30:逃げたいのに
コォラがつんつんと、控えめに、運転の邪魔にならない強さで、フェヴァの袖を引っ張る。
「フェヴァ。もしかして慈善活動するつもりか?」
「……いいや」
「そっか。じゃあ道を変えるか引き返そうぜ。このまま進むと発生源に行きそうじゃん」
人間モドキが増えたので、コォラも発生源に近づいたと考えたようだ。
「……はあ。そうする」
フェヴァはブレーキを踏んで停まる。
気づけば後ろも前も、動いている車はなかった。
ハンドルに突っ伏してから、大きく息を吐く。
撃ちたいストレスと相まって集中力が大きく削れてしまったようだ。
「……疲れた」
「お疲れフェヴァ。失敗しても大丈夫だって。初めてなら誰だって道に迷うさ。要はベッドで失敗しなきゃいい、しても俺は全く気にしない」
「……ベッドのくだりですべて台無しだ」
フェヴァが顔を上げて、軽蔑したような視線をコォラに向ける。
「その顔も可愛いぜフェヴァ」
「殴りたくなる、喋るな」
フェヴァはブレーキから足を外して、アクセルに足を乗せる。
「……?」
その時、道の先に人間モドキが五体、道を塞ぐように立っているのが見えた。
じっと、こちらを凝視している。
「おおおっと!? これはくるな!」
コォラが腰を浮かせて声を弾ませる。
「コォラ。運転が荒れるぞ!」
フェヴァはバック走行ののち、スペースを見つけて意図的に一八〇度スピンターンを決める。
そして急発進して、きた道を戻った。
人間モドキが追いかけてくる。
コォラは体を捻って、後部座席の後ろにある大きい窓を見た。
五体だったのが十体以上に増えている。
どうやら家の中や庭にいたモノが、獲物目掛けて一斉に走っている。
「おおおっと? 次々とランナーが参加してるぜ?」
「くっ、前からも出てくる」
「あっはっは。車に追いつきそうだな! 腕を伸ばしてるけどスカってやがる」
「余裕ぶっこいている場合かこの馬鹿!」
「流石クリーチャー、体力に限界がない!」
「だから余裕ぶっこくな! ちゃんと座ってシートベルト締め直せ!」
フェヴァは急ハンドルを切り返し、障害物と人間モドキを紙一重で回避し続ける。
車体が左右に振れるたび、コォラが「おもしれー」と楽しそうに両手を上げていた。
「ジェットコースターじゃ、ない!」
タイヤがぎゅるぎゅると音を立てるが、車両にも踏ん張ってもらわないとならない。
ここで囲まれてしまっては慈善活動を開始しなければならなくなる。規律違反が脳裏をよぎったところで、住宅街の終わりが見え、道路が一本になった。
道幅も広くなったので、路駐や障害物が邪魔にならない。
(ここで抜けられるか!?)
フェヴァがアクセルを踏んだタイミングで、一〇〇メートル先の民家から三体の人間モドキが飛び出してきた。
(ヤバイ!)
と思った一秒後、人間モドキがフロントガラスに激突。
蜘蛛の巣状にヒビを入れると二体が落ちて――あろうことか後輪に巻き込まれてしまい、車が激しく揺れる。
そして残り一体は、逆さまになったまま張り付いていた。
「……前が……クソ邪魔だ」
ガンガンガン!
