第59話 旅の終わりは、一服のおもてなし
京都で迎える三日目の朝。
豪遊旅行も、いよいよ最後の予定を残すのみとなっていた。
窓から差し込む朝日が、広々としたリビングを優しく照らす。
昨夜まで泊まっていた最高級ヴィラには、すでにスタッフたちが静かに出入りし、荷物の運び出しが進められていた。
「忘れ物ないかー?」
ハルトが大きなバッグを肩に担ぎながら振り返る。
「私は大丈夫!」
結衣が元気よく答える。
「撮影機材も全部ケースに収納済みです」
陽葵も小さく頭を下げる。
「ネットワーク機器も回収済み。データはクラウドと物理媒体の両方に保存してある」
摩夜が淡々と言う。
「警備会社との契約終了手続きも済ませております」
聖奈が微笑み、
「周囲に不審者もおりません」
凛が最後に確認する。
六人はそれぞれ役割を終え、玄関へ集まった。
この二泊三日を過ごしたヴィラとも、これでお別れである。
「いやー、本当にすごい宿だったな!」
ハルトは最後にもう一度建物を見上げた。
「こんな家に住んでる人って、本当にいるんだな。」
「勇者様でしたら、いつでもご用意できますよ?」
聖奈がさらりと言う。
「いやいや! 住むには広すぎるって!」
「その前に掃除だけで一日終わるわよ」
結衣が苦笑する。
「確かに」
ハルトも思わず笑った。
スタッフが玄関の扉を開く。
「この度はご利用いただき、誠にありがとうございました。」
全員が軽く会釈し、ヴィラを後にする。
チェックアウトを終えた一行を待っていたのは、昨日と同じ黒塗りの高級車だった。
荷物が積み込まれると、六人はゆったりとした車内へ乗り込む。
目的地は、この旅行最後の撮影場所。
京都でも名高い茶道家元が営む茶屋だった。
車が静かに走り始める。
「そういえば、今日のお店ってどんなところなんだ?」
ハルトが助手席越しに尋ねる。
その問いに答えたのは聖奈だった。
「今回お邪魔するのは、代々続く茶道家元が営まれている茶屋です。」
「家元って、お茶の先生みたいな人だよな?」
「はい。茶道には流派があり、その流派を受け継ぐ最高責任者が家元です。」
「へぇ。」
「普段は茶会や弟子の指導を中心に活動されていますが、その敷地の一角で、ごく限られたお客様向けに茶屋も営まれております。」
「じゃあ普通のお店じゃないのか。」
「予約自体が非常に難しい場所ですね。」
聖奈は穏やかに頷いた。
「今回は動画撮影の趣旨をご説明したところ、『ぜひ京都の文化を正しく伝えてほしい』とご快諾いただきました。」
「すごい人だったんだな。」
「茶道の世界では知らない人はいないほどのお方ですよ。」
結衣も感心したように言う。
「でも、お茶を飲むだけで動画になるの?」
「なるよ。」
答えたのは摩夜だった。
「海外の視聴者は日本文化への関心が高い。茶道は人気の題材だ。」
「なるほど!」
「それに今回は茶室ではなく、野点だそうです。」
陽葵が嬉しそうに付け加えた。
「野点?」
「屋外でお茶をいただく茶会のことです。」
「へぇ!」
ハルトの目が輝く。
「外でやるのか! それ面白そう!」
「今日は庭園を見ながら、本格的なお茶を楽しめるそうですよ。」
「いいじゃん!」
ハルトは期待に胸を膨らませた。
「旅行の最後にぴったりだな!」
「ええ。」
聖奈も微笑む。
「京都らしい締めくくりになるかと思います。」
車窓には、古い町並みが流れていく。
石畳。
町家。
暖簾の揺れる小さな店。
観光地とは少し離れた静かな通りには、朝ならではの穏やかな空気が漂っていた。
「この三日間、本当にあっという間だったね。」
結衣が窓の外を見ながら呟く。
「だな。」
ハルトも頷く。
