでしょうか。私にそれが許されるのなら、私はそのすべを知りたい」


 王は誰よりも強くあらねばならないと言い続けたコーラルの口から、武力では守れないものがあるという言葉が飛び出す。ルナスはコーラルのその変化に驚きつつも、その成長を喜ばしく感じた。


「君も守りたいものが増えたのだね。姫のことは、この混乱が落ち着いた後、ネストリュート王ともう一度話してみよう。姫が望むのなら、何も私でなくともよいのかも知れない」


 ハッとして、コーラルは再びルナスに向き直る。ルナスはそっと微笑んだ。


「それから、先ほどの話を今度はベリルにしてあげるといい。きっと喜ぶよ。その前に驚くかも知れないけれど。三人で会える日が楽しみだ」


 クスリと声を立てる兄に、コーラルはバツが悪そうに唇を結んだ。けれど、不愉快そうには見えない。きっと照れくさいのだろう。


「私も兄として、君の幸せを願っている。そして、君とベリルと手を携えてこの国を支えて行ける、そんな未来を夢見てもいいだろうか?」


 そうしてルナスは、自らの心を、理想を、コーラルに語るのであった。いつかのように誤解を解けぬままにこじれてしまわないよう、隠すことなく。

 武力がすべてではないと知ったコーラルならば、この理想を受け入れてくれるのではないかと思えたから。


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