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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第60話 世界最高の資産、その評価額

 京都。


 日本庭園を望む一室。


 障子から差し込む柔らかな夕日が、畳の上へ長く影を落としていた。


 部屋の中央には、一人の女性。


 真利・R・ヴァイン。


 その前には、数十枚もの資料と大型モニターが並んでいる。


 画面には『炎の勇者チャンネル』の動画一覧。


 再生回数。


 コメント数。


 各国の報道。


 世界経済への影響。


 そして、黄金竜オークションの資料。


 真利は静かに紅茶を口へ運ぶと、小さく息を吐いた。


「……さて」


 その声だけで、部屋の空気が引き締まる。


「勇者様」


 誰もいない部屋で、その名を口にする。


「いえ、現代では一ノ瀬晴人さんでしたわね」


 微笑む。


 その笑みには恋する少女の甘さはない。


 世界最高峰の投資家が、未知の市場を前にした時の笑みだった。


「まずは資産価値を正しく評価いたしましょう」


 画面が切り替わる。


 最初に映ったのは黄金竜の動画。


 巨大な竜が、純度百パーセントの黄金へと変化した映像である。


 真利は静かに指を組んだ。


「これは市場価格では測れませんわね」


 普通なら、


『黄金像一体』


 として評価する。


 しかし、それは違う。


「価値は黄金ではありません」


 真利は一枚の紙へ数字を書き始める。


『黄金を任意の形状で無限生成可能』


 それが本当の価値だった。


「仮に一日百トンだけ製造するとしましょう」


 百トン。


 現在価格で換算すれば、それだけで数千億円規模。


「年間では数十兆円」


 さらさらと数字を書き足していく。


「ですが……」


 そこでペンが止まる。


「市場へ流通させれば金価格が暴落しますわね」


 供給が増えれば価格は下がる。


 そんなことは小学生でも知っている。


 しかし。


「価格が十分の一になったとしても問題ありません」


 十分の一。


 それでも年間数兆円。


「百年で国家予算規模」


 静かな声だった。


 だが、その内容だけは常識を完全に超えていた。


「つまり黄金は『売る』ものではありません」


 彼女は一つ目の結論を書き込む。


『国家信用を裏付ける資産』


「保有するだけで国家そのものになりますわね」


 金本位制が廃止された現代でも、各国は大量の金を保有している。


 信用そのものだからだ。


 もし無限に供給できる人物が現れたなら。


「……世界中の中央銀行が動きますわ」


 それだけで終わらない。


 画面が切り替わる。


 今度は宇宙動画。


 ハルトが当たり前のように宇宙空間で撮影している映像。


 真利は何度も再生する。


「燃料なし。」


「発射施設不要。」


「安全性は百パーセント。」


「帰還成功率百パーセント。」


 一つ一つ確認する。


「現在の宇宙産業が最も高価なのは輸送費です」


 ロケット。


 燃料。


 整備。


 打ち上げ施設。


 人件費。


 保険。


 失敗リスク。


 その全て。


「勇者様は、全部不要」


 たった一行で終わった。


「…………」


 真利は少しだけ目を閉じる。


「一人で宇宙産業を終わらせられる」


 静かな断定だった。


 その市場規模は年間数十兆円。


 将来はさらに何倍にも膨らくと言われている巨大市場。


 だが。


「宇宙ステーション建設。」


「月面基地。」


「火星開発。」


「資源採掘。」


「惑星間輸送。」


 全て。


「勇者様お一人で代替可能」


 また一本、線を引く。


『宇宙輸送コスト ほぼゼロ』


「……これは文明そのものが一段階進みますわね」


 真利は苦笑した。


「試算する意味がありますの?」


 投資家として初めてだった。


 数字が意味を失う相手。


 価値が大きすぎて、評価式そのものが壊れている。


 しかし、それでも続ける。


 画面は深海動画へ切り替わった。


 世界最深部。


 通常なら国家規模の潜水艇が必要となる海底。


 そこをハルトは散歩でもするように歩いていた。


「こちらも同じですわね」


 海底資源。


 レアメタル。


 メタンハイドレート。


 海底油田。


 海底通信ケーブル。


 深海研究。


 沈没船調査。


