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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
140/167

〈3〉戦火

 ルナスとコーラル、それを見守っていた護衛の三人もその悲鳴の上がった方角に鋭く目をやった。

 それでも悲鳴は止まなかった。悲鳴はひとつではなかったのだ。複数の声が入り乱れ、まるで逃げ惑うような響きであった。


「何事だ!?」


 あまりのことにコーラルが声を上げた。悲鳴がするのは城壁の中。つまり、城の方角である。

 ルナスも愕然として空を見上げた。そしてそこに、高く昇り行く一筋の煙を見付けた。


「あれは……火の手が?」


 風に乗って、きな臭さが次第に漂い始める。思わず顔をしかめたルナスは剣を収めると、不安を隠すようにしてコーラルを振り返る。


「城内で何かが起こっている。戻ろう」

「はい!」


 コーラルも大剣を鞘に戻す。その様子から、この異変をコーラルも察知していなかったのだと知れた。

 何かが起こっている。

 その何かを起こしたのは誰か。


 そう考えてぞくりと体が震えた。

 宰相スペッサルティン。この国に潜む闇そのもの。

 これは彼の引き起こしたことではないだろうか。


 真っ先に浮かんだのは、他の誰でもないリィアの姿だ。パールを見舞っているという彼女は、城門の中にいる。どうか無事で、と逸る心を落ち着けながら踏み出そうとした。コーラルも同じように強張った表情でいる。

 けれど、そんな二人を押し留めたのはアルバであった。


「お待ち下さい!」


 そう言った彼をコーラルが鋭く睨んだ。苛立たしげなコーラルを見遣り、それからアルバはルナスに強張った顔を向ける。


「お二方はお戻りになるべきではありません」


 ルナスも彼の言葉に絶句した。それでも、アルバは厳しい口調で続ける。


「中で何かが起こっています。ならば、王位継承権をお持ちのお二方がここにおられるのはせめてもの僥倖。危険の中へ身を投じることなどなさってはなりません。このままここをお離れ下さい」


 その言い分は正しかった。護衛として、アルバは真っ当な言葉を吐いた。

 けれど、二人にとっては受け入れがたいことであった。噛み付くようにしてコーラルが言う。


「危険? 臆病風に吹かれている場合ではない! 王族として、一刻も早くこの騒動を治めねばならぬのだ!!」


 普段は反りの合わぬ二人が、この時ばかりは同じ想いを抱えていた。


「君の意見がわからぬではない。けれど、私はこのまま安全な場所へ逃げるわけには行かぬのだ。アルバ、わかってくれ」


 切実に告げるルナスに、デュークも困惑する。けれど、アルバは頑としてかぶりを振った。


「いけません。優先すべきことを間違えてはなりません。お二方はこのまま身をお隠し下さい。これが暴動だとするなら、城内にお二方の姿がないとわかれば追っ手が差し向けられるのも時間の問題です」


 それでも、ルナスには諦めることなどできなかった。駆け出そうとしたルナスを、アルバは力づくで押し留める。アルバの腕に遮られながらも小さな、喧騒に紛れてしまうような声でルナスはこぼした。


「リィアが中にいる。どうしてそれを捨てて逃げられる……?」


 アルバもまた苦しげに顔を歪めた。そんな時、通路を抜けて顔を出したのはレイルだった。その物音に、全員が弾かれたように顔を向ける。

 いつになくゆとりのないレイルにルナスは呼びかける。


「レイル!」


 ルナスたちの姿を認めると、レイルはようやくホッと息をついた。


「やっぱりこっちだったか。万が一を考えてこの通路は潰して来た。向こう側にはもう行けない。とりあえず、逃げろ」


 アルバの手を振り払うと、ルナスはレイルに駆け寄った。


「一体何があったんだ!?」


 すると、レイルは恐るべきことを口にした。


「スペッサルティンが挙兵した。城内の約半数はヤツに組したんじゃないか?」


 こうも堂々と、反旗を翻したという。それほどまでにスペッサルティンはこの国を手にする自信があったのだろうか。


「父上は?」

「さあ。多少は骨のあるやつが守ってくれてるだろ」


 あっさりとそう言うと、レイルは顔をしかめた。


「もしかして、リィアは中か?」


 リィアがこの場にいないことに気付いたレイルに、ルナスは大きくうなずく。


「パールのところにいる」


 その言葉に深々とため息をつくと、レイルは苦々しく言った。


「間の悪いやつだな。……とりあえず、僕は城に残る。リィアのことも連れて行くから、あんたは安全なところにいろ。スペッサルティンの王の次の狙いはあんただ」


 スペッサルティンの思惑は、コーラルやベリルを意のままに操り実権を握ることではなかった。ペルシの王族を排斥し、王位を簒奪することであったのだろうか。挙兵したことが、その意志の表れである。


「けれど!」


 と引かないルナスに、レイルは厳しく言った。


「言っとくけど、あんたに何かあったら、リィアだけじゃなくてそこに控えるそいつらも生きちゃいられない。それでもあんたはリィアだけを優先できるのか?」

「それは……」

「僕を信じられないならこれ以上何も言わないけどな」


 その言葉に、ルナスはそれ以上何も言えなかった。ゆるくかぶりを振る。


「……では、リィアを頼む。諸侯の援護を受けたらすぐに助けに向かうから」


 レイルはにやりと笑った。


「ああ。がんばれよ」


 そんなレイルに、コーラルもためらいがちに声をかけるのだった。


「すまないが、ティルレット姫のことも頼めるだろうか? ネストリュート王の妹だ。危害を加えられる可能性は低いとは思うが……」


 レイルは小首を傾げたけれど、それから何かを察したように軽く笑った。


「わかった。じゃ、首尾よく逃げろよ。またな」


 小柄なレイルは、少しの出っ張りを利用して器用に身軽に城門を登って行く。その身のこなしにコーラルが唖然としたほどだった。

 その姿が消えた後、ルナスたちは決断し、動いた。


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