「天橋立もすごかったし、ヘリコプターも初めてだったし。」
「花火も綺麗でした。」
陽葵が小さく笑う。
「料理も全部おいしかった。」
「主が特に喜ばれていたのは、昨夜の京懐石でしたね。」
「いや、全部うまかった!」
「食べすぎてたけどね。」
結衣が肩をすくめる。
「旅先だからな!」
「毎回その理屈じゃない。」
車内に笑い声が広がる。
こうして何気ない思い出話を交わしている時間も、この旅行ならではだった。
しばらくすると、市街地を離れ、車は緑豊かな道へ入る。
窓の外には竹林が広がり、その先には静かな日本庭園を思わせる景色が見え始めていた。
「着きました。」
運転手の一言で、車がゆっくりと止まる。
門の向こうには、風格ある数寄屋造りの建物。
手入れの行き届いた庭園。
木々の間を吹き抜ける朝風が、葉を優しく揺らしている。
「わぁ……。」
結衣が思わず息を呑んだ。
「ここがお茶屋さん?」
「正確には茶屋と庭園、それに茶室を備えた施設ですね。」
聖奈が説明する。
「本日は庭園内で野点をご用意してくださっております。」
「楽しみだ!」
ハルトはいつもの笑顔で車を降りた。
豪遊旅行、最後のおもてなし。
京都の静けさに包まれながら、一行はゆっくりと茶屋の門をくぐっていくのだった。
重厚な木の門をくぐると、外の世界とは別の時間が流れているようだった。
聞こえるのは、木々を揺らす風の音。
遠くで響く鹿威しの「こん」という澄んだ音。
そして小川のせせらぎだけ。
「……すごい。」
最初に声を漏らしたのは結衣だった。
庭園は決して派手ではない。
しかし、一歩進むごとに景色が移り変わり、まるで一枚の絵画の中を歩いているような美しさがあった。
青々とした苔。
丁寧に配置された飛び石。
赤や緑の葉を揺らす楓。
池には色鮮やかな錦鯉がゆったりと泳ぎ、その水面には青空と木々が鏡のように映り込んでいる。
「これ全部、人の手で作った庭なんですよね?」
陽葵が感心したように見回す。
「はい。」
案内役の仲居が穏やかに頷く。
「こちらの庭園は四季それぞれの景色を楽しめるよう、長い年月をかけて整えられております。本日は夏の緑が一番美しい時期でございます。」
「季節ごとに違う景色になるのか。」
ハルトは興味深そうに辺りを見渡した。
「秋には紅葉、冬には雪景色、春には桜が楽しめます。」
「全部見てみたい!」
子どものような反応に、一同が小さく笑う。
「勇者様なら、本当に季節ごとに来られそうですね。」
聖奈がくすりと微笑む。
「いやいや、旅行はたまに来るから特別なんだって。」
「その発言、昨日まで一億円規模の豪遊をしていた人とは思えないわね。」
「それとこれとは別!」
結衣のツッコミに、再び笑いが起きる。
やがて庭園の奥へ進むと、木々が開けた。
「わぁ……!」
陽葵が思わず声を上げる。
そこには広々とした芝生が広がり、その中央に深紅の大きな毛氈が敷かれていた。
赤い毛氈の上には漆塗りの長机。
美しく並べられた茶道具。
黒く艶やかな茶釜。
竹で作られた柄杓。
茶筅に茶杓。
一つひとつが芸術品のような存在感を放っている。
その周囲を取り囲むように、背の高い松や楓が木陰を作り、柔らかな風が葉を揺らしていた。
見上げれば、雲一つない青空。
屋外でありながら、不思議と落ち着いた静寂が辺りを包んでいる。
「これが野点……。」
結衣は思わず息を呑む。
「想像してたのと全然違う……。」
「もっと簡単にお茶を飲むだけかと思ってました。」
陽葵も目を丸くする。
「本格的ですね。」
摩夜は静かに茶道具へ視線を向ける。
「動画映えする。」
「そこなの?」
結衣が思わず笑う。
「視聴者の反応を予測しただけ。」
「まあ、確かにすごい絵面だけど。」
