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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
141/167

〈4〉落ち延びて

 どこへ身を潜めるべきか。それを考えた時、真っ先に顔が浮かぶのはスピネルであった。

 スピネルの邸宅はこの王都アルマンディンの城下町にある。

 けれど――。


「スピネルがルナス様のご贔屓にされている商人だということは周知です。スペッサルティンもまずはそちらを当たるのではないかと思われます。あの屋敷では包囲された時の逃げ道がありません」


 デュークが先回りするように言った。ルナスもうなずく。

 考え込んでいるゆとりはない。喧騒は次第に大きくなり、城下にもその余波が向かうのだ。混乱を極める前に城下を抜けてしまいたい。


「フォラステロ領のお祖父様と合流したい。けれど、そこまで辿り着けるだろうか?」


 こうした時に備え、ルナスの祖父である前宰相ゼフィランサスには事前に援護を頼んである。王都の異変を感じたならばすぐに実家の総力を上げて援軍を送ってくれるはずだ。ただ、その前にスペッサルティンの手の者に追い詰められないとも限らない。ルナスたちは徒歩かちである。


「追っ手をやり過ごすことが肝要です。ひとまず身を隠すにはどこが……」


 眉間に深い皺を寄せてつぶやくアルバに、傍らのジャスパーが言った。


「身を隠すなら打って付けの場所があるだろう?」

「打って付けの?」

「ああ。お偉方が見向きもしない、俺の故郷が」


 その言葉に、ルナスたちは弾かれたように顔を見合わせた。コーラルだけは気付くことができなかったけれど。

 ルナスとデューク、アルバは声を合わせてその名を口にする。


「ウヴァロ!!」


 得意げにうなずくジャスパーは、にやりと笑った。


「ああ。あそこにまさか王太子殿下が潜むなんて誰も思わないはずだ。あなた方に受けた恩を、今こそ返そう」


 貧民窟として存在したあの地。

 そこへ介入したあの日のやり取り。

 アルバの取った行動。

 そのすべてが今、ルナスの身に返るのだ。彼を生かすための力となって。

 それは、天意というものであったのかも知れない。



 行き先が決定し、一行は混乱に乗じて城下を駆け抜ける。馬を借り受ければそこから足が付く。彼らは自らの足を頼りに王都から続くアガート公道に出るのだった。

 道中、息を切らしながらもコーラルは訊ねずにはいられなかったようだ。


「兄上、兄上はあのウヴァロへ足を踏み入れたことがあるというのですか?」

「詳しい話は後だ。説明はするから」


 最後尾を走るのはジャスパーなのだが、彼がいなければ話にならない。四人は彼を急かしながら公道を走る。ただ、振り返るたびに視界に入る立ち昇る煙が、ルナスの胸を締め付けるのであった。



 ウヴァロの地は、商人スピネルの協力を得て生まれ変わりつつあった。生活水準も格段に上がり、最早貧民と蔑まれるほどの暮らし振りではない。スピネルの立てた筋道により労働を知った彼らは、過去の罪を背負って服役するジャスパーの帰りをひたすらに待っている。


 アルバの働きによって、ジャスパーを外へ連れ出す許可を得ていたこと。これが重要である。

 すべてを丸く収めるためとはいえ、ジャスパーを結果として投獄したルナスを、ウヴァロの住民はしばらくの間快く思っていなかった。仕方がないと理解しつつも、ジャスパーを慕う面々には受け入れられなかったのだ。


 そのわだかまりが解けたのはつい最近のこと。ジャスパーが予定よりも早くウヴァロを訪問することができたからだ。ジャスパー当人の口からルナスに感謝する言葉がでなければ、今もウヴァロの住人はルナスによい感情を持たずにいただろう。身分を明かしていないルナスを庇うようなことはしてくれなかったはずだ。



 日暮れの頃になってウヴァロに到着すると、ウヴァロは騒然となった。

 ルナスやデュークたちはここを訪れた時、平服に着替えていた。ひと目で身分が知れるような装いではなかった。デュークやアルバが軍人であることは、皆薄々と感じ取っていたようだけれど、ルナスのことは『彼らよりも少し偉い人』程度に思っていた。

 だからこそ、軍服の彼らに守られるようにしているルナスの、その貴人の装いが最上級のものであることにざわめくのだ。その傍らに立つ、見慣れぬ青年も然りである。


 コーラルは初めて足を踏み入れるウヴァロの地を無言で眺めていた。噂に聞くような荒廃振りとは結び付かずに困惑している風だった。


「ジャスパーさん!」


 住人の中から声が上がる。駆け寄って来たのは、ジャスパーがいない今、住民をまとめている男性である。


「ジェット、王城で暴動が起きた。とにかく今はこのお方を匿ってくれ」


 その言葉に不安を抱えながら、彼は精一杯心を落ち着けながら返す。


「暴動が……。匿うということは追っ手があるということですよね? 今更ではありますが、このお方は一体どういうお方なのですか?」


 ジャスパーは自らの口で語ってよいものかをためらっている風であった。そんな彼に代わり、デュークが口を開く。


「このお方は王太子殿下だ。そして、お隣は弟君。このお二方に何かあれば、この国は宰相の――不当な権力者の手に落ちてしまうだろう。どうか、頼む」


 ジェットという男性の周囲もざわりと騒ぎ出した。自分たちの恩人とも言える麗人の正体がようやく明らかになった瞬間であったのだ。

 

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