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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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14/30

第13話 バズりの代償は、静寂の崩壊

 深夜。


 静かな部屋だった。


 壁に掛けられた竹刀。


 全国大会優勝の賞状。


 無数のトロフィー。


 だが、その少女にとってそれらは何の価値も持たない。


 机の上に置かれたスマホ。


 そこに映し出されている動画だけが、今の彼女の世界だった。


『【100億の島で】隕石落としてみた【CGなし】』


 再生数。


 三億八千万回。


 公開からわずか十数時間。


 コメント数は数十万件。


 世界中で話題になっている動画。


 だが。


 少女の視線は数字など見ていなかった。


 画面の中。


 夕焼けの海。


 巨大な魔法陣。


 空から落ちる隕石。


 そして。


 その全てを当然のように見上げている少年。


「…………」


 少女は息を止めた。


 長い黒髪。


 凛とした顔立ち。


 剣士特有の真っ直ぐな瞳。


 剣崎凛。


 女子剣道界において伝説と呼ばれる高校生だった。


 全国大会三連覇。


 中学時代から無敗。


 高校生ながら既にテレビ番組でも特集が組まれる存在。


 だが。


 彼女自身はそんな称号に何の興味もなかった。


 なぜなら。


 彼女の中には。


 ずっと埋まったままの空白があったからだ。


 何かを忘れている。


 とても大切な何かを。


 ずっと。


 ずっと。


 探し続けていた。


 そして。


 動画の中の少年が笑った瞬間。


 全てが繋がった。


『いやー! これ絶対バズるだろ!』


 その笑顔。


 その声。


 その能天気さ。


 その理不尽さ。


 その圧倒的な強さ。


 瞬間。


 脳の奥で何かが弾けた。


「――――あ」


 知らないはずの景色。


 戦場。


 剣。


 炎。


 魔物。


 血。


 絶望。


 そして。


 誰よりも前を歩く背中。


『リーゼ、そこ右な』


『はい!』


『いやー助かった助かった』


『主の剣ですので』


『堅い堅い』


『はっ』


 記憶が流れ込む。


 止まらない。


 止められない。


 彼女は思い出した。


 自分が誰だったのか。


 何のために生きていたのか。


 誰に仕えていたのか。


 そして。


 誰を愛していたのか。


「……主」


 ぽつりと呟く。


 声が震えていた。


 目から涙が落ちる。


 気付いていなかった。


 いつの間にか泣いていた。


 画面の向こう。


 相変わらず呑気に笑っている少年を見つめながら。


「主……」


 ぎりっ。


 手の中で音が鳴った。


 握っていた竹刀。


 竹製のはずのそれが。


 まるで紙細工のように潰れていた。


 凛は気付かない。


 視線は画面から一度も離れない。


「見つけました」


 異世界最強の女騎士。


 リーゼロッテ。


 その魂が。


 今。


 完全に目覚めた。


「今度こそ」


 静かに立ち上がる。


「今度こそ、お傍に」


 その瞳に宿る熱は。


 恋心などという可愛らしい言葉では表現できない。


 信仰。


 忠誠。


 執着。


 献身。


 その全てが混ざった狂気だった。


「お待ちください」


 彼女は笑う。


 久しぶりに。


 本当に久しぶりに。


 心から。


「主」



――――――



 翌朝。


 私立青葉高校。


 教室。


「やべぇぇぇぇぇぇ!」


「見たか昨日のやつ!?」


「隕石だぞ隕石!」


「いやCGだろ!」


「CGで済む規模じゃねぇだろあれ!」


「でも本物ならもっとヤバいだろ!」


 朝から大騒ぎだった。


 教室だけではない。