「全て輸送費と危険性が原因で開発が遅れています」


 だが。


「勇者様は普通に歩いていましたわ」


 さらりと言う。


 深海一万メートル。


 人類が命懸けで挑む場所を、彼は動画撮影の背景程度にしか考えていなかった。


「宇宙。」


「深海。」


「黄金。」


 三つの資料を並べる。


 しばらく黙って見つめた後、真利は静かに笑った。


「異世界でも理解していたつもりでした」


 だが違った。


 異世界では戦力としてしか見られていなかった。


 現代では違う。


「経済。」


「文明。」


「科学。」


「産業。」


「国家。」


「未来。」


 その全てを書き換えられる。


 ようやく理解した。


 自分が競り落とったのは黄金竜ではない。


 あれは。


「勇者様という資産の、ほんの一部の副産物でしたのね」


 真利は静かに目を閉じる。


 そして最後の一枚へ、大きく書き込んだ。


『一ノ瀬晴人 推定資産価値』


 ペン先が止まる。


 数十兆円。


 数百兆円。


 京。


 垓。


 どの単位を書いても違和感しかない。


 やがて真利は、小さく笑って紙を裏返した。


「……評価不能」


 その二文字だけを書き残す。


「ええ。」


「だからこそ、欲しいのですわ」


 世界最高の投資家が、人生で初めて評価できなかった存在。


 だからこそ。


 絶対に誰にも渡せない。


 その瞳には、黄金よりも強い独占欲が静かに宿っていた。


 真利は新しい資料を取り出した。


 そこには現代のデータではない。


 異世界で、自らが数十年かけて集めた記録だった。


「そういえば……」


 小さく笑う。


「私は現代の常識だけで評価しようとしていましたわ」


 それ自体が誤りだった。


 勇者様は現代人ではない。


 異世界最強の勇者。


 ならば評価基準も異世界であるべきだ。


「失礼いたしました、勇者様」


 そう呟くと、一枚目の紙へ目を落とした。


『最高位治癒魔法』


 異世界でも使える者は数えるほどしか存在しなかった奇跡。


 失われた手足の再生。


 呪いの解除。


 不治の病の治療。


 寿命以外、ほぼ全ての傷病を癒やす神域の魔法。


 そして。


「勇者様なら当然、お使いになりますわね」


 迷いはなかった。


 動画で何度も見てきた。


 あの人は、困っている人を見つければ迷わず手を差し伸べる。


 異世界でもそうだった。


 現代でも変わらない。


「現在、世界の医療市場は年間数百兆円規模」


 製薬。


 手術。


 医療機器。


 介護。


 保険。


 あらゆる産業を合わせた巨大市場。


「ですが」


 真利は首を横に振る。


「市場規模ではありませんわね」


 もし。


 病そのものがなくなったら。


 医療費という概念そのものが変わる。


 健康寿命。


 労働人口。


 出生率。


 国家財政。


 全てが書き換わる。


「一国どころではありません」


 世界中が恩恵を受ける。


「これは金額ではなく、人類史そのものの価値」


 その一文だけを書き足した。


 次の資料。


『植物魔法』


 荒れ果てた砂漠。


 塩害で死んだ土地。


 干ばつ。


 焼け野原。


 魔法一本で、全て緑へ戻る。


 異世界では幾度となく見てきた光景だった。


「勇者様は戦争で失われた農地すら、一日で元へ戻していましたわね」


 その光景を思い出し、自然と口元が緩む。


「現代なら」


 食糧問題。


 砂漠化。


 森林破壊。


 二酸化炭素。


 環境問題。


 水資源。


 その全てが改善する。


「世界中の飢餓を終わらせることすら可能」


 試算しようとする。


 だが、途中で手が止まった。


「……何を基準に金額へ換算すればよろしいのでしょう」


 地球そのものの価値。


 未来世代が受ける恩恵。


 国家安全保障。


 どれも市場価格では表せない。


「こちらも評価不能」


 迷いなく書き加える。


 さらに資料をめくる。


『精神魔法』


 異世界では国家機密。


 使用そのものが禁忌とされた魔法体系。


 真利はその一文を見つめる。


「勇者様は使いませんでしょうけれど」


 それでも。


 使える。


 という事実は変わらない。


 記憶操作。


 精神干渉。


 認識阻害。


 大規模催眠。


「理論上は」


 静かに呟く。


「全人類の意思決定へ介入することも可能」


