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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈13〉迎えに

 ひと晩、アンターンスの屋敷に泊めてもらった。恐縮するリィアに、男爵もシオンも優しかった。

 そしてその翌朝のこと。


「ね・え・さ・ま」


 リィアはその甘ったるい妹の声に嫌な予感がした。起き抜けに目を擦りつつ、ベッドに手を付くフィーナに顔を向けると、そこにはキラキラと朝日よりも輝く笑顔があった。


「……おはよ」


 小さくつぶやくと、すっかり身支度を整えて可憐に着飾ったフィーナは言う。


「今日は一緒にお買い物に行きましょう」

「へ?」


 フィーナののん気な発言に、リィアは唖然としてしまった。


「あのね、わたしは遊びに来たんじゃないの。今日はもう王都へ戻らなくちゃいけないから、そういうことはまた今度ね」


 至極真っ当なリィアの返答に、フィーナは更ににこりと笑った。


「王太子殿下ってお優しい方ね。わたしが姉さまともう少し一緒にいたいってお願いしたら、一日だけならって仰って下さったわ。ね、今日は姉さまはわたしに付き合うの。いいでしょ?」


 ルナスに直談判したと。

 けれど、ルナスならそう言いそうな気がする。


「あんたって娘は……」


 呆れてものも言えない。起きていきなり疲れ果てたリィアの腕をつかみ、フィーナが立ち上がらせる。


「さあ姉さま、お着替えして頂戴。あ、わたしが用意した服があるから、それにしてね」

「そこまでして……。わたしよりも旦那様と行けばいいのにね」

「それはいつも行ってるもの。わたしたち新婚なんだから」

「はいはい」


 喋っているうちにやって来たメイドたちがリィアの身支度を手伝ってくれる。コルセットでキュッと締め上げられ、この圧迫感が久々ですごくつらかった。

 フィーナはピンクと白。リィアは赤だった。気温も高くなりつつあるせいか、また胸もとの開いたドレスだった。買い物に行くせいか、丈は動きやすいミディだ。


「うん。似合う! 姉さま着飾ると綺麗なんだから、もっと自分を磨かなくちゃ駄目よ」

「買い物がわたしの服とか言うんだったら行かないからね」


 先に釘を刺しておいた。フィーナはわたしの買い物、と言って膨れたけれど。

 こうしてフィーナとゆっくり過ごすことなんてそうそうない。ここは素直にルナスの心遣いに甘えてもいいのかも知れない。



     ※ ※ ※



 一方、ゼフィランサス邸にて。

 ルナスはゼフィランサスとしばしの別れを惜しんでいる。出立まではもう少しだけ時間がかかるだろう。

 その間、庭の芝の上でアルバが剣術指南をしている相手はというと――。


「ジャスパー、ひと振りひと振りの動きが荒い。力が強くとも当たらなければ意味がないんだ」


 木剣を振り回すジャスパーを、アルバは軽く受け流すのだった。


「素人相手に……ムチャな……」


 肩で息をするジャスパーに、アルバは余裕の微笑を見せる。


「護衛隊に所属した以上、腕を磨くのは当然だから剣術を教えてほしいと言ったのはそっちじゃないか」

「そ、そうだけどなぁ」

「ほら、脇」

「ぐ……っ」


 まともに木剣が脇腹に入り、ジャスパーは身をよじった。

 熱意は認めるが、指南を頼んだ相手が悪い。デュークは二人のやり取りを眺めながらそう思った。

 レイルは芝の上であくびをしている。


「あー、退屈」

「じゃあ、俺と手合わせするか?」


 デュークが試しに言ってみると、レイルはびっくりしたような顔をした。


「え? なんの冗談? 悪いけど瞬殺だよ?」

「お前なら本気でやりそうで笑えない……」


 と、デュークは顔をしかめた。

 レイルの能力は未知数である。結局、彼が何者なのかは未だにつかめない。

 ただ、自分では勝てないのではないかということだけが薄々と感じられる。面白くはないけれど、それがルナスにとって利であるのなら我慢できる。


「ところで、そろそろリィアのこと呼びに行かなくていいのか?」


 レイルがのんびりとデュークを見上げる。


「ああ、馬車もアンターンス家に預けたままだしな。一緒に回収して来てもいいんだが」

「いってらっしゃい」


 日向でまどろむ猫のように、レイルは目を細めた。動く気はないらしい。

 デュークは軽く舌打ちをしながらその場を後にした。



 隣のアンターンス家の敷地へ向かうと、真っ先に出て来たのは使用人ではなく男爵令息のシオンだった。温和な顔立ちを心底嬉しそうに輝かせる。何故、そんな顔をするのかがわからなかった。


「ああ、ラーズ大尉! お一人ですか?」

「そうだが、何か不都合でも?」


 デュークは身分などない人間だが、階級はシオンよりも上である。シオンは礼節を持って接してくれた。


「いいえ、とんでもない。願ったり叶ったりで……」

「は?」

「あ、いえ。ええと、リィアさんを迎えに来られたのですよね?」

「馬車の引き取りついでに」


 リィアよりも馬車の方が重要だという口調にシオンは少し戸惑った。リィアの姻戚相手にいつもの調子はいけなかったかと、デュークは言葉を改める。


「出立も間近だ。呼んでもらえるだろうか?」


 すると、シオンは困惑を見せた。その理由がまたわからない。


「それが、出かけてしまったのですよ」

「出かけた?」


 ルナスが長く城を留守にはできないとあれほど言っていたのに。呆れてものが言えなかった。

 そんなデュークに、シオンは畳みかける。


「すみません、私が気付いて止めればよかったのですが、何分久々の再会で妻も楽しげで……。あの、これ、妻の行きつけの店です。私はこれから来客の予定があって動けないもので、申し訳ないのですがお急ぎでしたらこちらへ呼びに行っては頂けませんか? 使いの者をやり、殿下にそうお知らせいたしますので……」


 苛立ちが顔に出ていたのか、そう言ってからデュークの顔に目を向けたシオンが小さく息を飲んだ。その手からメモを受け取ると、デュークは了解したと短く言い残してシオンに背を向けるのだった。

 

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