 廊下も。


 階段も。


 校庭も。


 職員室前ですら。


 話題は一つしかなかった。


『隕石動画』


 世界中を騒がせている炎の勇者チャンネル最新作である。


「軍事系配信者が反応してたぞ」


「海外ニュースにも出てたらしい」


「NASAまで反応したってマジ?」


「VFX会社が降参宣言したって見た」


「いやあれ絶対何か新技術だろ」


「つーかスポンサー何者だよ」


「島からおかしいんだよあのチャンネル」


 騒ぎは収まる気配がない。


 それも当然だった。


 昨日までの炎の勇者チャンネルも十分おかしかった。


 炎で炒飯。


 雷で充電。


 氷で巨大彫刻。


 常識外れだった。


 だが。


 今回は規模が違う。


 隕石である。


 しかも戦艦を吹き飛ばしている。


 意味が分からない。


 だからこそ。


 世界中が熱狂していた。


 そんな中。


「ふっふっふっふ」


 一人だけ。


 異様に機嫌のいい男がいた。


 一ノ瀬晴人。


 当事者である。


「見ろ結衣」


「はいはい」


「登録者三百万人増えた」


「おめでとう」


「一日でだぞ!?」


「うん」


「世界が俺を求めてる」


「求めてないから」


 即答だった。


 ハルトは机にスマホを置きながら満面の笑みを浮かべる。


「いやーついに来たな」


「何が」


「時代が」


「来てない」


「炎の勇者チャンネルの時代が」


「来てない」


 結衣は朝から疲れていた。


 目の下に少し隈まである。


 昨日の夜。


 動画公開後からずっと対応に追われていたからだ。


 コメント監視。


 問い合わせ対応。


 炎上対策。


 まとめサイト対策。


 そして。


 各方面から届く意味不明な連絡。


 中には。


『あの隕石の落下座標を教えてください』


『映像提供をお願いします』


『国家安全保障上の観点から』


 などという物騒なものまであった。


 結衣は深々とため息を吐く。


「ハルト」


「ん?」


「私、本気で思うんだけど」


「おう」


「次やる時はもう少し規模下げよう」


「なんで?」


「なんでじゃない」


 結衣は頭を抱えた。


「隕石落として戦艦吹き飛ばしたのよ?」


「うん」


「普通はそこで終わるの」


「いやまだ上があるだろ」


「あるなよ」


 即座に否定した。


 だが。


 ハルトは真顔だった。


「月とか」


「やめろ」


「火山とか」


「やめろ」


「宇宙とか」


「絶対やめろ」


 結衣は本気で止めた。


 なぜなら。


 この男ならやる。


 本当にやる。


 それが分かるから怖い。


 そんなやり取りをしていると。


「おはようございます、ハルト様」


 鈴のような声が聞こえた。


 振り向けば。


 今日も完璧な笑顔の西園寺聖奈が立っていた。


 そして周囲の男子たちがざわつく。


 いつもの光景だ。


「おう聖奈」


「動画、大成功でしたね」


「だろ?」


「世界中が熱狂しております」


「やっぱり?」


 得意げなハルト。


 聖奈はそんな姿を見て微笑む。


 異世界を救った勇者。


 そして。


 今は再生数で一喜一憂する少年。


 そのギャップすら愛おしい。


「次回企画についてですが」


「もう考えてる」


「さすがです」


「今度は――」


「却下」


 結衣が即座に遮った。


 まだ聞いてもいないのにである。


 ハルトが不満そうな顔をする。


「まだ言ってない」


「どうせロクでもない」


「失礼だな」


「隕石落とした人が言うセリフじゃないから」


 教室中から笑いが起きた。


 そんな平和な朝。


 誰も知らない。


 校門の向こうで。


 一人の少女が。


 静かにその時を待っていることを。


 主と再会する。


 その瞬間を。



 昼休み。


 ハルトは人生で初めて味わう状況に直面していた。


「一ノ瀬くん!」


「写真いい!?」