 世界最大の企業を買収する必要もない。


 選挙も。


 株主総会も。


 国家交渉も。


 全て不要になる。


「経済という概念自体が意味を失いますわね」


 支配できる者に、お金は必要ない。


「これも……評価不能」


 また一枚。


 最後の資料を開く。


『生命魔法』


 異世界でも禁術。


 生命活動を持つ存在を生み出し、維持する魔法。


「勇者様でしたら問題なく扱えますわ」


 彼女は即断する。


 異世界最強の勇者。


 その程度は前提条件だ。


「仮に二十四時間稼働可能な労働力を生み出せるなら」


 工場。


 建設。


 物流。


 災害復旧。


 介護。


 農業。


 宇宙開発。


 深海開発。


 あらゆる産業が人手不足から解放される。


「世界の労働市場は年間数千兆円規模とも言われていますが」


 そこで苦笑した。


「意味がありませんわね」


 供給できる人数に上限がなければ、市場規模という概念そのものが崩壊する。


 つまり。


 比較対象が存在しない。


「評価不能」


 その文字が、資料のあちこちへ並んでいく。


 真利は椅子へ深く腰掛けた。


 目の前には、異世界と現代、双方の資料が山のように積まれている。


 黄金。


 宇宙。


 深海。


 医療。


 農業。


 環境。


 精神。


 労働。


 文明。


 どの項目も最後は同じ結論だった。


「評価不能」


 静かな部屋へ、その言葉だけが響く。


 真利は窓の外へ視線を向けた。


 夕日が沈み始めている。


「私は現在」


 小さく呟く。


「世界中の企業を保有しております」


 金融。


 AI。


 宇宙。


 医療。


 エネルギー。


 通信。


 物流。


 食料。


 世界規模の企業群。


 その頂点に立つ自分。


「資産総額だけを比べれば、世界最高峰と言っても差し支えありません」


 しかし。


 資料を一枚だけ持ち上げる。


 そこには、たった一つの名前。


『一ノ瀬晴人』


 真利は迷いなく結論を書いた。


「私が持つ全企業。」


「全株式。」


「全資産。」


「全てを合算しても」


 一拍置く。


「勇者様お一人の価値には届きません」


 その言葉に、一切の誇張はなかった。


 世界最大の資産家。


 その座に立つ自分だからこそ断言できる。


「つまり」


 真利は静かに笑う。


「世界最高の企業は存在しませんわ」


 あるのは。


「世界最高の資産だけ」


 その名前は。


「一ノ瀬晴人」


 真利はその名を愛おしむように見つめる。


「やはり……」


 その瞳には、投資家だけが持つ確信が宿っていた。


「何としてでも、私の所有物になっていただきますわ」


 真利は資料を閉じなかった。


 今度は数字ではなく。


「人物評価」


 そう書かれた新しいファイルを開く。


 画面には『炎の勇者チャンネル』。


 最初の投稿から最新動画まで、すべて時系列で整理されている。


「さて」


 真利は静かに再生ボタンを押した。


 黄金を生み出した動画。


 宇宙へ行った動画。


 深海を歩いた動画。


 巨大魔法。


 錬金術。


 配信。


 雑談。


 料理。


 旅行。


 全てを、一切早送りすることなく見直していく。


 そして。


「……なるほど」


 小さく笑った。


「理解いたしました」


 これだけの力を持ちながら。


 彼は、一度たりとも。


「自分の価値を理解しておりませんのね」


 動画の中のハルトは終始楽しそうだった。


 黄金を作った時も。


「すごいだろ!」


 と笑っていた。


 宇宙へ行った時も。


「景色が綺麗だ!」


 と子供のようにはしゃいでいた。


 深海では。


「魚だ!」


 と感動していただけだった。


 そこには。


 世界を変える力を持つ者の自覚など、一片も存在しない。


「普通の高校生」


 真利はそう書き込む。


 異世界最強の勇者。


 世界最高の資産。


 それほどの存在でありながら。


 本人はただ。


 動画投稿が好きな少年だった。


「これは幸運ですわ」


 価値を知らない資産ほど、扱いやすいものはない。


 真利は続けて周囲の人物を評価し始める。


「如月結衣さん」


 動画編集。


 企画。


 マネジメント。


 法務。


 危険管理。


「非常に優秀ですわね」


 だからこそ分かった。


