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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈15〉不運な遭遇

 シオンに手渡されたメモには店の名前と番地しか書かれていない。フィーナの行き付けなのだというけれど、なんの店なのだかデュークにはさっぱりわからなかった。

 ただ、それの他に手がかりと呼べるものはない。面倒だと苛立たしく思いながらもデュークは馬車馬に蔵を取り付けてもらい、そのまま町へと向かうのだった。



 町へ到達してからは馬を下り、手綱を引いて歩いた。馬を預けられる馬屋は大抵町の入り口付近にあり、ここも例外ではなかった。デュークは馬を預けると交換札を受け取り、急ぎ足で町の往来を進むのだった。


 『西通り二番六号、エルトス』


 そう、メモにはある。

 デュークは西通りへと足を進めた。奥へ入るほどに人通りは少なくなって行くけれど、その途中で花のように膨らんだ可憐なドレス姿のフィーナとお付のメイドに出会った。デュークは思わず怒鳴ってやりたい衝動に駆られたけれど、そこは堪えた。フィーナはデュークの姿を認めると、輝くように笑って駆け寄って来る。


「ごきげんよう、隊長さん」

「……言いたいことはそれだけか?」


 当の本人は姉と会えてはしゃいでいるだけかも知れないが、結果としてルナスに迷惑をかけているのだ。少々冷ややかに言ったけれど、彼女には通用しなかった。

 デュークの言葉に潜む棘をサラリと流すと、んー、と可愛らしく考え込む仕草をする。


「たくさんございますわ。けれど、ここで申しますのもなんですので、ご遠慮させて頂きます」


 何か、聞かない方がいいと、そんな気がした。そうか、とデュークが短く会話を切ると、フィーナは再びにこりと微笑んだ。その笑みは無邪気なようでいて、どこか計算高くもある。リィアの妹にしては世慣れていると言うべきか。


「姉を迎えに来て下さったのですよね?」

「ああ。急ぐのでな」

「そうですか。では、わたしはひと足お先に失礼致しますので、何卒よろしくお願い致しますね」


 先に帰ると言う。それは、デュークがリィアを連れて帰るのならばいても仕方がないからだろうか。


「……このメモにある店だな?」


 ひらりとその紙面を見せると、フィーナはうなずく。


「はい。それでは、またお会いできる日を楽しみにしておりますわ」


 優雅に一礼すると、フィーナはメイドを引き連れて路地を行くのだった。デュークはその背に向い嘆息する。そうして再び歩み出した。



     ※ ※ ※



 馬を走らせ、たどり着いたフォラステロ領の町でツァルドは疲弊した馬を預けることにした。

 その時、一人の人物が馬屋から出て来た。その遠目に見た姿に目を疑った。けれど、他人の空似ではない。容姿が似通った人間ならばいるかもしれないが、その人物は右目に眼帯をしていた。あれはどこへ行こうとも目を引く。


 リジアーナの上官、デュクセル=ラーズだ。

 けれど、彼は軍服姿ではなく随分と軽装だった。剣も帯びていない。休暇中かとも思ったが、そんな話は聞かなかった。領地を持つ貴族ならば、軍の仕事と領地の管理のふたつをこなさなければならない。定期的に地方と王都を行き来するものだが、彼は庶民であり、そうした理由で地方に戻ることはない。

 そう簡単に護衛対象の王太子から離れるような人間ではないように思っただけに意外だった。彼はただ一人だった。


 ただ、ツァルド自身、ここにいることの説明ができない。だからこそ、彼と顔を合わせたくはなかった。とっさに馬の腹に隠れるようにして身を潜める。デュクセルが進む先に何があるのか、ツァルドは気になって仕方がなかった。リジアーナにかかわる、そう思うと無関心ではいられなかった。


 このままでは見失ってしまう。ツァルドは自分の馬を共の青年の一人に押し付けると、気付かれないようにデュクセルの後をつけた。彼の仲間たちは慌てて馬屋に馬を押し込むと、一人だけ手続きのために残して後はツァルドを追いかけた。――後に、この取り残された一人が幸福であったのだと思わせる出来事が起こるのだが、この時点では誰も知らないのである。


 

 西の通りへ行くデュクセルに駆け寄って来る少女がいた。ピンクと白のドレスと従えたメイドから、それなりに良家の子女であることは窺い知れた。恋人に会いにここまで忍んで来たとでも言うのだろうか。それは、あの男にはひどく似つかわしくないことのように思われた。


 案の定、その少女はいくつか言葉を交わすとデュクセルを残して去った。知己であるという程度の、深みなど何もない様子だ。去り行く少女の横顔は可憐に整い、美しくはあったけれど、その顔を見てさえリジアーナと重ねてしまう。似ているとさえ思ってしまう。

 重傷だと、ツァルドは自覚してしまった。そのことに苦笑する。


 そうして、デュクセルは再び歩き出した。彼が向かったその先は、レンガ造りの小さな宿であった。高級感よりも親しみやすさがある、そんな庶民向けの佇まいだ。ここに部屋を取っているのだろう。

 その時、ふと思った。


 一人か。それとも、誰かと――。


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