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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
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〈9〉主君の有無

 レイルは普段と変わらずオドオドとした演技を続けつつ廊下を進む。ただし、極力人目を避けて歩いた。すれ違う人は少ない方がいい。

 この城でレイルが何かをしなければいけないということはない。ただ、情報は仕入れておいて損はないだろうという、それだけのことであった。


 日が傾き、夕暮れの庭園に下りる。咲き乱れた花は珍しいものも多くて美しかったけれど、レイルには何の興味もなかった。時間のせいか、庭師もすでに見当たらない。花の数は騒々しいまでにあるけれど、人気(ひとけ)は閑散としたものだった。


「さて、どうするかな」


 小さく呟きつつ、庭園を横切る。

 その時、庭園の一角に青年の姿があった。穏やかな顔立ちをした青年は、物陰の誰かと話し込んでいる。

 視力聴力共に優れたレイルは、その人物に気付かれないよう、垣根の陰に身を潜めつつその会話を盗み聞くのだった。


「――そうでしたか」

「ああ、なかなかに好人物のように思われたよ」


 その声に、レイルはぞくりと身を震わせた。澄んだそれは、玉座から届いた声に他ならない。

 王を相手に、穏やかな青年はまるで気負ったところもなく朗らかな声で答える。


「とても美しい王子だと早くも噂になっていますね。でも、兄上がそう思われたのならばそれだけでもないのでしょう。ならば問題もありませんね」


 兄。

 あの凡庸にさえ見える青年は王弟だという。兄を退けたネストリュート王も弟とは仲睦まじい様子だった。足もとをすくわれる心配など微塵もない信頼振りだ。


「もう少し話をしてみて、それで決断しようかと思う。けれど、私の中ではほぼ決定したと言ってもいいだろう」

「そうなのですか?」

「ああ。――時にハルト、お前はいつまで待たせるつもりなのだ?」

「え? なんのことです?」


 ハルトと呼ばれた王弟は、兄王の言うことが理解できていない様子だった。小首をかしげている。そんな弟に、ネストリュート王はどこかあたたかみのある声で笑った。


「まさか私が結婚するまでお前もしないと言い張るのか? それでは私が恨まれるではないか」

「っ! え、いや、それは……」

「あの娘の能力も成長と共に薄れた。もう十分だ。後は普通の娘として生きればよい」

「兄上……」


 そんなやり取りは、レイルにとってはあまり重要ではない。もっと国家の内情に迫る話であってほしい。もどかしく思いながら身を潜めていたレイルは、ハッと目を見開いた。背に、射るような視線を感じたのだ。瞬間的に身をよじると、レイルがいた場所――垣根に細身のナイフが二本突き刺さる。

 その投擲はレイルが察知した瞬間であった。あまりにも素早い。

 遠く離れた王と王弟にその異変は気付かれずに済んだ。それだけが幸いである。


 けれど、レイルはそのナイフの持ち主と対峙しなければならないのだった。

 カサリと小さな音を立てて姿を現したのは、小柄な青年だった。黒くまっすぐな髪に黒い瞳、黒い外套。白いのは肌の色くらいのものだ。その姿はまるでからすのようで――。

 レイルは警戒心を覚えつつもとりあえずは演技をしてみることにした。顔をくしゃりと歪めて声を震わせる。


「な、な、何を……っ。僕はただ、道に迷ってっ」


 けれど、そんなものはやはり通用しないのだった。黒衣の青年はクスリと笑う。年齢の判断しづらい顔であった。


()()を避けておいて何を言っているんだい? 君は明らかに僕らと同種の人間だ」


 同種と言うのなら、陰で暗躍して来たということだ。

 彼の言葉が偽りでないことが、レイルには気配で感じられた。間違いなく、特殊な訓練を受けた人間のそれである。

 レイルはチッと舌打ちした。


「別にちょっと散歩してただけで、そんな重要な話も何も聞いちゃいない。いきなりあんなもん投げ付けるとは、あんたどういうシツケされてんだよ」


 嫌悪感をあらわにすると、彼は驚いた風に長めの前髪の下の目を瞬かせた。


「あの品行方正な王太子殿下の臣にしては口が悪いね。まあ、僕の対応が悪かったのは事実だから、そこは謝るけれど」


 きっと避けると確信して試したくせに、そんなことを言う。レイルは彼のそうした口振りが気に食わなかった。吐き捨てるようにして言う。


「あんたはあのレイヤーナ王のいぬかも知れないけど、一緒にするなよ。僕は飼われているつもりはない」


 その言葉を、彼は侮蔑とは取らなかったようだ。穏やかな目をして、何故か微笑む。


「主君を持たないというのか。心から仕える主を持つことの喜びを君は知らないのだね」


 レイルは唖然としてしまった。何故、今、自分は憐れまれたのか。

 心から仕える。心酔した相手に尽くす。デュークやアルバはそれで幸せなのだろう。

 けれど、自分は違う。忠誠心なんてものを信仰のように盲目的に持ち続けるなんて、愚かだ。


「……王は国じゃない。国の一部に過ぎない存在だ。そんな代替の利く部品のひとつに命を捧げるなんて、僕の性に合わない」


 すると、彼はそれでも幸福そうに見えた。


「君がそう思うのならばそれもいいだろう。けれど、いつか君が忠誠に値する主を見付け、僕の言ったことの意味を知ることになれば、君はもっと強くなるだろう」

「強く?」


 顔をしかめると、彼はこくりとうなずいた。


「まあ、君のような人物に支えられる王なんて、我が君にとっては厄介だからね。別に無理はしなくてもいいけれど」


 ゆとりさえ感じられるその表情が、やはりレイルには面白くなかった。

 そうこうしているうちに、遠くの方で弟と話を終えたネストリュート王がその名を呼ぶ。


「レン」


 それが彼の名のようだ。


「――我が君のお呼びだ。じゃあね」


 害意がないと判断されたのか、レンはあっさりとレイルを放ってすり抜けた。レイルの胸に薄靄を残して――。

  

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