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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
131/167

〈14〉選択肢はふたつ

 レイヤーナから帰還するルナスたちは、予期せずしてキャルマール王国の船『バレーヌ号』に乗船することとなった。義弟になるとなれば話は別なのか、ジュセルは海路の間、キャティリーンと共にルナスを囲んで楽しげであった。リィアはまた侍女たちの質問責めに遭い、いい迷惑であったけれど、今回はアルバがそれとなく助けてくれたので事なきを得た。


 そんな海路は本当にあっという間であった。

 キャルマールの船の乗り心地と速度は別格である。積極的に軍艦製造に乗り出すことはないようだけれど、いざ着手したら恐ろしいものが出来上がりそうだ。ただ、キャルマール海域には海賊も多いらしく、そうした船の取り締まりが厄介なのだとジュセル王太子はぼやいていた。


 ペルシの海域に入り、港は騒然としていた。伝令がルナスの帰還を伝えると、大仰な出迎えとジュセルに対する礼を尽くす。二人の王太子は再会を願って別れた。

 本国へ帰還することが叶ったけれど、大変なのはきっとこれからだ。



 ルナスはまず父王のもとへ報告に向かうのだった。ネストリュート王の妹姫をもらい受けることとなった旨を伝えると、さすがに愕然として耳を疑った様子だった。スペッサルティンの顔もそこはかとなく硬く感じられる。


「あいわかった。姫を受け入れる支度を進めよう」


 ルナスの母であった王妃を虚しく死なせた過去があるためか、父王はルナスに夫婦間について言及することはなかった。スペッサルティンは口もとだけで微笑むと、何か素直には受け入れられないような声で祝いの言葉を述べるのだった。


「おめでとうございます、王太子殿下。これで我がペルシ王国も安泰でございますな」

「ありがとう、スペッサルティン」


 ルナスは穏やかな笑顔でそう返した。心の中で渦巻く感情をさらすでもなく。

 王の前から退き、ルナスはデュークと共に居室に戻る。アルバやリィアはすでに自室へ戻した。皆、疲れているはずだから、と。


「デュークももう休んでくれて構わないよ」

「いえ、俺はおそばに控えておきますよ。何かあってはいけませんし」


 そう言ってくれるのはありがたいけれど、ただでさえデュークには傷も癒えないうちから無理をさせている。ルナスは少し強めの口調で言うのだった。


「休むようにと命じれば従うかい? 君が無理をすれば、その分私の心労は増える。そう考えてくれないだろうか?」

「それは……」


 そう言われてしまえば、デュークも返答に窮する。ルナスはその腕に触れ、今度はそっと声をかけた。


「ティルレット姫のことがある。スペッサルティンも今は何も仕掛けてなど来ないだろう。むしろ、今後の方が心配だ。今だけがゆっくりと休める時なのではないかと思うよ」

「……はい」


 デュークはようやく納得してルナスの居室を去るのだった。ルナスは一人、部屋で座り込む。ワインでも開けようかと、珍しくそんな風に思った。



     ※ ※ ※



 リィアは兵舎の自室の扉を閉めた途端、自分でも驚くくらい気が抜けてしまった。

 誰も見ていないと思うせいか、それが限界であったのか、硬いベッドに軍服のまま倒れ込んで、嗚咽を噛み殺して涙を流した。閉じたまぶたの裏には、いつも自分に向けられた優しい微笑がある。

 けれど、これからはそれ以上の親しみと愛情を持ってそれを受ける女性がいる。そう考えるといたたまれなかった。


 こんな風に泣くほどに自分がルナスに惹かれていたなんて、こんなことがなければきっと自覚しなかった。色恋なんて自分にはかかわりのないものだと思い込んでいた。芽生えていた気持ちが忠誠心によるものだと勘違いしていた。


 どんなにそばにいたとしても、身分がまるで違う雲の上の存在であったのに。どうしてこんな気持ちを抱いてしまったのだろう。

 馬鹿な自分が嫌で、心臓が締め付けられるように痛む。それでも、今更気付かなかったことにはできない。だとするなら、これから自分はどうするべきなのだろう。


 選択肢はふたつ。

 それでも家臣としてそばにいること。

 すべて諦めて軍を去ること。

 そのどちらかしかない。

 どちらの道を選んでも、リィアにとってはつらいことだ。それでも、選び取らなければならない。


 リィアはその選択をする前に、まずしなければならないことがあると気付いた。そっと体を起こすと、涙を押し留めるように目もとを押え、もう泣くなと自分に言い聞かせて天井を仰いだ。

 そうして、立ち上がる。力を振り絞って、勇気を奮い立たせて、リィアは部屋を出た。

 

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