「握手してください!」


「動画見ました!」


「サインください!」


「隕石どうやったんですか!?」


「スポンサー紹介してください!」


「戦艦どこから調達したんですか!?」


「CG会社どこですか!?」


「今度コラボしてください!」


「彼女いますか!?」


「最後関係ないだろ!」


 教室が爆笑に包まれた。


 完全に人だかりである。


 昼休み開始から五分。


 ハルトの席の周囲には他クラスの生徒まで集まっていた。


「すげぇ……」


 田辺が呟く。


「本物の有名人じゃん」


「まあな」


 ハルトは得意げだった。


「俺もそう思う」


「否定しろよ」


「事実だから仕方ない」


「腹立つなこいつ」


 だが誰も否定できなかった。


 昨日の動画はそれほどの反響を生んでいた。


 朝のニュース。


 ネットニュース。


 動画サイトの急上昇。


 SNSトレンド。


 どこを見ても炎の勇者チャンネルの話題ばかり。


 学校中の誰もが知っている。


 それどころか。


 教師ですら知っていた。


「一ノ瀬」


 昼休みに担任が教室へ顔を出した。


「なんですか先生」


「校長先生が呼んでる」


「え?」


 教室が静まる。


 ハルトも少しだけ首を傾げた。


「俺なんかやりました?」


「むしろ心当たりしかないだろ」


 結衣が即答した。


「いやいや」


「いやいやじゃない」


「校長先生もファンになったとか」


「それなら平和なんだけどね」


 結衣は頭を抱えた。


 実際。


 朝から学校には電話が殺到している。


 テレビ局。


 新聞社。


 ネットメディア。


 企業。


 正体不明の海外機関。


 ありとあらゆる場所から。


『炎の勇者チャンネルについて話を聞きたい』


 そんな問い合わせが来ていた。


 もちろん学校側は対応に追われている。


 当然だ。


 まさか自校の生徒が世界トレンド一位になるなど想定していない。


「まあ怒られないだろ」


 ハルトは楽観的だった。


「校則違反してないし」


「そういう問題かなぁ……」


 結衣は遠い目をした。


 隕石を落とした高校生が言う台詞ではない。


 だが。


 本人に悪気はない。


 本当にない。


 それが一番困るのである。


 結局。


 昼休みの半分を使って校長室へ向かうことになった。


 そして。


 戻ってきた時には。


「どうだった?」


 結衣が聞いた。


「写真撮られた」


「は?」


「校長先生と」


「何で?」


「チャンネル登録してるらしい」


 一瞬。


 教室が静まり返る。


 そして。


 大爆笑。


「マジかよ!」


「校長見てんの!?」


「想像したら面白すぎる!」


「炎の勇者チャンネル視聴者だったのか!」


 田辺が机を叩いて笑っている。


 ハルトも満更ではない。


「いやー」


 腕を組む。


「ついに教育界にも俺の時代が来たな」


「来てない」


 結衣は即座に否定した。


 だが。


 実際のところ。


 状況は笑い話では済まなくなりつつあった。


 昼休みが終わっても。


 休み時間になる度に人が来る。


 放課後の予定を聞かれる。


 写真を求められる。


 動画について質問される。


 廊下を歩けば視線を感じる。


 昨日までの日常とは明らかに違う。


 世界が少しだけ変わっていた。


 そして。


 その変化は。


 ハルトよりも。


 結衣の方が強く感じていた。


 授業中。


 窓の外を眺めながら。


(……ほんとに有名になっちゃったんだ)


 少し前まで。


 再生数千回で喜んでいた。


 登録者一万人で大騒ぎしていた。


 放課後に二人で編集して。


 サムネイルを作って。


 コメントを読みながら笑っていた。


 それが今では。


 世界中が知っている。


 ニュースになる。


 海外で話題になる。


 そんな存在になってしまった。


(遠くに行ったわけじゃないのに)


