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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈14〉執着心

 その時、ツァルドは窓に映る自分の顔に目を向けた。そうして失笑する。

 自分は一体、何をしているのかと。


 軍務を放棄した。結果としてはそうなる。

 ただ、つまらない鍛錬ばかりの日々だ。戦の中で逃亡したのとはわけが違う。

 あの生ぬるい上官が困り顔でツァルドを探し、見付からなければことをおおやけにしないように努めるのではないかと思われる。戻ってからやんわりと、それでも説教のひとつくらいはされるかも知れないが、あの緊張感のない顔では何を言ったところで締まらない。


 ただ、上官エルナトル=ロヴァンス少佐がいくらツァルドを探したところで見付かるはずがない。ツァルドは今、王都にすらいなかった。実家のあるクリオロ領に行って、なじみの顔と遊んで鬱憤を晴らすべきかと悩んだ挙句、馬の轡は反対方向へと向いていたのだ。


 フォラステロ領へ。

 何故、西へ向かったのかといえば、それは彼女(リジアーナ)のせいだ。

 西のフォラステロ領の出で、実家も姉や妹もそちらにいる。

 父親のヴァーレンティンはほぼ話にならなかった。だとするなら、他に彼女を説得できそうな人物は誰か。

 姉か妹だろう。もしかすると男親なんてものよりも同性の姉妹の方が彼女も話を聞き入れるのではないだろうか。


 姉は少し歳が離れていて、夫はそれなりの地位にいる。

 妹は歳も近く、夫は陸軍軍曹。接触しやすいのは妹の方だ。

 噂によるとその妹は、社交界の華であり、そうした社会をよく理解して付き合うことができる娘らしい。それならば、伯爵家の長子であるツァルドを蔑ろにするようなことはしないはずだ。

 まず、その妹に会いに行ってみようかと思う。



「……ツァルド様、本当によろしいのですか?」


 供の青年、アイルが不安げに問う。三人連れて来たのだが、彼らは皆、父が付けた者たちである。領地から歳が近く従順な青年ばかりを集めた。彼らは伯爵家の恩恵を受けた者たちだ。ツァルドに逆らうことはない。

 それなのに、そんなことを口にする。これが馬上でなければ蹴りのひとつもくれてやったのに。


「お前たちに意見はいらん。俺のすることに口出しするな。ただ、従え」


 冷え冷えとそう言い放つと、そろいもそろってうつむいて黙り込んだ。所詮彼らは押さえつけられることを受け入れ、仕えることに喜びを感じる者たちなのだ。



     ※ ※ ※



 買い物に付き合えとフィーナは言うけれど、あまり真剣に商品を見ている風ではなかった。ショーウィンドウの服も帽子も靴も、宝石も、一瞥するだけで通り過ぎる。


「ねえ、ところで何を買いに来たの?」


 リィアがフィーナの隣に並んで訊ねる。二人の後ろにはメイドが控えていた。乗って来た馬車は近くで待機している。

 フィーナは可愛らしく首をかしげた。


「うん、何かいいものがあるといいなと思ったんだけど、目ぼしいものがないのよねぇ」

「あ、そう」


 冷ややかにリィアはつぶやく。そんな姉の腕に自分の腕を絡ませ、フィーナは甘えた仕草で言う。


「たくさん歩いたら疲れちゃったわね」

「え? たくさん歩いた? どこが!?」


 この通りをフラフラしただけだ。どれだけ軟弱な脚をしているんだか。嫁いでから甘やかされすぎているのではないかとリィアは逆に不安になった。けれど、フィーナはフフフと笑っている。


「まあいいじゃない。姉さま、ゆっくり休めるところがあるのよ。連れて行ってあげるわね」

「わたしは疲れてないし。って、疲れたなら帰ればいいじゃない。帰りましょ?」


 リィアとしては早くルナスたちと合流したい。そう焦る気持ちを見抜いたのか、フィーナはリィアの腕に更に強くしがみ付く。


「嫌。もうちょっと付き合って」


 しっかりしているのかと思えば、こうした甘えた面も見せる。リィアとしても妹が可愛くないわけではない。


「わかったわよ。後ちょっとだけね」


 そう、苦笑する。フィーナは嬉しそうにうん、とうなずいた。

 フィーナが休憩所としてリィアを連れて来たのは、宿のようだった。小さく洒落たレンガ造りの店を見上げ、リィアが怪訝そうな顔をすると、フィーナは綺麗に微笑んだ。


「ここのお茶がまた美味しいのよね」

「ふぅん」


 宿にはそういう使い方があるのかと、リィアは新鮮に思った。剣術の稽古に勤しんでいたリィアより、社交界にしっかりと出席し、同じ年頃の女の子たちと交流していたフィーナはそうした世間のことに詳しい。


「さ、入りましょ」


 フィーナに促され、共に中に入る。リィアには妹の思惑などまったく見抜けないのであった。


 

 中の部屋はシンプルで落ち着く空間だった。ひと揃いの調度品があるだけで、無駄なものはない。なんとなく、フィーナが好むにしては地味だという印象だった。

 テーブルとそろいの椅子に座って室内を見回していると、何故かフィーナが顔が付くほどにまじまじと至近距離でリィアを見つめて来た。


「な、何?」


 視界がフィーナの顔で埋め尽くされる。リィアが困惑していると、フィーナは真剣な眼差しから一転してにこりと笑った。


「うん、姉さまは可愛いなって」

「は?」

「いいの。気にしないで」

「???」


 よくわからない妹である。リィアが首をかしげていると、ドアが控えめにノックされた。


「奥様」


 アンターンス家のメイドである。


「姉さま、ちょっとごめんね。ここで動かないで待ってて」


 と、フィーナは席を立つ。フィーナが部屋を出て行き、リィアだけが取り残された。

 家から呼び出しだろうか。だとするならもう戻った方がいい。

 ルナスは今頃どうしているのかな、とリィアは思った。普段が毎日顔を付き合わせているだけに、あまり顔を見られない状況に慣れなかった。

 

 「姉さまは(単純で)可愛いなって」フィーナ談。

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