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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
123/167

〈6〉王の客

「シェーブル共和国の……」


 ルナスは思わず呟いていた。

 五年前の改革により、王国から民主国家へと変貌したシェーブル。

 その代表がこの眼前の青年なのである。正確には代表者は二人であり、そのうちの一人ということなのだが。


 その代表者の一人は王家の血を引く公爵であるけれど、もう一人は年若いレジスタンス活動家であったと聞く。その事実を耳にしたことはあるけれど、こうして目の当たりにしてみると、内戦を収束させたレジスタンス組織のリーダーとしては意外な人物だった。そうした荒々しさが感じられない。むしろ学者のように怜悧である。


「私のように頼りない若造だとは意外に思われたでしょう」


 と、シェーブル共和国代表のザルツは苦笑する。こうしたことには慣れているのだろう。ルナスもまた微笑んで返す。


「こちらこそ、軍事国家と呼ばれるペルシの王太子が私のように頼りない容貌の若造で驚かれたことでしょう」


 すると、ザルツは面食らった様子で咳払いをした。


「と、とんでもありません。むしろ、殿下のように穏和なご様子のお方で安堵致しました」


 ルナスはクスリと微笑む。


「あなたこそレジスタンスを率いて戦い抜かれたとは思えぬほどに穏やかで、けれどそれは内戦が落ち着いて今のシェーブルという国が安定しているということなのでしょう」


 その言葉に、ザルツはどこか懐かしむような笑みを見せた。その笑顔にようやく親しみやすさが滲む。


「私がレジスタンスを率いていたわけではありません。私はあくまで参謀でした。組織を纏め上げる旗印は別にいたのですよ」

「そうなのですか?」


 それは王家の血を受け継ぐ公爵のことだろうか。それとも、表舞台から退いた誰かがいたのだろうか。

 ザルツは少しだけ遠い目をした。


「あの絶望に瀕した状況で人々に希望を与えるような力は、私には到底ありませんから」


 自らを卑下しているわけではなく、心から思うことを述べたまでだという風だった。

 絶望を希望に変えることの難しさを、ルナスも嫌というほどに感じている。だからこそ、そのレジスタンス組織を率いて国を変えた人物の苦労は並大抵のことではなかったのだろうと思われた。

 そうして、その想いを引き継いだザルツもまた、傍目には見えぬ苦労が押し寄せている。

 ルナスはそっと微笑んだ。


「それでも、立派に国を支えて立たれている。私はただ純粋に賞賛するのみです」


 そうして、ザルツは恐縮したように目を伏せた。それから、再び開いた眼鏡の奥の瞳が和らぐ。


「実は、アリュルージのグラン王太子殿下にお目にかかった際、あなた様のことを少しだけお聞きしていたのですよ」


 互いを友人として、いつか王になった暁には同盟を結ぶことを約束して別れたグラン。そう時も経っていない今、その名を耳にしてルナスの心もほぐれた。


「そうでしたか」

「はい。グラン王太子殿下のお話と違わぬお人柄を窺うことができて、こちらにやって来て二兎を得た気分です」

「レイヤーナ王国は我がペルシと貴国との間にある国です。あなたがたにとってもネストリュート王との関係は重要なものであるのでしょう」


 シェーブルの内戦の終結は、当時はまだ王子であったネストリュート王の滞在中の出来事であったという。シェーブルとネストリュート王には見えない繋がりがあるのかも知れない。

 ルナスはザルツの様子からふとそんな風に感じた。

 ネストリュート王との会見が迫る中、シェーブル共和国の議長であるザルツに会うことができたのはルナスにとっても大きな収穫であった。


 直接の味方とも敵とも呼べない相手だが、個人的な意見を述べるのならば好ましい人物であると思う。

 二人の会話は短いものであった。

 そうこうしているうちにザルツが呼ばれたのだ。彼はルナスに礼儀正しく言葉を尽くして謁見の間に妻女を伴って向かった。



「……民主国家、シェーブル共和国ですか。難儀なものですね」


 アルバがザルツの背を見送りながらそんなことをつぶやく。

 それも仕方のないことだ。諸島で類を見ない民主国家。その先駆けとなるのだ。

 突然の変化に国民の不安は最高潮に達したであろう。その不安をどのようにまとめ上げたのかが鍵である。それはほぼ奇跡のようなものではないだろうか。


 ルナスは自らの国を民主国家へと導くだけの度量が自らにあるとは思えない。軍事国家という在り様を変える、それだけで精一杯であるのだ。

 そう考えておかしくなった。

 叶うはずがないと言われた自らの理想が、何か容易いことのようにさえ感じられる。


 不可能を可能に。

 困難を覆す奇跡は、いつの時も人が作り出すのだ。


「そうだけれど、それでも人の手がそれを作った。私も負けてはいられないね」


 晴れやかな気持ちでルナスはそう返した。


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