 結衣は利益を最大化する人間ではない。


 ハルトを守る人間だ。


「西園寺聖奈さん」


 財閥令嬢。


 資産運用。


 交渉。


 企業経営。


 こちらも優秀。


 だが。


「判断基準が甘い」


 黄金竜。


 あれほどの資産を保有しながら。


 会社はたった数人。


 事業計画も緩やか。


 利益拡大を急がない。


「剣崎凛さん」


 護衛。


 武力。


 忠誠心。


「黒沼摩夜さん」


 情報収集。


 分析。


 世論誘導。


「猫宮陽葵さん」


 配信。


 広告効果。


 人気。


 一人ずつ評価を終え。


 真利は全員の名前へ一本の線を引いた。


「共通点」


 その文字を書き加える。


「勇者様が笑っていれば、それで満足」


 静かな部屋に、その言葉だけが響く。


 真利は少しだけ首を傾げた。


「理解できませんわね」


 世界を変えられる存在がいる。


 ならば。


 その力を最大限活用する。


 それが当然ではないのか。


「本人が楽しければ十分」


「好きなことをやらせたい」


「無理はさせたくない」


 動画の中で見え隠れする周囲の考え方を整理すると、そんな結論へ辿り着く。


 真利は小さくため息を吐いた。


「甘すぎますわ」


 これほどの資産を。


 まるで宝石を庭石代わりに使うような感覚で扱っている。


「世界は勇者様を必要としております」


 飢餓。


 病。


 環境問題。


 エネルギー。


 資源。


 戦争。


 貧困。


 その全てを終わらせられる可能性を持つ人物が。


 今は京都で豪遊旅行を楽しんでいる。


「もちろん」


 真利は首を横に振る。


「勇者様は悪くありません」


 価値を知らないのだから。


 知らないまま笑っているだけなのだから。


 問題は。


「周囲ですわ」


 価値を理解しているはずの人間たちが。


 その価値から目を逸らしている。


 本人の自由。


 本人の幸せ。


 そんな言葉を理由にして。


 世界を変える可能性を眠らせている。


「それは」


 静かに告げる。


「資産管理として失格ですわ」


 真利は資料を閉じる。


 ここまで分析して、一つだけ確信したことがある。


「やはり」


 その声には迷いがなかった。


「勇者様は、私の手元にあるべき存在ですわ」


 自分なら。


 勇者様の価値を誰よりも理解できる。


 自分なら。


 勇者様の力で世界中へ利益を還元できる。


 自分なら。


 勇者様の可能性を、一つたりとも無駄にはしない。


 だから。


「結論は変わりませんわね」


 真利は最後の一枚を取り出した。


 そこには、たった一行だけ書かれている。


『勇者様獲得計画』


 その下へ、新たな一文を書き加えた。


『投入可能資産 制限なし』


 会社。


 株式。


 不動産。


 現金。


 特許。


 人材。


 世界中に持つ企業ネットワーク。


 政治。


 経済。


 信用。


 影響力。


 必要なら。


 その全てを使う。


 いや。


 その全てを失っても構わない。


 真利は静かに微笑んだ。


「勇者様さえ手に入れば」


 世界一の企業を失っても。


 世界一の資産家でなくなっても。


 何も問題はない。


 なぜなら。


「世界最高の資産は、勇者様ご自身なのですから」


 その瞳は静かに細められる。


 まるで長年探し続けた至宝を、ようやく見つけた収集家のように。


「それでは始めましょう」


 真利は立ち上がる。


 障子の向こうでは、夕日が完全に沈もうとしていた。


「勇者様を、お迎えする準備を」


 その一言とともに。


 世界最大級の企業グループが、ただ一人の高校生を手に入れるためだけに動き始めようとしていた。


 真利は窓際へ歩み寄った。


 京都の夜景が少しずつ灯り始めている。


 その光を眺めながら、小さく呟いた。


「まずは現実的なお話をいたしましょう」


 理想だけでは、人は手に入らない。


 世界最高の投資家だからこそ知っている。


 どれほど価値ある企業でも。


 どれほど優秀な人材でも。


 最初に試すべきは、いつだって一つだった。


「買収ですわ」


 簡潔だった。


 敵対的買収。


 友好的買収。


 業務提携。


 株式交換。


 資本参加。


 名称は違っても本質は同じ。


「相手が望む対価を提示する」


 それだけである。


 真利は資料へ新たな見出しを書き加えた。