ハルトは毛氈の上へ視線を向けながら、感心したように頷いた。
「なんか、お祭りみたいだな!」
「勇者様らしい感想ですね。」
聖奈が優しく笑う。
「野点は、自然の景色そのものもおもてなしの一つとされております。」
「景色も料理の一部みたいなものか。」
「はい。茶室とはまた違った趣があります。」
ハルトはゆっくりと周囲を見渡した。
吹き抜ける風。
鳥のさえずり。
木漏れ日。
耳を澄ませば、水が流れる音まで聞こえてくる。
「確かに、ここで飲むお茶は特別な感じがするな。」
そんな何気ない一言に、案内役も嬉しそうに微笑んだ。
「そのように感じていただけることが、何よりでございます。」
その時、奥の茶室から一人の男性が姿を現した。
白い足袋に、落ち着いた色合いの和装。
年齢は六十代ほど。
歩みはゆっくりとしているが、その一歩一歩には長年茶道を極めてきた者だけが持つ静かな風格があった。
周囲の空気まで自然と引き締まる。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました。」
柔らかな笑みを浮かべながら、一同へ丁寧に一礼する。
その姿に、聖奈たちも自然と頭を下げた。
「本日は肩肘張らず、京都の自然とともに一服を楽しんでいただければ幸いです。」
穏やかな声が庭園に溶け込む。
堅苦しさはない。
しかし、その言葉だけで、この場所に流れる空気がさらに静かになったように感じられた。
「よろしくお願いします!」
ハルトはいつものように元気よく頭を下げる。
その飾らない笑顔を見て、家元も優しく目を細めた。
「それでは、どうぞお席へ。」
一同は赤い毛氈の上へ案内され、それぞれ決められた席へ腰を下ろす。
目の前には、美しく整えられた茶道具。
頬を撫でる心地よい夏風。
京都最後の思い出となる、本格的な野点が、いよいよ始まろうとしていた。
全員が席に着くと、庭園には再び静寂が戻った。
木々を揺らす風。
池の水面を渡るさざ波。
鳥のさえずり。
そのどれもが、この場では一つのおもてなしであるかのように感じられる。
「野点は、自然そのものを茶室とする茶会でございます。」
家元が穏やかな口調で語り始めた。
「風の音も、鳥の声も、木漏れ日も、すべて一期一会。この瞬間は二度と同じものにはなりません。」
ハルトは周囲を見渡した。
確かに同じ景色は二度とない。
風が吹けば葉が揺れ、雲が流れれば光の差し方も変わる。
異世界でも自然を愛でる文化はあったが、こうして自然そのものをもてなしにするという考え方は新鮮だった。
「なんか、すごく贅沢だな。」
その一言に、家元は優しく頷く。
「何も足さず、何も引かない贅沢でございます。」
その言葉を合図にするように、数名の弟子たちが静かに動き始めた。
まず運ばれてきたのは、一人ひとりの前へ置かれる懐紙と黒文字。
「こちらはお茶菓子を召し上がる際にお使いください。」
説明を受けながら、全員が見よう見まねで懐紙を膝の前へ置く。
「これも使うんだ。」
結衣が小さく呟く。
「知らなかった……。」
「テレビで見たことはあります。」
陽葵も興味深そうに黒文字を眺めている。
続いて、美しい漆盆に乗せられた生菓子が運ばれてきた。
透明感のある練り切り。
朝露を思わせる淡い水色と若葉色。
中央には小さな金箔が一枚だけ添えられ、まるで夏の庭園そのものを閉じ込めたような意匠だった。
「本日の主菓子、『清風』でございます。」
家元が紹介する。
「夏の涼風を表現しております。」
「食べるのがもったいないくらい綺麗ですね。」
陽葵が目を輝かせる。
「芸術作品だな。」
ハルトも思わず感心した。
「こちらは先にお召し上がりください。」
