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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈25〉ただ一人でも

 リィアは一度アンターンス家に立ち寄って服を改め、荷物をまとめる。

 フィーナには何が起こったのかを正確には告げなかった。デュークに口止めされたからである。

 妹とこの件で気まずくならないといいと、彼なりに配慮してくれたのだろう。


 悪いのはフィーナではないとデュークが思ってくれることが、リィアにとってもありがたくて、その言葉に甘えてしまった。

 どうだった? とはしゃぎながら訊ねて来るフィーナに、リィアは短く、急ぐからとだけ答えてその場を去るのだった。また次に会えるのは当分先のことになるけれど。



 そうして、ルナスたちは王都へ戻る。デュークはしばらく安静にさせてやりたかったけれど、彼自身が大丈夫だと言い張って利かないので、彼を気遣いながらの道中だった。

 彼の眼帯の位置が変わったことに、人々は驚くだろう。根掘り葉掘り訊ねられるだろう。

 それでもデュークは深刻な顔などせず、まだ痛々しい傷を残しながらも笑っていた。

 彼なりに色々と吹っ切れたのかも知れない。


 ゼフィランサスの協力を仰ぐための旅であったはずが、予想もしなかった事態になり、彼らの心はひどく疲れていた。そうして、変化に対する戸惑いも。

 一度スピネルのところで着替えを済ませ、彼に事情を説明した。

 そうしていつものごとくこっそりと秘密の通路を通ってルナスの居室に戻ると、そこにはくつろいだ様子のレイルがいた。


「おかえり」


 脚を組み、猫のようににやりと笑う。


「レイル……」


 ルナスがのどに言葉を詰まらせると、レイルはあっさりと言った。


「どうかしたか?」


 何事もなかったかのように言う。

 そう、何もなかったことにすればいいと言うのだろう。

 気に病んでやる必要もない、と。

 ルナスは無理に微笑むと、デュークに向けて言った。


「デュークはもう休んでくれ」

「わたしがちゃんと送り届けます!」


 リィアがそう張り切って言った。

 デュークは一瞬ためらったけれど、そうしなければルナスやリィアが気に病むことがわかるだけに素直に従った。

 そうして二人が去ると、ルナスは次にアルバに声をかけた。


「アルバ、すまないがエルナをここへ呼んでもらえないだろうか?」

「……はい」


 アルバはすぐに察した。ツァルドの上官であるエルナには話しておかなければならないのだと。

 アルバはジャスパーを伴って出て行った。ジャスパーはそのまま監獄へ戻るのだろう。

 二人きりになった時、レイルはぽそりと言った。


「詳細は聞きたいか?」


 ルナスは棘をその身に受けたように、一瞬だけ苦しげな顔を見せたけれど、すぐに目を伏せた。


「君に託した瞬間に、答えは見えた。それを承知で託したのは私だ。君の判断は私の判断でもある」


 それを聞くと、レイルは軽く口笛を吹く。


「なるほどね。いい答えだ」


 それは皮肉な笑みだった。



 そうして、アルバがエルナを連れて来た。エルナにしてみれば何故呼ばれたのかもわからぬことだろう。いつものようにニコニコと朗らかだった。


「ご無沙汰しております、ルナス様」

「ああ、よく来てくれたね」


 その笑顔につられるようにして微笑むと、ルナスはエルナに椅子を勧めた。アルバはそのそばに立っている。


「君に話したいことというのは、君の部下のツァルド=ルーメルについてだ」


 その名を口にすると、エルナの顔から笑顔が消えた。固まった彼に向かって、ルナスは言う。


「彼はリィアを盾にデュークに暴行を加え、ひどい手傷を負わせた。よって、私が処罰した。もう、軍に戻ることはない」


 その瞬間に、エルナは顔色を失って、膝に置いた手がカタカタと震えた。


「君は彼の上官であるから、それを伝えぬわけにはいかなかった。けれど、彼の行動に対して君に責任を問うつもりはない。そこは誤解のないように」


 エルナがどんなに受け入れようと心を砕いても、ツァルドはそんなエルナを馬鹿にするばかりで耳を貸すことはなかった。だからこそ、あのような愚行に及んだ。それは相手が誰であっても同じで、エルナの責任ではない。

 けれど、そんな考えは浅はかであった。

 エルナはポタリと惜しげもなく涙を流していた。


「エルナ?」


 膝に置いていた拳で、目を強く押すようにしながらエルナは呻いた。


「僕のせいではない、と仰って下さるのですね? けれど、それは違います」


 そのかすれた声は、上辺だけのものではない。心から思うからこそ、感情が声に表れる。


「彼が道を踏み外してしまう前に、僕にできることがあったはずなのです。もっと話を聞いて、寄り添ってあげられたならよかった。本当に、申し訳ないことをしてしまいました……」


 ひく、としゃくり上げるその肩に、アルバの手が軽く乗る。

 あれほどまでに許しがたく、害にしかならぬと思えたツァルドでも、エルナはいつかわかってくれると手を差し伸べ続けるつもりだったのだ。これほどまでに親身な姿勢を見せるエルナと共にあったなら、ツァルドもいつかは改心したのだろうか。


 そう思うと、一時の激情が判断を鈍らせたのではないだろうか。その未来を奪ってしまったのではないだろうか。そうも感じられた。

 ルナスはどうしようもない、やり場のない思いを抱えながら、エルナに声をかける。


「私の方こそ、君にそんな思いをさせてすまなかった。起きてしまったことは取り消すことができないけれど、すべてのことを教訓として私たちは先を生きて行く。それしかないのだ」

「はい」


 優しいエルナは、ツァルドが従ってくれないことに思い悩んでいたのだろう。例えばそれをアルバや友人たちに相談しようとしても、相手が悩みを抱えていたり、忙しそうであったら逆に笑顔で励ますばかりで、自らはこうして悩みを抱え込んでしまう。笑っている人間が悩んでいないわけではないのだ。

 一生懸命に思い遣って接していたエルナには、彼の死がひどく悲しいものであった。


 一度下した決断を覆すことはできない。そして、誤りであったと完全に思えるわけでもない。

 それでも、彼のために泣いてくれるエルナの存在に、憎しみは溶かされたような気がした。

 きっと、この胸の痛みはこの先も忘れることがない。

 将来、王位に就いて誰かを断罪する瞬間が再び訪れた時、この日のことを深く思い出すのだろう。

 

          【 喪失の章 ―了― 】 


 以上で【喪失の章】終了です。

 次章の開始は3月16日予定です。お付き合い頂けると幸いです。

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