『一ノ瀬晴人 買収可能性』


「さて」


 少し考える。


「……失敗しますわね」


 あっさり結論が出た。


 動画を見続けて理解した。


 勇者様は、お金へ執着しない。


 一兆円規模の黄金竜を生み出しながら。


 本人は高級料理を食べて喜び。


 ヘリコプターではしゃぎ。


 旅行を満喫している。


 あの笑顔に、金額は存在しない。


「十兆円でも。」


「百兆円でも。」


「意味はありません」


 欲しい物が違う。


 勇者様が求めているのは。


 承認。


 仲間。


 楽しい時間。


 面白い企画。


 それだけだ。


「脅迫も論外」


 異世界最強の勇者。


 国家程度の武力で屈する相手ではない。


 誘拐。


 拘束。


 暗殺。


 どれも成立しない。


 真利は静かに頷いた。


「ええ。」


「だから普通なら手詰まりですわ」


 普通なら。


 だが。


 真利だけは違う。


 彼女には。


 世界中の誰も持っていない、一枚のカードがあった。


 資料へ大きく書く。


『魔法が本物であるという確信』


 その文字を、じっと見つめる。


「これが全てですわ」


 世間は。


 CG。


 特殊効果。


 最新技術。


 企業案件。


 そんな説明で納得している。


 だが真利だけは違う。


 異世界を知っている。


 勇者様を知っている。


 あの魔法を知っている。


「黄金錬成。」


「空間転移。」


「治癒魔法。」


「飛行魔法。」


「結界。」


「錬金術。」


 どれも。


 演出ではない。


「本物」


 断言できる。


 しかも。


「私の言葉には信用があります」


 世界最大級の企業グループを率いる経営者。


 国家元首。


 中央銀行総裁。


 巨大ファンド。


 各国政府。


 誰もが真利の発言を無視できない。


「例えば」


 真利は静かに微笑んだ。


「ある国の情報機関へ、一通の報告書を送るとしましょう」


 内容は簡単。


『一ノ瀬晴人は本物の魔法使いです』


 それだけ。


 証拠として動画を添付する。


 そして。


 送り主の署名。


『真利・R・ヴァイン』


 たったそれだけで。


 担当者は笑わない。


 まず裏付け調査を始める。


 次に。


 組織内で共有される。


 そして。


 政府へ上がる。


 やがて。


 国家安全保障案件となる。


「私が言えば」


 真利は静かに言い切る。


「世界は疑う前に調査を始めます」


 それほどの信用を積み重ねてきた。


 数十年。


 投資家として。


 経営者として。


 一度たりとも世界を誤らせなかった。


 だから。


「私が『本物』と言えば」


 世界は。


「本物かもしれない」


 ではなく。


「本物である可能性を前提に動きます」


 それが真利という存在だった。


 部屋に静寂が落ちる。


 しばらくして。


 真利はゆっくりと首を横へ振った。


「ですが」


 そのカードを切れば。


 勇者様は世界中から狙われる。


 研究対象として。


 軍事資産として。


 国家戦略そのものとして。


 各国が動き始める。


 勇者様の日常は、その瞬間に終わる。


 真利は静かに目を閉じた。


「……それは望みませんわ」


 欲しいのは。


 勇者様が笑っている未来。


 その笑顔を、自分の隣で見続ける未来だ。


 世界中へ奪い合いを始めさせることではない。


 だから。


 このカードは。


「最後の切り札」


 使わずに済むなら、それが最善。


 だが。


 もし。


 勇者様を失う未来が訪れるのなら。


 その時は躊躇しない。


 世界を巻き込んでも。


 国家を敵に回しても。


 構わない。


 真利は静かに資料を閉じた。


「まずは平和的に」


 そう呟く。


「ですが」


 その口元には、わずかな笑みが浮かぶ。


「私には、いつでも盤面をひっくり返せる札がございます」


 その事実だけで十分だった。


 真利は誰よりも冷静に理解していた。


 この世界で。


 一ノ瀬晴人の正体を、本当の意味で資産として評価できる人間は。


 今はまだ。


 自分しか存在しないのだから。



 真利は静かにノートパソコンを閉じた。


 机の上には、分析資料が整然と積み重ねられている。


 資産価値。


 人物評価。


 交渉可能性。


 想定される障害。


 代替案。