促され、一同は黒文字で静かに菓子を切り分ける。
ハルトも見よう見まねで挑戦するが、
「……これ難しいな。」
少し力を入れすぎて菓子がぷるんと揺れた。
「ふふっ。」
結衣が吹き出す。
「力加減!」
「剣より難しいぞ!」
「比べるものがおかしいから。」
家元も微笑みながら口を開いた。
「初めての方は皆様そうおっしゃいます。」
その一言で場の空気が和み、一同も安心したように菓子へ手を伸ばす。
口へ運ぶと、上品な甘さがふわりと広がった。
「……おいしい。」
結衣が目を丸くする。
「甘いけど全然くどくない。」
「後味がすごく軽いですね。」
陽葵も驚いたように頷く。
「これがお抹茶に合う甘さになるよう作られております。」
家元の説明に、全員が納得したように頷いた。
菓子をいただき終えると、いよいよ点前が始まる。
家元は袱紗を取り出し、茶杓、茶入れを一つひとつ丁寧に清めていく。
その所作には一切の無駄がない。
まるで長年磨き続けた演舞を見ているようだった。
摩夜はじっと見つめる。
「全部決まった動きなんですね。」
「はい。」
聖奈が小声で答える。
「流派によって違いはありますが、一つひとつに意味があります。」
茶碗を清める。
茶筅を整える。
柄杓で湯を汲み、静かに茶碗へ注ぐ。
茶筅が細かく動くたび、しゃか、しゃか、と心地よい音が庭園へ響いた。
風の音と重なり、不思議と耳に心地よい。
「なんか……見てるだけで落ち着くな。」
ハルトが思わず漏らす。
「ASMRですね。」
陽葵が小さく笑う。
「確かに。」
結衣も頷く。
「動画でずっと流してても癒やされそう。」
「海外でも人気がある理由が分かる。」
摩夜も珍しく感心したように呟いた。
やがて、一碗目が完成する。
鮮やかな緑。
きめ細かな泡が均一に立ち、まるで翡翠を溶かしたような美しさだった。
家元は最初の茶碗をハルトの前へ静かに置く。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
教えられた通り、ハルトは一礼し、茶碗を両手で持ち上げる。
「正面を避けるため、二度ほど茶碗をお回しください。」
「こうですか?」
「はい、その通りでございます。」
ゆっくりと茶碗を回す。
ほんの少し緊張した様子で口をつけるハルトを、結衣たちは興味津々で見守っていた。
ハルトは教わった通り、茶碗を二度ほど静かに回す。
そして、ゆっくりと一口。
「……おぉ。」
思わず声が漏れた。
「苦いと思ってたけど、意外とうまい。」
率直な感想に、家元が穏やかに微笑む。
「先ほど召し上がっていただいた主菓子との調和を考えておりますので。」
「ああ、だからか。」
もう一口飲む。
先ほどまで口の中に残っていた上品な甘みが、お茶のほろ苦さによって綺麗に流される。
爽やかな香りだけが余韻として残った。
「これ、すごいな。」
「ありがとうございます。」
家元は静かに頭を下げる。
その後、一人ひとりへお茶が振る舞われていく。
「おいしい……。」
結衣は茶碗を両手で包みながら小さく呟いた。
「私、お抹茶ってもっと苦いものだと思ってた。」
「私もです。」
陽葵も嬉しそうに頷く。
「甘いお菓子を先に食べる理由が分かりました。」
「理にかなっている。」
摩夜も静かに茶碗を眺める。
「味だけじゃなく、順番まで含めて完成している。」
「茶道は、お茶だけではなく、その時間そのものを楽しむ文化でもございます。」
家元が穏やかに答えた。
「皆様がこうして会話を交わされていることも、今日だけの一期一会でございます。」
その言葉に、一同は自然と顔を見合わせた。
「そう考えると、この旅行もあっという間だったな。」
