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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
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〈11〉ティルレット

 晩餐会は結局、レイヤーナ諸侯や婦人たちは王に目をかけられたルナスに近付くことができずにいた。王の目があると思うと、何かを吹き込んだとなれば自分が疑われる。今は接触の時ではないと判断された様子だった。

 ルナスにとってそこは面倒を回避できて喜ばしい限りであったけれど、後のことを思うと少々気は重かった。

 周囲の目が自分に集まりすぎて自由に動くことができず、ジュセルに近付くこともできなかったのだ。こうなると、収穫があったのかどうかもよくわからない。



 翌朝になって、リィアはキャティリーンの侍女たちのもとから戻った。

 何故かリィアは妙に疲れていた。


「ただ今戻りました……」


 いつもの元気はどこへやら、ぐったりとした様子のリィアにルナスが黒髪を揺らして首をかしげる。


「リィア?」


 リィアは恐る恐る顔を上げた。ルナスのそばにいたデュークが嗤う。


「その様子だとキャティリーン様に近付くことすらできなかったんだろ?」


 ルナスたちはキャルマールの船に同乗させてもらえるように繋ぎを付けるつもりでいた。キャティリーン王太子妃の侍女たちとリィアが同室ならば足がかりになると思った。けれど、そんなリィアの考えは甘かった。


「い、いえ、晩餐会から戻ったキャティリーン様とお会いすることはできたのです。ただ――」


 女性たちの会話の凄まじいこと。

 女軍人として王太子の護衛などしているものだから、いい会話のネタになってしまったのだ。

 あの麗しい王太子といい仲になったりはしないのかとか、軍人の中の誰かと恋が芽生えたりなんてことは、とすぐ恋愛方面に話を持って行って、リィアそっちのけで盛り上がる。まったく口が挟めなかった。

 留まるところを知らない勢いに恐れをなして、リィアは眠った振りを決め込んだ体たらくである。


 仮に妹のフィーナなら上手く捌いただろう。けれど、こうした話はリィアの最も苦手とするところ。

 ――恋とか、今はそういうことを言っている場合ではない。

 リィアはそう思うのだった。

 そんなリィアに、ルナスはクスリと優しく微笑む。ただ、その表情を見ていると、ルナスが騒がれるのも無理はないと思うのだが。


「無理はしなくていい。それで、今日はネストリュート王ともう一度お会いすることになっている。そろそろ行こうか」


 リィアが知らないうちにそういう話になっていたようだ。


「は、はい」



 ルナスと一行が再び謁見の間を訪れると、今日は誰も順番を待ってはいなかった。もしかすると、ルナスのためにわざわざ時間を開けておいてくれたのだろうか。

 それだけ重要な話があるということ。リィアは強張った表情のルナスをそっと見上げた。


「ルナス様……」


 すると、ルナスはリィアに目を向け、ふわりと微笑する。優しく慈しむような瞳。慣れたつもりでいても、心構えがないと時々ドキリとする。


「リィアにそんな不安そうな顔をさせるほど、私は緊張していたかい?」

「そうですね」


 リィアもクスリと笑う。


「大丈夫、私にはまだやるべきことがあるからね」


 強く、信念を貫くその姿を尊敬する。


「はい」


 あたたかな想いを胸に、リィアは謁見の間を進むルナスの背に続いた。



 そこに待ち受けていたのは、王座のネストリュート王。

 けれど、その王座の脇に数人の人物がいた。穏やかな顔立ちの青年貴族に、気弱そうな中年の貴族、そしてキャルマールのジュセルとキャティリーン、その陰にもうひとり。

 ルナスがひざまずくと、ネストリュート王はすぐに立ち上がるように促した。


「今日は大事な話があると言った。それはそのように畏まられてはしづらい話なのだ」


 護衛の面々はかしずいたままであるが、ルナスだけは立ち上がった。リィアはその身を案じながらそのばにいた。すると、ネストリュート王はとある名を呼んだ。


「ティルレット」

「……はい」


 か細い、それは弱い声だった。うら若い少女の声。リィアはその少女がキャティリーンたちに気遣われながら前に出る様を見届けていた。

 繊細なガラス細工のような透明感を持つ少女だった。淡い色の柔らかそうな髪を腰の辺りまで伸ばし、そのほっそりとした体は風にも負けてしまいそうに儚い。けれど、透き通るような肌と髪と同色の瞳を縁取る睫毛の輝きが、同性の目から見ても美しかった。

 ネストリュート王は彼女を一瞥すると、それからルナスに視線を戻した。そして、口の端を持ち上げて言うのだった。


「これは私の末の妹だ」


 何か、体が重く感じられた。彼女の姿を見た瞬間から、心がざわめく。

 ルナスは無言でその先を待っていた。


「君はまだ未婚だそうだな。よければこの妹を妃に迎えてはもらえないだろうか――?」


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