人間モドキが視界の妨害をしつつ、運転席の窓を叩き始める。
瞬く間にヒビが大きくなり、車内にガラスの欠片が落ち始めた。
フェヴァは眉間に血管を浮かばせながら、左手でハンドルを大きく回して、車を激しく左右に揺らす。
これだけでは振りほどけないようだ。
「どけ!」
右手でハンドガンを持ち、割れたガラスの隙間から銃口を出すと、何の躊躇いもなく発砲した。
弾は人間モドキの額を打ち抜く。
次に右に車体が揺れると、人間モドキがずり落ちて、地面に転がった。
フェヴァは一気にアクセルを踏み、人間モドキたちの追跡を振り切った。
「ひゅ~。フェヴァも意外に短気だな。おかげで車乗り捨てたほうがよさそーだ」
コォラが示すのは、穴の開いたフロントガラスである。
血しぶきと蜘蛛の巣状のヒビが、完全にフェヴァの視界を封じた。目を細めて穴から先を見るが、景色はよくわからなかった。
「コォラ! 前方は!?」
フェヴァは先ほどみた景色を思い浮かべながら、直線でスピードを上げた。しかし危険であるため、コォラの指示を頼りにする。
「何もいないから。左に五センチほど寄って真っすぐ、でいいぜ」
ひとまずは道なりに進む。
一キロほど走ったところで、フェヴァは路肩に車を停め、ハンドルに突っ伏して大きなため息を吐いた。
「全く……久しぶりに国外での休暇だと思ったら……またこれか」
フェヴァは集中力が切れてしばし休息をとる。
「目障りだ撃ちたい……撃てない……フラストレーション溜まる……」
しかし低い声で毒づき、近寄りがたい空気を放つと、コォラは心配そうに背中をかがめながらフェヴァの顔色を窺った。
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ。国に帰らないと羽が伸ばせないって、わかっている」
フェヴァがむすっとした表情をしているので、コォラは休暇が潰れていて怒っていると感じた。
「まぁ、よくある事さ。折角だからこの非常識を楽しもうぜ!」
「昨日も楽しんだ」
ストレス値が高くなっていたため、フェヴァはついうっかり、酷く冷たい声色をだす。
コォラは数秒ほど固まると、うんうんと頷いた。
「そうだよな。車もダメになったし、休息ついでにどっかに避難しようぜ」
「……そうだな。フロントガラスが割れてるから運転したくない。隠れるところを探そう」
フェヴァは体を起こすと、後部座席に置いているカジュアルショルダーバッグを取る。先にコォラに渡してから自分の分を取った。
「サンキュー」
コォラはドアを開けて外へ出ると、カジュアルショルダーバッグを背負う。
ゾンビが何体か、ゆらゆらとしながら立っており、音がした車を見て歩いてくる。
骨折のリハビリで歩くような、ふらふらとした緩やかな足取りだ。こちらに来るまで大分時間がかかるだろう。
目視で距離から時間を割り出すと、コォラは肩をすくめて、運転席側に移動した。
フェヴァは車から降りて、カジュアルショルダーバッグを前に回して胸で抱きかかえるように背負うと、ゾンビを警戒しながら耳を澄ませる。
「……追いかけてる」
やってきた道から、先ほど追いかけて来た人間モドキが近づいている。
「フェヴァ。あそこに逃げて見ようぜ」
コォラが住宅の上を指し示す。
住宅の隙間から巨大な建物が見えた。壁に『トックイッシュド・ショッピングモール』と看板がついている。
「あそこ行ってみようぜ」
「それはいいが……ショッピングモールは普段から人が多い。人間モドキも巣くっているんじゃ?」
フェヴァが気乗りしない表情を浮かべるので、コォラは右手の人差し指を立てて、左右に揺らす。
「チッチッチッ。違うなぁフェヴァ。籠るんじゃなくて物資の調達だ」
「なるほど」
「俺、そんなに武器もってないし、勝手知らない基地だから武器補充してねーんだ」
「勝手に盗まなかったか。偉いな」
フェヴァがコォラの頭をわしわしと撫でると、コォラは眉を顰めて、両手で頭を押さえる。
「今日は俺への期待値すごく低くねぇ?」
「この辺りに小動物はいないからな。代用品」
「それは喜んでいいやつだな!」
「勝手にしろ」
そう言ってフェヴァは走ると、コォラもその後を追った。
読んで頂き有難うございました。
次回は8/29更新です。
物語が好みでしたら☆応援して頂けると嬉しいです。




