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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈17〉災厄

 何故こんなところに彼がいるのか、リィアにはまるで理由がわからなかった。デュークにしても同じだろう。驚いて立ち尽くしている。体に絡む腕が痛くて、それ以上に不快で、リィアは顔をしかめた。


 すると、その後ろからツァルドの取り巻きの青年が二人、室内に滑り込んだ。デュークは軽く身構えるが、彼らなどに負けるはずもない。帯剣はしていなくても、鞭は隠し持っている。それがなくて素手であったとしても余裕でのしてしまうだろうけれど。

 ツァルドは裏返りかけた声をリィアに向ける。


「あの王太子じゃなくて、こっちとデキてたのか」


 違うと言いたくとも、口を塞がれたままなので何も言えない。んー、と呻くけれど、手は離れなかった。

 デュークは深々と嘆息する。


「俺たちは急いでる。お前に付き合っている暇はない」


 吐き捨てるように言い放つと、デュークは服の下の鞭に手を伸ばす。それを察したツァルドは、唾を飛ばして怒鳴った。


「動くな!」


 その常軌を逸した様子に、リィアはぞくりと肌が粟立つのを感じた。デュークも動きを止めたのは、ツァルドが何をしでかすのかわからなかったせいだろう。


「動けば、殺す」


 え、とリィアが耳を疑った瞬間に、ツァルドの手が口もとを離れ、そして首に回った。その手は、ためらいなくリィアの首を片手で絞めた。


「っ……!」


 脅しや冗談などではなく、本当に気が遠くなるほどに締め付ける。のどを握り潰してしまいたいほどの憎しみがそこにあったように思う。

 あまりのことに目が霞んだ。息が、できない。


「わかった、手を離せ」


 デュークも血の滲むような声を吐くと、何かを投げ捨てた。ぐったりとしたリィアにはそれがなんだかすぐにはわからなかった。けれど、ようやくのどの締め付けから解放されて咳き込みながら呼吸を貪る中、涙に遮られた視界にぼんやりと映ったのは鞭だった。

 ツァルドは満足げに引きつった笑い声を上げた。


「そうか。そんなにこいつが大事か?」


 リィアは愕然としてツァルドを見上げた。


「何……言ってるの?」


 けれど、ツァルドはそんなリィアの顎をつかんで顔を近付けると、焦点の合っていない目をして凄む。


「お前にいいものを見せてやろう」

「え……?」


 そうして、ツァルドは顎をしゃくって取り巻きの二人に合図する。二人はツァルドの命令を読み取り、ひどくうろたえながらも、逆らうことができないのか、その意志に従うのであった。

 持ち上げられた椅子が、がツン、と嫌な音を立ててデュークの頭部から肩にかけて振り下ろされた。避けることもできただろうが、それをあえて受けたのは、リィアがつかまってしまったせいだ。

 さすがによろけたデュークの顔に、もう一人のこぶしが入る。口が切れたのか、鮮血が散った。


「あ……あぁ……」


 ガ、ガ、と無抵抗の彼を殴り続ける音が室内に響いた。

 声を失って呻いたリィアと、ぼろぼろになっても倒れることなくひざを付いた姿勢を保つデュークに、ツァルドは更なる苛立ちを見せる。その青い隻眼は、それでも燃えるように激しくツァルドを見据えていたのだ。そうして、ツァルドはぼそりと言った。


「その目が気に入らないな」


 ハッと、リィアがツァルドを見上げると、その口もとが残忍に歪んだ。


「そちらも潰してやろう。そうしたら、お前は盲人だ。そんな生意気な目もできなくなる」


 ぞくりとリィアの体中を恐怖が駆け抜けた。今まで味わったどんな瞬間よりも強い恐怖だった。

 そんなことになったら、ルナスになんと言って詫びればいいのだろう。謝るどころか、二度と顔向けなんてできなくなる。

 リィアは涙を流して必死に懇願した。


「お願いだから止めて! 謝るから。今までのこと、わたしが気に入らないなら謝るから、だから――!!」


 声をからすリィアの様子を、ツァルドは冷え冷えと眺めて、それから取り巻きに指示した。


「やれ」

「で、でも……」


 これにはさすがの取り巻き連中も怯んだ。けれど、ツァルドは容赦しなかった。


「俺に逆らうな」


 そのひと言に取り巻きたちは言葉を失くす。そうして、右に立っていた青年が動いた。サイドテーブルの上の羽根の付いたペンを手にする。青年は、恐る恐るデュークに近付くと、ペンを大きく振りかぶった。もう一人の青年が、デュークの顔と眼窩の辺りを押さえ込む。


「や……」


 ツァルドの腕の中で震えながらかぶりを振るリィアに、止める手立てがなかった。

 リィアの絶叫と共に、そのペン先がデュークの眼球に迫った。

 叫んでも救いはなく、デュークは呻き声すら上げなかった。ペンが、床に落ちた。左目を押えて身を折るデュークの姿に、ツァルドの哄笑が響いた。


 リィアは自分の中で何かが弾けたような感覚だった。思い切りツァルドの腕に噛み付く。ツァルドの笑い声が止み、手がゆるんだ。

 そうしてリィアは、いつも忍ばせてあるルナスから下賜された懐剣に手を伸ばした。スカートの時はベルトで太ももに固定している。けれど、そこにはなかった。


 ドレスに着替えさせられた時、メイドが着せてくれたのでそのまま装着し忘れてしまったのだ。

 次の攻撃に繋げることができなかったリィアは、あっさりと耳の辺りを強打されて吹き飛んだ。そして、何かの角で後頭部を打ち付けた。それを最後に、意識が遠退いて行く。その中で、最後にツァルドの声がした。


「王太子に告げ口されても厄介だ。その盲人は始末しておけ」


 自分を抱き上げる腕が、次第にその場から遠ざかる。それだけを感じた。

 これが悪夢であればいい。こんな夢からは早く醒めて、またルナスを囲んでみんなで笑いあえれば――。

 

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