 隣を見る。


 ハルトは授業そっちのけでノートに何か描いている。


 どうせ次の動画企画だろう。


 相変わらずである。


 少し安心した。


 そして少しだけ。


 複雑な気持ちにもなった。


 その時だった。


 ハルトが突然顔を上げる。


「結衣」


「何?」


「次の動画思いついた」


「聞きたくない」


「まだ言ってない」


「聞かなくても分かる」


「宇宙」


「やっぱりな!」


 教室のあちこちから笑い声が上がった。


 そんな。


 少し騒がしくなっただけの。


 いつも通りの日常。


 だがその頃。


 学校の外では。


 ある少女が静かに歩いていた。


 目的地はただ一つ。


 私立青葉高校。


 運命の再会は。


 もうすぐそこまで迫っていた。



 放課後。


 チャイムが鳴った瞬間だった。


「一ノ瀬くん!」


「ちょっといい!?」


「動画の話聞かせて!」


「サインお願い!」


 再び人だかりができた。


 しかも昼より多い。


 他クラスの生徒。


 下級生。


 なぜか上級生。


 さらには女子の割合まで増えている。


「おお」


 ハルトは満足そうだった。


「人気者って忙しいな」


「調子乗るな」


 結衣が即座にツッコむ。


 しかし本人はどこ吹く風だった。


「いやでも見ろよ」


 スマホを見せる。


「登録者数七百八十万人」


「朝より増えてる……」


「今日中に八百万行くかも」


 ハルトは本気で嬉しそうだった。


 異世界で魔王を倒した時より嬉しそうである。


 結衣は呆れた。


「普通そこまで数字に一喜一憂する?」


「するだろ」


「世界救った人間の発言じゃない」


「世界救っても誰も褒めてくれなかったからな」


「あ」


 一瞬。


 結衣が言葉に詰まる。


 ハルトは笑っていた。


 いつものように。


 軽く。


 何でもないことのように。


 だが。


 結衣だけは知っている。


 異世界から帰ってきた直後のハルトを。


 誰にも信じてもらえず。


 誰にも知られず。


 命懸けで戦った記憶すら共有できず。


 少しだけ寂しそうにしていたことを。


 だから。


 この承認欲求も。


 少しだけ分かる。


「……まあ」


 結衣は視線を逸らした。


「頑張ったんだから、それくらい喜んでもいいんじゃない」


「お?」


 ハルトが反応する。


「珍しいな」


「何が」


「結衣が素直に褒めた」


「撤回する」


「早いな!?」


 周囲が笑った。


 いつものやり取り。


 いつもの距離感。


 それが少しだけ心地良かった。


 その時。


「ハルト様」


 聞き慣れた声がした。


 教室の入口。


 そこには西園寺聖奈が立っていた。


 今日も完璧だった。


 制服姿なのに妙に高貴である。


 なぜか背景に花が見えそうな勢いである。


「帰りましょう」


「おう」


「本日の車はこちらになります」


「今日もあるのか」


「当然です」


 当然らしい。


 聖奈の後ろでは黒服たちが待機していた。


 もはや高校生の送迎ではない。


 国家元首である。


「今日の車は?」


「防弾仕様です」


「なんで?」


「念のためです」


「何に備えてるんだ」


 結衣が思わず聞く。


 聖奈は真顔だった。


「誘拐」


「やめて」


「暗殺」


「やめて」


「テロ」


「やめて」


 全部やめてほしかった。


 だが聖奈は本気で言っている。


「ハルト様の知名度は世界規模です」


「まあな」


「喜ぶな」


 結衣がツッコむ。


 聖奈は続けた。


「既に複数の海外企業が接触を試みています」


「へー」


「各種メディアからの出演依頼も数百件」


「マジ?」


「はい」


「すげぇ!」


 ハルトの目が輝いた。


 結衣の頭痛も悪化した。


「あと」


 聖奈が少しだけ間を置く。


「本日だけで十二件のスカウト連絡が来ています」


「芸能事務所?」


「はい」


「ほう」


「動画配信事務所もあります」


「ほうほう」


「海外企業もあります」


「おおー!」


 完全にテンションが上がっていた。


 結衣は逆に不安になった。


「変な契約しないでよ?」


「大丈夫だ」


「本当に?」


「全部結衣に見せる」


「それならまあ」


 少し安心する。


 この男。


 数字には強いが契約には弱い。


 というか基本的に面倒事を全部結衣へ投げる。


 その辺だけは昔から変わらない。


「しかし」


 ハルトが腕を組んだ。


「世界進出も見えてきたな」


「気が早い」


「いやでも海外人気凄いぞ」


「そうみたいね」


「英語覚えるか」


「三日で飽きそう」


