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『承認欲求強めの最強勇者、魔法動画でバズって前世のヒロインたちを召喚してしまう~今世の幼馴染が管理しきれないほど愛が重すぎる~』  作者: 悪癖


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第1話 勇者、帰還するなり動画を撮る

 魔王の首が、空を舞った。


 黒い血が噴き上がる。


 崩壊する魔王城。


 空間そのものが悲鳴を上げるように震え、赤黒い雷が世界を走り抜けた。


『ば、かな……』


 世界を滅ぼしかけた魔王は、最後まで信じられないものを見る目で、目の前の少年を見つめていた。


 対する少年――勇者ハルトは、肩に剣を担いだまま、大きく息を吐く。


「ふー……」


 ボロボロだった。


 服は裂け、頬には血が流れている。


 だが。


「いやー、最後ちょっと長かったな」


 声は妙に軽かった。


「第二形態くらいまでは映えたんだけど、第三からちょっと画面が暗かったわ」


『……えい、た……?』


「あと城壊れすぎ。背景は残した方がサムネ強かったな」


 勇者の感想ではなかった。


 魔王は震える。


『貴様……何を、言って……』


「ん?」


 ハルトは首をかしげた。


「いや、だから映像映え――」


 その瞬間。


 足元に巨大な魔法陣が展開した。


 王国の大賢者たちが組み上げた、異世界送還術式。


 白銀の光がハルトを包み込む。


「うお、来たか」


 帰還。


 それは本来、涙と感動の瞬間である。


 元の世界へ帰れる。


 平和な日常へ戻れる。


 だが。


「……待てよ?」


 ハルトは、ふと真顔になった。


「これ、配信者としてはクソもったいなくないか?」


 世界を救った。


 歴代最強勇者になった。


 魔王を単独討伐した。


 それなのに。


「誰も見てねぇ」


 致命的だった。


 異世界には動画サイトが存在しない。


 SNSもない。


 つまり。


 三年間分の無双が、全部“未公開映像”なのである。


「え、ヤバ」


 ハルトの顔から血の気が引いた。


「俺、世界救ったのに誰にも評価されてなくね?」


 勇者として最低な思考だった。


 しかし次の瞬間には、彼の目がギラつく。


「……いや、逆に考えろ」


 口角が上がる。


「現代で魔法使えば、一発でバズるのでは?」


 光が強まる。


 転移が始まる。


 それでもハルトはニヤニヤしていた。


「よし。帰ったらまず動画だ」


 魔王討伐より先にやることが決まった。


 世界最強の勇者は、現代へ帰還した。


――――――


「……ん?」


 視界が開ける。


 最初に見えたのは、見慣れた天井だった。


 白い天井。


 少しだけ黄ばんだ蛍光灯。


 壁に貼られた映画のポスター。


 ゲーム機。


 散らかった教科書。


「……帰ってきた?」


 ハルトはベッドの上で体を起こした。


 直後。


 スマホのアラームが鳴る。


『午前7時00分です』


「うおっ」


 反射的にスマホを掴む。


 画面を見る。


 日付。


 時刻。


「……え?」


 ハルトは固まった。


「今日!?」


 異世界へ飛ばされた日の、朝だった。


 いや。


 正確には。


 三秒後。


「マジかよ!」


 ハルトは飛び起きた。


「浦島太郎システムじゃないの!? 神仕様すぎるだろ!」


 異世界で三年。


 だが現代では、ほぼ時間が経過していない。


 つまり。


 学校もある。


 戸籍もある。


 動画アカウントも生きてる。


「勝ったわ」


 何に勝ったのかは不明だった。


 だがハルトは満面の笑みを浮かべていた。


「ってことは俺、現役高校生のまま最強勇者ってこと!?」


 しかも魔法付き。


「強くてニューゲームじゃん!」


 テンションが爆発した。


 そのまま勢いで窓を開ける。


 朝の空気。


 住宅街。


 通学する学生。


 遠くのコンビニ。


「うわー、現代だー」


 しみじみ呟く。


 異世界では毎日が命懸けだった。


 ドラゴン。


 魔族。


 呪われた森。


 空飛ぶ要塞。


 だが現代には。


「自販機ある……」


 感動の方向性がズレていた。


「文明ってすげぇ……」


 ハルトは涙ぐみながら部屋へ戻る。


 そして。


 机の上のスマホを見て、ニヤリと笑った。


「さて」


 異世界帰りの勇者が、最初にやること。


 もちろん。


「動画撮るか」


 だった。


 ハルトは即座にスマホを固定する。


 インカメラ起動。


 自分の顔を確認。


「うーん」


 少し考える。


「いきなり隕石とか落とすと嘘くさすぎるか?」


 感覚が終わっていた。


