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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
142/167

〈5〉姫の想い

 その日、リィアはパール姫を見舞うことにした。取り立て珍しい手土産もないけれど、厨房で働く料理人がレースペーパーで包んだ菓子を持たせてくれた。皆、未だに引きこもりがちなパールを心配しているのだ。


 ルナスの顔を見れば、パールはあの時の惨劇を思い出して取り乱してしまう。だから、妹を気遣いながらも会いに行けないルナスに代わり、リィアはこうして時折パールを見舞うのである。

 以前のような明るい笑顔と笑い声とは縁遠くなってしまったものの、それでもパールは時折笑みを見せることもある。そんな些細な瞬間に、リィアは涙が溢れそうになる。少しずつでもパールは立ち直りつつあるのだ。いつかまた、ルナスとも仲睦まじく笑い合える日が来るはず。


 リィアがパールの居室を訪れると、パールの護衛隊長であるカルソニーが出迎えてくれた。家柄と容姿に恵まれ、挫折など知らずにここまで来たような青年だが、パールが心に傷を負ったあの瞬間にそばで守ることができなかったと悔恨の念に駆られ続けている。彼もまた、被害者であるのだ。


「ああ、リィアさん。実は今、先客がおられるのですよ」


 と、爽やかに微笑む。


「先客ですか?」


 ここへ訪れるのは、兄王子であるコーランデル、王妃、そうした面々だ。軽々しく話せるような人間でないことだけは確かである。出直そうかと思ったリィアを、カルソニーは中へ誘う。


「はい。リィアさんにもかかわりのあるお方ですから」

「え?」


 そうして見えたのは、黒髪の侍女を二人引き連れたティルレットの姿だった。ほっそりとした体に夜空のようなドレスが滑らかな肌によく似合っていた。結わずに下ろしている柔らかな髪は絹糸のようだ。

 リィアが仕えるルナスの妃となる姫なのだから、リィアにもかかわりがあると言うのは間違いではない。

 ルナスの妹であるパールは、ティルレットにとっても義妹となる。こうして見舞うのも当然のことであった。


 リィアはとっさにティルレットが座す椅子の方に向けてひざまずき、礼を取った。そんなリィアに気付いたパールが来訪を労うように駆け寄って来る。


「ティルレット姫、こちらは王太子殿下の護衛を勤めるリジアーナ=ヴァーレンティン殿です。こうして時折パール様のご機嫌伺いにやって来てくれるのですよ」


 と、カルソニーが紹介してくれた。顔を上げないままのリィアは心臓が張り裂けそうなほどに苦しく感じられた。その顔を見るのが怖かった。儚い姫であるのに、何故か恐ろしく感じられた。

 自らが秘めた恋心をやましく感じるからか、醜い感情を向けてしまいそうになるからか――。

 そんなリィアに、柔らかな声がかかる。


「ええ、存じております」


 知っている、とティルレットはそう答えた。そうして、リィアに顔を上げるように促す。おずおずと顔を上げると、リィアを品定めするように眺める視線を感じた。

 レイヤーナにいる時に、ルナスの背後に控えて対面したことはある。けれど、護衛の一人である自分を覚えているとは思わなかった。驚きを感じていると、ティルレットは小さく息をつく。


「けれど、最早私にはかかわりがあるとは言えません」


 その意外なひと言に、リィアはもちろんのことカルソニーまで唖然としてしまった。


「そ、それはどういう意味でしょうか?」


 とっさに訊ね返したカルソニーに、ティルレットは儚いながらに意志のある微笑を見せた。その表情は、レイヤーナで出会った時に感じた作り物めいた美しさではなく、血の通ったものである。輝く瞳に吸い寄せられる。


「私は一度本国へ帰ります。そうして、このたびのお話を白紙に戻したく思います」


 あまりのことにリィアは絶句してしまった。けれど、ようやく声を絞り出す。


「何故……」


 すると、ティルレットはクスリと笑った。


「あなたが何故と私に問うのですか? あの方のお心があなたにあるからですよ」


 自分の中で、サッと血の気の引く音が聞こえた気がした。青ざめたリィアに、それでもティルレットは悲愴感など漂わせずに言うのであった。


「そうして、私にも他に想う方がおります。それを自覚してしまった以上、最後の悪あがきをしてみようかと思うのです」


 リィアは呆然とその言葉を聞くのだった。ティルレットのどこにそうした強さがあったのだろう、と。

 自らの運命を諦め、国のためにと従うような姫であると感じたのは誤りであったのか。


「ずっと従順に生きて来た私の、兄への初めての反抗です。恐ろしくはありますが、何もせずに運命と受け入れるよりは少しの可能性にもすがりたいのです」


 そう語るティルレットは、とても魅力的だった。こんな風に想いを寄せてもらえたなら、ルナスもティルレットに心惹かれていたかも知れない。ホッとする気持ちがあるくせに、そんなことを思った。


 そんな時、どこかでいくつかの悲鳴が上がった。

 

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