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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
双糸の章
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〈3〉お願い

 リィアは何故かじっとルナスを見つめた。自分の考えが彼女には透けて見えたのかと、ルナスはどきりとしてその赤褐色の大きな瞳から目をそらしてしまった。


「あの、ルナス様……」


 ひどく言い難そうにつぶやく。皆、怪訝そうに彼女に目を向けた。

 とくりとくりと脈打つ心音を誰にも覚られないように構えたルナスに、リィアは思い切った様子で言うのだった。


「お願いがあります」


 不穏な何かを想像してしまった。デュークのことを引きずり、隊を退きたいとでも言うのだろうか。

 もし彼女がそう切り出したのなら、なんと答えるべきなのか。逡巡しているとリィアはその先を告げた。


「私と手合わせして頂けませんか?」


 皆がルナスと同じような心配をしていたはずだ。男性陣がガクリといっせいに脱力した瞬間だった。リィアにはその理由がわからない。


「わ、わかってます。不敬だってことくらい。でも、隊長は無理をさせられませんし、副隊長はなかなか稽古をつけてくれませんし、レイルは嫌がりますし。ルナス様はお強いので、できるなら……と」


 わかっていると言いながらも何もわかっていない彼女に、レイルが思わず言った。


「僕はまた暇乞いでもするのかと思ったよ」


 けれど、リィアは小首をかしげた。


「なんで?」

「なんでって……」


 リィアはキュッと拳を握り締めると、高らかに言い放つ。


「わたしはもっと強くなりたい。あのことがあってから尚更そう思ったの。だから、もっと稽古しなくちゃ」


 責任を感じたからこそ、今度こそはと強い自分になろうとする。そんなひた向きな姿に、ルナスはそっと微笑んだ。


「そうか。そういうことならいいだろう」

「本当ですか!」


 心底嬉しそうに笑う。凍り付いた笑顔が再び花咲いたことが、ルナスには何よりも嬉しかった。

 他数名は呆れ返っていたけれど。


「嫁のもらい手なくなるぞ」


 ぽそりと言ったジャスパーを、リィアはギロリと睨んで黙らせるのだった。



 喜んでほしくて安請け合いをした。そのことをルナスはすぐに後悔した。

 思えば、ルナスもデュークやアルバに指導を受けるばかりで、誰かの指導などしたことなどない。

 城内でルナスが剣術に励む姿をさらすわけにはいかず、彼らはそろって通路を抜けて城壁の外の目立たない平地を選んだ。夏の野の青々とした中に二人は立つ。風がさわさわと草木を揺らした。


「では、よろしくお願いします」


 リィアはにこりと微笑んで頭を下げた。

 さすがに怪我があってはいけない、とアルバが木剣を用意してくれた。ルナスにそんなことをさせるくらいなら自分が、とデュークもアルバも言ったのだが、リィアは聞こえない振りをしていたように思う。きっと、一度はルナスと手合わせしてみたかったに違いない。向上心があるのはいいのだが、そのうちに怪我をするのではないかと心配にもなる。


「……ああ」


 こうした時に手心を加えると、きっとリィアは不満に思うだろう。それはわかるのだけれど、本気など出せるはずもない。

 けれど、さすがにルナスも女性のリィアに負けるのは嫌だった。この程度だなんて情けないとは思われたくない。

 ここは上手く捌くしかないと思う。


 真剣な目をして木剣を構えるリィアに、ルナスもひとつ嘆息して構えた。短いかけ声と共にリィアが踏み込む。常に鍛錬は欠かさない努力家の彼女だ。筋は悪くない。

 リィアの繰り出す初手をルナスは受け止めた。それを押し戻すと、リィアはすぐに次の攻撃に移る。確かに、素早い。軽やかに横に跳んで後ろに回り、そちらから斬り込んで来る。ルナスは振り向きざまにそれを止めた。


 木剣の鈍い衝撃が手に伝わる。それからも、リィアはふわりと髪を揺らし、きらきらと瞳を輝かせて木剣を振るう。その姿は溌剌としていた。ダンスでも踊っているのならともかく、剣術の手合わせというのがまたリィアらしいのかも知れない。

 そんな彼女の攻撃を捌き続けると、さすがのリィアも疲れが見え始めて来た。木剣は普段彼女が使っている細身の剣よりも重たいのだろう。そろそろか、とルナスはリィアの手首を捕らえた。ルナスにつかまれた剣を持つ手が押しても引いても動かないことに、リィアは愕然として目を見張った。


「そこまでだな」


 アルバの声に、リィアはがっくりと項垂れる。細い肩が上下していた。その細い手首をルナスがそっと離すと、リィアは頭を下げたままの体勢で小さくつぶやいた。


「ありがとう、ございました……」


 ようやく納得してくれたのかとルナスはホッとしたけれど、それも束の間だった。リィアはそのまま顔を上げなかった。


「リィア?」


 ルナスがそっと呼びかけても、リィアは顔を上げない。何かを察したのか、レイルが不意に声を上げた。


「王子様、俺たちは少しあっちに行ってるから、ちゃんと責任取ってなんとかしろよ」

「えぇ?」


 なんの責任だと言うのだろうか。困惑するルナスにレイルはニヤリと笑うと、この場を離れたくなさそうなデュークの背を押す。アルバとジャスパーは苦笑してそれに続いた。

 あっちと言ってもそう離れては行かないはず。ルナスは嘆息すると木剣を置いてリィアの方へ歩み寄る。リィアは悔しかったのだろうか。


「……私も鍛錬を続けて来たから今がある。リィアも諦めなければもっと強くなれるから」


 そんな慰めしか言えない。すると、リィアは目もとを素早く拭き取るような動きを見せ、それからうつむいたままの姿勢で声を漏らした。


「ルナス様、わたし、お守りしなければならないルナス様よりも弱くて、こんなでお役に立てていますか?」


 皆の前では気丈に振舞って見せても、本当は常に不安で仕方がなかったのだろう。先のことがあってから、余計に足手まといではないのかという気持ちが拭えなかったようだ。


「もちろんだ。私はリィアにも支えられている。それは君が思う以上に……」


 こんな言葉を、リィアは慰めだと取るだろうか。けれど、事実はリィア自身が思う以上にリィアの存在はルナスの心に深く食い込んでいる。ただ、抱き寄せてささやけば、リィアを逆に傷付けてしまう気がした。彼女が望むのは、そうしたことではないのだ。

 自制心を保ちつつ、垂れたリィアの頭にルナスはそっと告げる。


「――リィア、唐突だが、私は近々レイヤーナへ赴かねばならなくなった」

「え!?」


 突然のことにリィアは驚いて顔を上げた。その困惑顔に、ルナスは苦笑する。


「危険が伴うのは間違いないけれど、共に来てはもらえないだろうか?」


 スペッサルティンが何かを仕掛けて来るのなら、ルナスと共にあれば危険ではある。けれど、残して行くこともまた不安なのだ。スペッサルティンにリィアが利用されるようなことになったなら、それこそ恐ろしくて。

 そんなルナスの心中など知らないリィアは、自分を頼ってくれたのだと顔を綻ばせて返事をする。


「はい、どこまでもお供致します!」


 ルナスはとくりと打つ鼓動を感じつつ、微笑を返した。


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