ハルトが庭園を眺めながら言う。
「金曜日の放課後に学校を出たばっかりだと思ってたのに。」
「もう帰る日だもんね。」
結衣も少し名残惜しそうに笑う。
「でも、本当に濃い三日間だった。」
「最初のプライベートジェットから驚きっぱなしでした。」
陽葵が苦笑する。
「まさか自分が乗る日が来るなんて思いませんでした。」
「ヘリコプターも初めてだった。」
摩夜が淡々と言う。
「思っていたより静かだった。」
「私は花火が一番印象に残っています。」
凛が珍しく自分から話し始めた。
「勇者様が子どものようにはしゃいでおられましたので。」
「だって目の前で上がってたんだぞ!」
ハルトが笑う。
「普通テンション上がるだろ!」
「ええ、私も楽しかったです。」
聖奈が柔らかく微笑む。
「皆様と過ごせたことが、一番の思い出になりました。」
その言葉に、結衣たちも頷いた。
「料理も全部おいしかったし。」
「ヴィラもすごかった。」
「天橋立も綺麗でした。」
「野点も体験できた。」
一つひとつ思い返すたび、この旅行がどれだけ充実していたかを実感する。
すると、ハルトがにやりと笑った。
「じゃあさ。」
全員の視線が集まる。
「また行こうぜ。」
「え?」
結衣が目を丸くする。
「また豪遊旅行!」
ハルトは楽しそうに続ける。
「今回は週末だから二泊三日しか無理だったけど、次はもっと長く行こう。」
「もっと長く?」
「夏休みとか春休みなら何週間でも行けるだろ?」
あまりにも自然に言うので、結衣は思わず吹き出した。
「何週間って……。」
「せっかくなら海外とかも行ってみたいし、国内でもまだまだ行ったことない場所あるじゃん。」
ハルトは指を折りながら数え始める。
「北海道とか沖縄とか温泉地とか。」
「全部回りたい!」
「発想が小学生の夏休みなのよ。」
結衣が笑いながらツッコむ。
「でも、今なら本当にできちゃうのが怖いところよね。」
「資金は十分ございます。」
聖奈がさらりと言う。
「会社としても問題ありません。」
「もし豪遊動画が大成功したら、その利益でまた豪遊旅行!」
ハルトが拳を握る。
「もし伸びなかったら?」
結衣が尋ねる。
「その時はプライベートで行けばいい!」
即答だった。
「旅行は動画がなくても楽しいからな!」
そのあまりにも迷いのない答えに、一瞬静まり返る。
そして。
「あははは!」
陽葵が声を上げて笑った。
「それは確かにそうですね。」
「目的と手段が逆転してる。」
摩夜が呆れたように呟く。
「勇者様らしいです。」
凛も小さく笑みを浮かべる。
「……ふふ。」
聖奈も口元を押さえながら笑っていた。
「皆様がお望みでしたら、次回も全力でご用意いたします。」
「決まりだな!」
ハルトは満面の笑みを浮かべる。
「次は何週間もかけて、思いっきり遊ぼう!」
その言葉に、誰も反対する者はいなかった。
穏やかな風が庭園を吹き抜ける。
京都最後の一服を味わいながら、一同は次の旅の約束に自然と胸を弾ませていた。
野点を終え、一同は家元へ深く頭を下げた。
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。」
聖奈が代表して礼を述べる。
「こちらこそ。」
家元は穏やかに微笑んだ。
「皆様のおかげで、若い方にも茶道の魅力をお伝えできる機会となりました。」
「また来ます!」
ハルトが笑顔で答える。
「その時は違う季節のお庭も見てみたいです!」
「ええ。秋も冬も、それぞれ趣がございます。」
家元は優しく頷いた。
「いつでもお待ちしております。」
一同が庭園を後にすると、そのまま茶屋に併設された売店へ案内される。
店内には京都らしい品々がずらりと並んでいた。
