〈7〉知らせ
一時的な隠れ家としてウヴァロを選択したルナスたち。けれど、成り行きとして同行しているコーラルはウヴァロの面々を信じ切れてはいないようだった。それも無理からぬことではある。
「兄上、兄上は本当にここの人々が我らの居場所を漏らさずに匿ってくれると信じているのですか? ……我らはこの地を顧みなかった。ウヴァロの者たちが我らに味方するとは思えぬのです」
そうつぶやいたコーラルに、ジャスパーは苦笑した。
「俺はジャスパー=ロームと申します。こうして軍の末席に身を置かせて頂いていますが、俺はウヴァロの者です。俺の故郷であるこの地が顧みられなかったのは少し前までのこと。今ではご覧の通り、この地は息を吹き返しています。王太子殿下が、我らに手を差し伸べて下さったのです。ですから、我らはあなた方を裏切りません」
コーラルはハッとしてルナスを振り返る。ルナスもそっと笑った。
「私は手助けをしたに過ぎない。この地が生まれ変わったのは、商人スピネルの手腕であり、ここの住人たちの努力によるものだ」
「そう、なのですか……」
憑き物でも落ちたかのような顔をして、コーラルはそれだけつぶやいた。黙り込んだコーラルの傍らでルナスはジャスパーに真剣な目を向けた。
「ジャスパー、私はスペッサルティンに対抗する兵力を集める。伝令を頼めるだろうか?」
スピネルの指導により、ウヴァロの者たちは馬を扱えるようになった。各地へ援軍の要請をすることも可能である。
「はい、お任せ下さい」
ジャスパーがひざまずくと、ルナスはうなずいて告げた。
「まずは前宰相ゼフィランサス――お祖父様のもとへ。こちらには面識のある君に向かってもらいたい。アンターンス家もだ。フォラステロ領にはヴァーレンティンが戻っているかも知れない。そちらにも連絡してほしい」
「はい」
「トリニタリオ領のトールド卿、それから伯父上の侯爵家も――」
横からコーラルも口を出す。
「クリオロ領の母の実家にも頼めるだろうか」
「もちろんです」
ジャスパーは力強く答える。
「ルナス様、コーラル様、親書をしたためて下さい。それをジャスパーたちに託しましょう」
アルバの言葉に二人もうなずく。そうしてアルバはにこりと笑った。
「ロヴァンス家――うちの父と兄なら知らせる前に異変を察知してくれるとは思いますが、クリオロ領に行くついでがあるのなら、この場所だけ知らせてもらえると合流が早くなりますね」
「ああ、ロヴァンス卿とエルナがいてくれたなら心強い」
ただ、とルナスは一瞬だけ表情を険しくした。
「もし伝達に向かった者が親書を持っている状態でスペッサルティン側の人間の手に落ちたなら、言い逃れはできぬだろう。危険を承知で、その覚悟を持ってもらわねばならない。それでも頼めるかい?」
ジャスパーを始めとするウヴァロの面々は、その言葉に臆することなくジャスパーに続いてひざまずく。
「この命に換えても成し遂げます」
誰かがそう答えた。けれど、ルナスはかぶりを振る。
「命の危機を感じたなら、ことを急がぬように。途中で連絡が途切れるよりは遅れた方がまだいい。その身の安全を考えれば知らせもより早く着くと、どうか命を守りながら進んでほしい」
「はい、お言葉をしかと胸に」
そうして、ルナスとコーラルはそれぞれに親書をしたためた。スピネルが事務仕事のためにと用意してくれた紙やインクがあり、それが王族が使用するような最上級の物でないとしても表面上の体裁は整った。急であったために封蝋にする印は何もなかったけれど、近しい者であればそれが当人たちの筆跡であると気付けるだろう。
それぞれに親書を託し、ルナスたちは伝達に出向く彼らを見送る。ウヴァロの子供たちや夫人は不安げにしているけれど、恩義を返す時が今なのだということも理解している。
ざらつく風が吹く中、ルナスはまぶたを伏せて彼らの無事を祈った。