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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章
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〈10〉勝手なのは

 リィアは厳しい顔を妹に向けた。フィーナは一瞬だけ驚いた顔をする。


「フィーナ、いい加減にして。わたしは配偶者を捜しに軍に入ったわけじゃないの。結婚して家を継げとか、そんなの勝手すぎる」


 感情が上手くコントロールできず、言葉が刺々しくなる。フィーナは怯むどころか呆れたような目をした。


「勝手なのはどっちよ?」


 その言葉が、リィアの心に突き刺さる。


「姉さまは結婚するのが嫌で、適当な理由を付けて先延ばしにしてるだけでしょ。家のために軍に入った? 本気で家のためを思うなら、結婚して子供を産む方がよっぽど家のためよ。娘のわたしたちにできることは、それくらいなの。早く現実を認めなきゃ駄目」


 それは、リィアが一番聞きたくない言葉、厳しい現実そのものであった。

 女の身でアイオラのような地位に就くことは困難を極める。それだけの力がリィアにはないのだと、フィーナは言うのだ。現実は、望むような形ではない。


「そんなこと――」


 認めたくない。

 自分は、なんのために必死で剣術に励んでいたのか。

 ようやく筋道を、ルナスへの忠誠心を持って生涯仕えることができると思い始めた頃なのに。フィーナはそれを現実逃避だと言う。

 皆、そんな風に自分を見ているのだろうか。


 そう思うと、無性に悲しくて虚しくなった。

 フィーナはそんな姉に気付いたのか、席を立つとリィアを抱き締めた。


「姉さま、でもね、わたしは幸せよ。だから、姉さまだってきっと幸せになれる。軍人なんて危ないことしないでよ。サーラ姉さまも心配してたわ」


 ああ、フィーナなりに心配してくれているんだな、と感じた。

 若くして嫁いだフィーナは、自分なんかよりよっぽどしっかりしている。リィアはそう苦笑するのだった。


「うん、ごめんね」


 そう謝るけれど、わかったとは言えなかったし、フィーナも前言を撤回することはなかった。

 正しいのはフィーナの方かも知れないとわかっていても、リィアにはまだ受け入れられなかった。



     ※ ※ ※



「時に殿下――」


 ゼフィランサスはアンターンス家の敷地の隣の、徒歩ですぐに辿り着ける自らの邸宅の前でルナスに訊ねる。孫であっても王太子であるルナスに、ゼフィランサスは家臣としての姿勢を崩さない。


「はい」


 少し目線の高い祖父にルナスは目を合わせた。


「あの娘、セラフィナの姉だということですが、それでわざわざ連れてみえたのですか?」

「リィアは私の護衛の一人で、行動を共にすることが常なのです」


 そう答えたルナスに、ゼフィランサスは複雑な目をした。


「護衛ですか? あの娘御が? 護衛ならばそこの男たちで十分でしょうに」


 確かに、それはそうなのだが。ルナスは苦笑してしまった。

 そんな様子にゼフィランサスはそれ以上リィアのことには触れなくなった。


「差し出がましいことを申しましたな。殿下がお決めになったことをとやかく言うつもりではないのです」


 そうして、ゼフィランサスの家の使用人が急な客人に慌てつつ、ルナスたちのために場を整えた。

 応接間は誇りひとつなく、調度品も真新しい。ここへ移り住んでまだそれほど経っていないのだ。ルナスは真紅のソファーに身を沈めると、正面に座る祖父へ切り出す。


「お祖父様、私がここへ参りました理由は、もしかするとお気付きかも知れませんが」


 ゼフィランサスは一度小さくうなずき、それからつぶやいた。


「裏で何やら不穏な動きがございます。私もそれは危惧しておりました。そこへ来て、ベリアール殿下の蟄居、これは何かの策略かと。そうであるとすれば、殿下のご身辺も不安に思うておりました」


 デューク、アルバ、それからレイルにジャスパー。彼らは無言でルナスの背後に立ち、その会話の先を待っていた。


「私を王太子の位から引き摺り下ろしたい人間も確かにいるのです。ですから私は、ここへ参りました。私が退けば、その者の思い描く国へとこのペルシは傾いて行く。それだけは絶対に避けたいのです」

「……殿下、その者とはスペッサルティンのことでしょうか?」


 ゼフィランサスは迷いもなくその名を口にした。ルナスはうなずく。


「はい」


 すると、ゼフィランサスは嘆息した。その様子に、疲れが見えた。


「スペッサルティンは私の後任。……私の娘が王妃となったことで、私に力を持たせすぎることを諸侯が恐れました。その反対派の諸侯が後押ししたのがあのスペッサルティンです。彼は私の更に前任の宰相の門下でしたから、確かに私よりも軍略に優れ、適任であると認めてはいたのです。ただ、彼はあまりにも戦いを好む。その性質を憂いていた矢先にあの戦です。あの時、私が宰相職を退かなければと何度も悔いてはおりました……」


 けれど、自分が宰相であるばかりに娘にも皺寄せが行く。そのことを恐れて祖父はその地位を退いたのだとルナスは知っている。


「あの戦は、スペッサルティンの策であったのかも知れません。けれど、それは『国』の、『王』の判断となるのです。彼を抑えられなければ、このペルシはやはり軍事国家という在りようから抜け出せないのでしょう」


 はっきりとした口調でそう語る孫に、ゼフィランサスは遠い目をして声をこぼす。


「私の判断は、誤りであったのでしょう。今更悔いても何も戻りはしませんが、私はいかようにも殿下のお力となる所存です」

「ありがとう、ございます」


 ルナスは言葉とは裏腹に、悲しげに礼を述べた。


 スペッサルティンは就任して20年、ゼフィランサスは10年くらい宰相として勤めたというところです。

 年齢はスペッサルティンがやや下ですが、近いです。

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