茶葉。
抹茶。
茶筅。
茶碗。
和三盆。
羊羹。
練り切り。
季節限定のお菓子。
急須や湯呑みまで、美しく陳列されている。
「おぉー!」
ハルトが目を輝かせた。
「これ全部お土産?」
「はい。」
聖奈が微笑む。
「こちらの商品は事前に準備をお願いしております。」
「え?」
ハルトが首を傾げた、その瞬間。
奥の倉庫からスタッフたちが次々と姿を現した。
一人。
二人。
三人。
十人近いスタッフが、台車を押してやってくる。
その台車には、大量の箱。
さらにその後ろから、また台車。
さらにまた台車。
「……。」
ハルトが固まる。
「……え?」
結衣も思わず瞬きを繰り返した。
「まだあるの?」
答えるように、さらに奥から台車が現れる。
抹茶セット。
高級茶葉。
和菓子詰め合わせ。
限定缶。
茶碗。
湯呑み。
贈答用木箱。
積み上げられた段ボールが、小さな山を作っていた。
「こちらが事前にご予約いただいておりましたお品でございます。」
店員が一礼する。
「総数、およそ一千点になります。」
「せ、千!?」
結衣が思わず大声を上げた。
「こんなの誰が買うのよ!」
「俺!」
ハルトが即答する。
「いや即答するな!」
一同が笑う。
「もちろん家族や学校のみんなにも渡したいし。」
ハルトは山積みの商品を見ながら続けた。
「動画見てくれた人にもプレゼントしたいじゃん。」
「ああ。」
摩夜が頷く。
「視聴者プレゼント企画。」
「それいい!」
陽葵も嬉しそうに声を上げた。
「京都のお土産なら喜ばれそうです!」
「抽選でプレゼントすれば盛り上がるわね。」
結衣もすぐに企画として頭の中で組み立て始める。
「動画の最後に応募方法を案内すればいいか。」
「学校の先生たちにも渡そう。」
ハルトは指を折りながら数え始める。
「父さん母さん、おじさん、おばさん、近所の人たち、クラスのみんな、先生、会社のみんな……。」
「その人数でも千個はいらないでしょ。」
「余ったらまた配ればいい!」
「配る前提なんだ。」
結衣は呆れながらも笑っていた。
「しかし壮観ですね。」
凛が積み上げられた箱を見上げる。
「戦場の補給物資のようです。」
「例えが騎士団長なのよ。」
「配送につきましては、すべて弊社で承ります。」
店員が説明する。
「ご指定いただいたご住所へ、本日中に発送いたします。」
「助かります!」
ハルトは満面の笑みで頷いた。
「これ自分たちで運ぶの無理だもんな!」
「プライベートジェットでも積み切れませんね。」
聖奈がくすりと笑う。
「確かに。」
ハルトも豪快に笑った。
支払いを終え、スタッフたちが次々と配送手続きを進めていく。
売店の中は、一時ちょっとした物流センターのような光景になっていた。
「これで京都のお土産も完璧!」
ハルトは満足そうに頷く。
「これだけ買えば思い残すことないな!」
「十分すぎるくらいよ。」
結衣が苦笑する。
その時、聖奈のスマートフォンへ一件の連絡が入った。
「勇者様。」
「ん?」
「空港の受け入れ準備が整ったそうです。」
「お、ちょうどいい!」
ハルトは立ち上がる。
「それじゃあ、帰るか!」
その一言に、一同が頷いた。
茶屋を後にすると、黒塗りの高級車が静かに待機している。
六人は乗り込み、京都の街並みをゆっくりと後にした。
窓の外には、名残惜しい古都の風景。
三日間にわたる豪遊旅行。
その撮影は、これにてすべて終了である。
だが彼らはまだ知らない。
この旅行で撮影された数々の映像が公開された瞬間、日本中――いや、世界中の視聴者を大混乱へ陥れることになることを。
そして『炎の勇者チャンネル』史上最大級の反響が、今まさに始まろうとしていた。




