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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
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〈4〉レイヤーナへ

 結局、レイヤーナまでルナスの共をするのは、デューク、アルバ、リィア、そしてレイルの四人となった。ジャスパーは未だ囚人である。レイヤーナ国王のそばへ伴うわけにも行かなかった。ルナスがレイヤーナに赴くと聞き付け、心底興味深げだったのは商人のスピネルである。


 レイヤーナは美意識の高い国であり、民芸品ひとつとっても優美である。仕入れたいものでもあったのか、顧客を増やしたかったのかはわからない。

 ただ、ルナスは自身の留守中に何かが起こらないとも限らないので、鼻の利くスピネルにはペルシに残っていてほしかった。

 残念そうだったスピネルも、そこは理解してくれたようだ。


 そうして、ルナスに相応しい衣装の数々を用意してくれた。ただ、今回の主役はあくまでネストリュート王であるため、どちらかと言えば慎ましやかなものが多い。スピネルもそこは弁えている。そのことに、ルナスはホッとするのだった。

 そして、デューク、アルバ、リィアは軍服である。レイルは文官の装い。彼らは役職に応じた服装だ。



 まずは馬車でクリオロ領の港へ向い、そこからの船出となる。他国に攻め入られ、接岸を許してしまった場合に備え、ペルシには王城に続くまでにいくつもの砦が建設されている。西のフォラステロ領に比べると、砦の数は圧倒的に多い。それはクリオロ領がレイヤーナ王国に近いせいであろう。馬車はそれらを抜けて先を行く。


 そうして辿り着いた町は厳重な警備体制のティーヴァという港町である。その物々しさは王都とは比べようもない。この地の空気は軍事に染まり切ったものであり、ルナスには物悲しかった。

 その港に用意された船は、軍事国家らしい無骨な船だ。軍艦でないだけマシと思うべきだろうか。黒い船体が不穏なまでに波に揺れる。


「さあ、お急ぎ下さい」


 海軍大将、クリオロ公直々の見送りである。鷹揚に構えながらもどこか気忙しい目をしたクリオロ公がルナスを促す。


「旅の安全は保障致します。海路はロヴァンス卿に任せて、どうかお役目に集中なさって下さい。お帰りを心よりお待ち致しております」


 船を任されているのはアルバの父であるロヴァンス卿である。そこのことに一同は少しだけ安堵したのだった。

 ただ、スペッサルティンが何かを仕掛けて来るとするのなら、それは帰路ではないかと思われる。行きでルナスの身に何かが起これば、ペルシの名代がいなくなる。それはスペッサルティンにとっても不都合なことではないかと思われるのだ。


「ああ、ありがとう。行って来るよ」


 控えめながらに品よく着飾ったルナスは微笑してクリオロ公に背を向けた。その後、デュークたちもクリオロ公に敬意を払いつつルナスの背に続く。

 船にかけられた渡し板の上でレイルはぼそりと呟く。


「再び祖国の土を踏めるといいなぁ?」


 すぐ前を歩いていたリィアがぞくりと肩を震わせた。


「……ふ、不吉なこと言わないでよ」


 レイルはニヤリと笑う。


「それくらい、危ないことなんだ。せめて気ィ引き締めろよ」

「わ、わかってる」


 ヒュゥ、とレイルは潮風の中で口笛を鳴らした。それはまた、不安を煽るだけのものだった。



 甲板の上から波止場を見下ろせば、そこはどこか違う土地のように遠く感じられた。胸騒ぎを感じつつ、リィアはルナスの傍らで出航する船の揺れに堪えるのだった。


「王太子殿下」


 低く心地よい声に振り向けば、そこにはロヴァンス卿が佇んでいた。どちらかと言えば、アルバよりもエルナの方が似ているのではないかと思う。穏やかな空気の中に一本ピンと張った芯がある。

 目もとに皺を寄せて、ロヴァンス卿はそっと微笑んだ。


「ふつつかながらも、殿下の海路をお守りさせて頂く栄誉に預かり光栄です」

「よろしく頼む」


 ルナスがうなずいて返すと、ロヴァンス卿は一礼してサッと身を翻した。息子には特に言葉もない。この場所では息子である前に一兵士に過ぎないということなのだろう。そうした厳しさを感じる。

 アルバはふぅ、と小さく息をつくと言った。


「この船の中にもスペッサルティンの息のかかった人間がいるのでしょうね」

「きっと、いるのだろう」


 そこでデュークが複雑そうな顔をした。


「そこも気にしなければなりませんが、これからルナス様はあのネストリュート王とご対面なさるわけですから、そちらも気を引き締めなければなりません」


 覇王という呼び名が似合うような、そんな人物であるのだろう。

 ペルシにとって、彼は敵と呼ぶべきなのかも知れない。気を抜けば飲まれてしまう。

 きっと、ルナスも彼の前では取るに足らない小さな存在でしかないだろう。それでも、自分を強く持ち、ペルシという国を侮られぬように振舞わねばならない。ただ、それは不遜であってはいけない。あくまで礼を尽くすことを念頭においてだ。


 ネストリュート王とのやり取りは繊細な気配りが必要とされる。ルナスは気を引き締めつつ、そう遠くはない隣国レイヤーナの港を目指すのであった。

 

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