 撤退条件。


 その全てに目を通し終えた彼女は、小さく息を吐いた。


「それでは」


 世界最高峰の企業買収は。


 いつだって同じところから始まる。


「最初のご挨拶ですわ」


 スマートフォンを手に取る。


 送り先は六人。


 一ノ瀬晴人。


 如月結衣。


 西園寺聖奈。


 剣崎凛。


 黒沼摩夜。


 猫宮陽葵。


 全員へ同じ文章を送信する。


 本文は短かった。


『皆様へ。


 本日、私は一つの結論へ至りました。


 私は一ノ瀬晴人様こそ、この世界で最も価値ある存在であると判断しております。


 そして、その価値を最も活かせるのは私であるとも確信いたしました。


 よって本日をもちまして、私は一ノ瀬晴人様を私のもとへお迎えするため、全力を尽くします。


 どうか止められるものなら、お止めくださいませ。


 真利・R・ヴァイン』


 送信。


 たった数秒。


 それだけで終わった。


「これでよろしいですわ」


 挑発ではない。


 宣言。


 世界最高の投資家として。


 これから敵対的買収を開始するという正式な通知だった。



――――――



 同じ頃。


 京都の最高級ヴィラ。


「ん?」


 ソファへ寝転がっていたハルトのスマートフォンが震えた。


「真利さん?」


 何だろうと思いながら本文を読む。


「えっと……」


 数秒考える。


「結衣ー!」


「どうしたの?」


「なんか俺、真利さんに褒められてる!」


「……は?」


 結衣がスマートフォンを受け取る。


 一行目を読んだ瞬間。


 表情が消えた。


「これ……」


 そのまま最後まで読む。


 そして静かに息を吐く。


「始まったわね……」



――――――



 聖奈もまた、自室で通知を見つめていた。


 最後まで読み終えると、小さく笑う。


「なるほど」


 そう来ましたか。


 正面から。


 隠しもせず。


「真利さんらしいですね」


 だが、その瞳から笑みは消えていた。


「面白いです」


「受けて立ちます」



――――――



 凛は腕を組みながら画面を見る。


「所有……だと?」


 騎士だった頃の記憶が蘇る。


 主君。


 忠誠。


 囲い込み。


「笑わせるな」


 スマートフォンを閉じる。


「勇者様は誰の物でもない」


 短く、それだけ呟いた。



――――――



 摩夜はメールを読み終えるなり、すぐにノートパソコンを開いた。


「宣言してから動く?」


 眉をひそめる。


「違う」


 これは。


「宣言した上で勝てるって確信してる顔ね」


 その自信の根拠は何か。


 既に情報戦は始まっている。


「……厄介」


 摩夜は珍しく苦い顔をした。



――――――



 陽葵はベッドへ寝転がったまま首を傾げた。


「お迎え?」


 文章を何度も読み返す。


「えっと……」


「ハルト先輩って、迷子の猫じゃないよね?」


 数秒考えた後。


「よく分かんないけど!」


 勢いよく立ち上がる。


「とりあえず結衣先輩のところ行こ!」


 そのまま部屋を飛び出していった。



――――――



 そして。


 京都市内。


 高層ホテル最上階。


 真利は夜景を見下ろしていた。


 六人全員が、今頃この通知を読んでいるだろう。


 驚く者。


 警戒する者。


 意味が分からない者。


 反応は様々だ。


 だが、それでいい。


「敵対的買収とは」


 静かにワイングラスを傾ける。


「相手へ敬意を払うことから始まります」


 隠し事はしない。


 騙し討ちもしない。


 私はあなたを手に入れます。


 そう最初に伝える。


 その上で勝つ。


 それが真利・R・ヴァインの流儀だった。


 もし。


 この方法で届かなければ。


 その時は別の道を選ぶ。


 友好的買収。


 提携。


 信頼。


 いくらでも手段はある。


 だが最初だけは。


 正面から。


 真っ向勝負で。


「勇者様」


 夜景へ向かって、小さく微笑む。


「あなたは、どこまで私の想像を超えてくださるのでしょう」


 その瞳に宿るのは敵意ではない。


 期待だった。


 世界最高の資産家が。


 世界最高の資産へ向ける、純粋な期待。


 真利は静かに口角を上げる。


「ええ」


「これからが、本番ですわ」


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