「翻訳魔法あるし」


「あるのかよ」


「ある」


「ずるいな」


 再び笑いが起こる。


 その時だった。


 教室の窓際にいた田辺が声を上げた。


「おい見ろ」


「ん?」


「なんか校門の方すげー人いる」


 全員が窓の方を見る。


 確かに。


 遠くからでも分かる。


 校門付近に妙な人だかりができていた。


「何だ?」


「テレビの取材?」


「有名人でも来た?」


「芸能人じゃね?」


 ざわつく教室。


 だが距離が遠すぎてよく見えない。


 先生が対応しているのだけは分かった。


「へぇ」


 ハルトも窓を眺める。


「誰か来てるな」


「そうね」


「俺じゃない?」


「違う」


 即答だった。


 だが。


 結衣はなぜか胸騒ぎを覚えていた。


 朝からずっと続いている妙な感覚。


 何かが近付いている。


 そんな気がする。


 もちろん根拠はない。


 ただの勘だ。


 だが。


 幼稚園の頃からハルトに振り回され続けてきた経験上。


 こういう勘はよく当たる。


「……帰る前に何も起きなきゃいいけど」


 ぽつりと呟く。


 しかし。


 その願いはたぶん無理だろう。


 なぜなら。


 平穏という名の日常は。


 もう終わりかけているのだから。


 そして放課後の空の下。


 青葉高校へ向かう運命の足音は。


 少しずつ。


 確実に近付いていた。



「よし」


 ハルトが立ち上がった。


「見に行くか」


「何を?」


 結衣が聞く。


「校門の人だかり」


「ああ」


 まだ窓の外は騒がしかった。


 放課後になってから三十分近く経つのに、人の数は減るどころか増えているように見える。


 教師まで何人も集まっている。


 明らかに普通ではない。


「気になるだろ」


「まあ気にはなるけど」


「芸能人かもしれないぞ」


「その発想がもう一般人じゃないのよ」


 結衣が呆れる。


 しかし実際、教室に残っていた生徒たちも同じことを考えていたらしい。


「俺も行く」


「俺も」


「気になる気になる」


「もしかしてテレビの取材班?」


「炎の勇者チャンネル関係だったら面白いな」


「ありそう」


 ぞろぞろと人が立ち上がる。


 完全に野次馬集団だった。


「行くぞ結衣」


「はいはい」


「聖奈も来るか?」


「もちろんです」


 即答だった。


 なぜか嬉しそうである。


 こうして。


 ハルト。


 結衣。


 聖奈。


 そしてクラスメイトたちは校舎を出た。


 夕方。


 西日が校庭を赤く染めている。


 運動部の掛け声が遠くから聞こえる。


 本来なら平和な放課後。


 だが今日は違った。


「やっぱ多いな」


 校舎を出た瞬間、ハルトが言う。


 遠目でも分かる。


 校門付近に集まる生徒の数が異常だった。


「百人くらいいない?」


 結衣が目を細める。


「いるな」


「何やってるんだろ」


「さあ」


 距離があるため詳細は見えない。


 だが。


 時折どよめきが起きている。


 歓声のようなものまで聞こえる。


 まるで有名人の出待ちだ。


「本当に芸能人かもな」


 ハルトが言う。


「それか動画投稿者」


「お前も動画投稿者だろ」


「俺レベルじゃないだろ」


「今世界トレンド一位だった人間の発言じゃない」


 結衣は即座にツッコんだ。


 しかし。


 ハルト本人にその自覚はない。


 炎の勇者チャンネルは急成長した。


 確かに有名になった。


 だが彼の感覚では。


 まだまだ途中なのだ。


 目標は世界一。


 もっと有名になりたい。


 もっとバズりたい。


 そんなことしか考えていない。


「でも」


 田辺が前を歩きながら言う。


「最近マジで変わったよな」


「何が?」


「お前の周り」


 ハルトは首を傾げる。


 田辺は苦笑した。


「半年前まで普通の高校生だったじゃん」


「今も普通だろ」


「どこがだよ」


 全員一致だった。


「動画バズって」


「財閥令嬢が転校してきて」


「豪華客船乗って」


「私有島行って」


「隕石落として」


「普通じゃねぇよ」


 周囲が笑う。


 ハルトだけが納得していない。


「そんなもんか?」


「そんなもんだよ」


 結衣が断言した。


 だが。


 その言葉を聞きながら。


 少しだけ思う。


 本当に変わった。


 たった数週間なのに。


 学校生活も。


 人間関係も。


 動画も。


 全部。


 どんどん大きくなっている。


 そして。


 まだ始まったばかりなのだろう。


 そんな予感があった。


「お」


 ハルトが声を上げた。


 校門まで残り数十メートル。


