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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
晩照の章
138/167

〈1〉激動の幕開けに

 【晩照の章】は全26話+エピローグが1話で完結します。

 お付き合い頂けると幸いです。

 世界の片隅にひっそりと存在する島国の集まり、ブルーテ諸島。六カ国から成るその諸島の中、北に位置する最大の国土を持つ王国ペルシ。軍事国家と謳われつつも、諸島内で取り決められた条約を破り、隣国アリュルージへ侵略した結果、賠償金を支払うという結末を自ら招いた。鎖国を続けている小国家に勝てぬはずがないと始めたはずの戦いは、自らの地位を危うくした。

 戦死者を出し、賠償金を支払い、国力が著しく低下したこの時期に、他の国々は生まれ変わる。


 レイヤーナ王国は稀代の王として傑物ネストリュート王が君臨し、シェーブル王国はレジスタンスの活躍により民主国家シェーブル共和国として変化を遂げ、アリュルージ王国はついに鎖国を解いた。

 後に黎明期と呼ばれるこの時代に、ペルシ王国もまた大きなうねりを見せるのであった。

 その幕開けがもうじき訪れようとしていることを、どれだけの国民が感じていたであろうか。



     ※ ※ ※



 その日、ペルシ王国の王太子ルナクレスは居住棟の芝の上に立ち、空を見上げていた。流れ行く雲を、この国の行く末を案じるようにして眺めていたのだ。

 そばには護衛隊長であるデュークと副官アルバ、その部下のジャスパーがいた。ルナクレスことルナスの黒髪が風になびく様を沈黙して見守っている。


 そんな時、ルナスの居住棟へ来客があった。

 擦るような足取りで訪れたのは、ルナスの弟――第二王子コーランデルである。淡い色をした短髪と薄青く鋭い眼。背には両手持ちの大剣を担ぎ、重々しい空気をまとって歩み寄る。


「コーラル……」


 ルナスは弟の名を呼んだ。けれど弟は、そんな兄に親しみを見せることもなかった。


「兄上」


 優美な兄と勇猛な弟。対照的な二人は異母兄弟であり、産まれにも数日の違いしかない。

 コーラルは挑むような視線をルナスに向けた。思わず動きかけたデュークを、隣のアルバが押し留める。それほどまでにコーラルの様子は緊迫していた。


「私に何か用なのかい?」


 それでもルナスは穏やかに問う。コーラルは自らを落ち着けるようにしてうなずいた。


「頼みがあって参りました」


 その言葉に、当のルナスも護衛の二人も驚きを隠せなかった。コーラルはこの兄を頼りないと敬遠して来た。そんな兄になんの頼みがあるというのか。あっさりと彼がそれを口にしたのだ。彼らの驚きは当然のことであった。


「……私に? 私にできることならば」


 警戒の色を滲ませながらも、ルナスはそう返した。すると、コーラルは一度まぶたを閉じ、それから力強い視線をルナスに向ける。


「私と手合わせして頂きたい」


 手合わせ。

 剣を交えてほしいと言う。

 コーラルは護衛など必要ないと言われるほどの腕前を持つ。王子でありながらも日々鍛錬を重ね、国内で有数の剣の腕前を誇る。並の武人では勝てぬ存在である。

 ルナス自身も剣の腕は磨いて来た。けれど、コーラルに勝てるほどの実力を備えているかと問われるならば否と答えるであろう。

 けれど、ルナスの答えは決まっていた。


「いいだろう」


 そのひと言に、デュークたちが目をむいた。


「ルナス様!?」


 王太子として、王位継承権を争うような立ち位置のコーラルに負けることなど許されない。剣を合わせぬことが最良である。だと言うのに、ルナスはそれを受けると言う。彼らが愕然としたのも無理からぬことであった。当のコーラルでさえ了承されると思っていなかったのか、驚きを隠せずにいる。

 そんな弟に、ルナスはまっすぐに言った。


「コーラルなりに思うところがあり、私と手合わせすることで答えを出そうとしている。そう感じたからこそ、私も受け止めるしかないのだ」


 ルナスの言葉の通りであったのか、コーラルは言葉に詰まった。そんな弟に、ルナスは柔らかく続ける。


「……ただ、この場所ではいけない。場所は私が指定させてもらうよ」

「場所など、私はどこであろうと構いません。お好きになさって下さい」


 顔を背けながら言ったコーラルに、ルナスはうなずく。


「では、そうさせてもらおう」


 そして、デュークたちの方へと顔を向ける。


「そういうわけだから、少し出て来る」


 デュークは驚いて叫んだ。


「出て来るって、外ですか?」

「そうなるね」

「それならば、お供させて頂きます!」


 一瞬ためらったルナスに、アルバもそっと言った。


「手出しなど致しません。ですから、見届けさせて下さい」


 コーラルにとってもアルバは珍しく思い入れのある人間である。それなりの信用もあり、突っぱねるようなことは言わなかった。


「兄上、仲介人として連れて行って下さい」

「……わかった。では行こう」


 ルナスは近頃常に剣を帯びていた。デュークやアルバにしても同じである。だから特別の用意はなかった。練習用の木剣でコーラルは満足しないだろう。

 動き出したルナスの背後で、ジャスパーが心配そうにつぶやく。


「リィアとレイルには黙って行ってもいいのか?」


 その名に疼く心にふたをしてルナスは歩む。アルバが代わりに答えた。


「レイルは知らないが、リィアはパール様のところへ行くと言っていた。待っていてもいつになるかわからないだろう」


 ルナスとコーラルの妹であるパール姫。心を病んでいる幼い姫の見舞いに行ったのだ。呼び戻してまで連れて行くことはない。

 彼らは秘密の通路に足を向ける。

 

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