 ようやく様子が見えてきた。


「何だあれ」


 人だかりの中心。


 誰かがいる。


 生徒たちが道を空けている。


 教師も集まっている。


 何か揉め事だろうか。


「まさか本当に芸能人?」


「背高いな」


「女子じゃね?」


「モデル?」


「テレビの人?」


 周囲もざわついている。


 まだ顔までは見えない。


 ただ。


 一つだけ分かることがあった。


 その人物を中心に。


 異様な空気が生まれている。


 まるで。


 そこだけ別世界のような。


 不思議な存在感。


「なんだろうな」


 ハルトは興味津々だった。


 そして。


 結衣はなぜか胸騒ぎを覚える。


 今日一日ずっと続いている感覚。


 嫌な予感。


 というより。


 これまでの日常が終わる前触れのような何か。


「……気のせいだといいんだけど」


 小さく呟く。


 だが。


 その願いが叶うことはない。


 ハルトたちは。


 そのまま人だかりへ近付いていく。


 運命の再会まで。


 あと少しだった。



 校門まであと数メートル。


 近付くにつれて、ざわめきはさらに大きくなっていった。


「マジで本人だよな……?」


「なんでここにいるんだ?」


「テレビの撮影とか?」


「転校の話って本当だったのか……?」


「いや、そんなわけ――」


 生徒たちの囁き声があちこちから聞こえてくる。


 その内容は妙に統一されていた。


 誰もが同じ人物について話している。


「何だ?」


 ハルトは首を傾げた。


「有名人?」


「さっきからそんな感じね」


 結衣も周囲を見回す。


 やがて人だかりの最後尾へ到着した。


 しかし。


 人が多すぎて見えない。


「前見えねぇ」


「ハルト、背伸びしなさい」


「子供扱いするな」


「してない」


「してるだろ」


 そんなやり取りをしていると。


 前方から興奮した声が聞こえてきた。


「全国三連覇だぞ?」


「マジで化け物らしい」


「去年の決勝見た?」


「見た見た」


「相手が可哀想だった」


「一本取るどころか近付けてなかったし」


「剣道漫画のキャラみたいだった」


 ハルトが反応する。


「へぇ」


「剣道関係か」


「みたいね」


 結衣も納得した。


 なるほど。


 それなら人が集まるのも分かる。


 青葉高校は部活動も盛んだ。


 有名選手が来れば騒ぎになる。


 だが。


 それにしても異様だった。


「女子剣道界の伝説だろ」


「高校生であそこまで強い人初めて見た」


「全国の道場からスカウト来てるって聞いた」


「海外からもオファーあるらしいぞ」


「マジ?」


「いやほんとに」


 まるで芸能人である。


 いや。


 下手な芸能人以上かもしれない。


 その時。


 前方の生徒が少し動いた。


 人垣に隙間が生まれる。


「お」


 ハルトが言う。


「見えた」


 その瞬間だった。


 視界が開ける。


 校門前。


 夕日に照らされた少女が一人。


 そこに立っていた。


 長い黒髪。


 整った顔立ち。


 凛とした立ち姿。


 背筋は真っ直ぐ伸びている。


 制服姿だが。


 なぜか。


 そこだけ空気が違う。


 まるで抜き身の刀が立っているような存在感。


「おお……」


 思わずハルトが感心した。


「すげぇな」


「確かに」


 結衣も少し驚く。


 美少女だった。


 それも相当な。


 聖奈とはまた違う。


 華やかさではなく。


 鋭さを感じさせる美しさ。


 その少女は。


 静かに校門の前へ立っていた。


 まるで。


 誰かを待っているかのように。


「誰待ってるんだろ」


 田辺が呟く。


「彼氏?」


「いたらニュースになるだろ」


「それもそうか」


 周囲から笑いが起きる。


 だが。


 その時だった。


 少女が動いた。


 視線を上げる。


 そして。


 真っ直ぐこちらを見る。


 いや。


 違う。


 こちらではない。


 その視線は。


 人混みの中にいる一人へ向けられていた。


「ん?」


 ハルトは首を傾げた。


 なぜか目が合った気がした。


 少女の瞳が揺れる。


 信じられないものを見つけたように。


 長い間探していたものを見つけたように。


 呼吸が止まる。


 周囲の音が消える。


 夕日だけが世界を赤く染めていた。


 少女は一歩も動かない。


 ただ。


 その場に立ち尽くしている。


 そして。


 小さく。


 本当に小さく。


 誰にも聞こえないほどの声で。


「……主」


 そう呟いた。

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