 一般人なら火花一つでも大事件である。


 だがハルト基準では、隕石召喚が比較対象だった。


「最初は小技だな。リアル感が大事」


 彼は周囲を見回した。


「背景汚ぇな」


 指を鳴らす。


 瞬間。


 部屋中のホコリが一斉に吹き飛んだ。


 風属性上級魔法《清浄嵐》。


 本来は瘴気地帯を浄化する戦略級魔法である。


 さらに。


 散らかっていた服が宙に浮く。


 勝手に畳まれる。


 机の傷が修復される。


 観葉植物が急成長する。


「よし。映える部屋完成」


 本人は掃除感覚だった。


 ハルトはスマホの画面を確認する。


「タイトルは重要なんだよな」


 ぶつぶつ呟きながら構図を調整。


「最近は“ガチ”って付けると伸びるんだっけ」


 完全に配信者脳だった。


「よし」


 彼は指を立てる。


 そこへ。


 小さな炎が灯った。


 青白い火。


 揺らめく魔力。


 異世界なら子供でも使える初級魔法。


 だが現代では。


 物理法則を完全に無視した奇跡だった。


「おー、久々に見ると普通に綺麗だな」


 ハルトは少し感動する。


 異世界では日常すぎて忘れていた。


「じゃ、撮るか」


 録画開始。


 ハルトはニッと笑う。


『どうもー。一ノ瀬ハルトです』


 指先の炎が揺れる。


『今日はCGなしで火を出してみました』


 さらっととんでもないことを言った。


『種も仕掛けもありません。信じるか信じないかは、あなた次第です』


 ドヤ顔。


 完全にそれっぽい。


 数秒で撮影終了。


「……うん、悪くない」


 確認しながら満足げに頷く。


 そして。


 何のためらいもなく投稿ボタンを押した。


『【ガチCG】指先だけで火を出す方法、教えます。』


 投稿完了。


「ふー」


 達成感に満ちた顔だった。


 世界を救った時より満足そうである。


 さらに。


「あ、結衣にも送っとくか」


 ハルトは幼馴染の連絡先を開いた。


 如月結衣。


 動画編集を時々手伝ってくれる幼馴染だ。


 昔からツッコミ役として優秀で、ハルトの暴走を止める数少ない存在だった。


「絶対ウケるだろこれ」


 ニヤニヤしながら動画を送信する。


 直後。


 既読。


「はや」


 次の瞬間。


 スマホが鳴る。


『今すぐ窓閉めて』


「は?」


 ドゴォォォォン!!


「うわぁっ!?」


 直後、窓が勢いよく開いた。


 朝風と共に、制服姿の少女が飛び込んでくる。


「ハルトぉぉぉぉぉ!!」


 如月結衣だった。


 黒髪ロングを振り乱し、息を切らしながらハルトに掴みかかる。


「なんで朝っぱらから本物の魔法使ってんのよバカァァァ!!」


「えぇっ!?」


 ハルトは目を丸くした。


「なんで分かった!?」


「分かるわ!! 幼稚園からの付き合い舐めんな!!」


 結衣は涙目で叫ぶ。


「CGならもっと“CGっぽさ”入れるでしょ! あんた変なところだけリアルなんだよ!!」


「え、そこ褒めてる?」


「褒めてない!!」


 結衣は頭を抱えた。


「ちょっと待って!? え、本当に異世界行ってたの!? 夢オチとかじゃなく!?」


「おう。魔王倒してきた」


「朝コンビニ行ってきたみたいなテンションで言うな!!」


 ハルトは得意げに胸を張る。


「いやー、結構大変だったわ。世界滅びかけたし」


「情報量が多い!!」


 結衣は叫びながら、投稿済みの動画画面を見る。


 再生数。


 コメント。


 そして。


「って、もう投稿してるぅぅぅぅ!?」


「そりゃするだろ」


「するな!!」


 結衣はガクガクとハルトの肩を揺さぶった。


「消して! 今すぐ!!」


「えー? でも伸びるかもしれないじゃん」


「伸びる前に人生終わるわ!!」


「消して!! 今すぐ!!」


 結衣はハルトのスマホをひったくろうとした。


 だが。


「甘い」


 ハルトの体がふっと消える。


「へ?」


 次の瞬間には、部屋の反対側に立っていた。


 音もない移動。


 残像すら見えない。


 結衣の背筋が凍る。


「……今のなに?」


「縮地」


「聞いてない」


「異世界の騎士団長に教わった」


「聞いてないって言ってるでしょ!!」


 結衣は頭を抱えた。


 おかしい。


 幼馴染が急に人外になっている。


 しかも本人がまったく危機感を持っていないのが一番怖い。


「ハルト、よく聞いて」


 結衣は真顔になった。


「魔法はダメ。絶対」


「なんで?」


「なんでって……!」


 結衣は言葉を詰まらせた。


「いや、普通に危ないから! 国とか来るでしょ!?」


「でもCGだと思われるだろ?」


「思われてるうちはいいの!」


 結衣はハルトのスマホ画面を指差す。


「問題は、CGに見えないことなの!」


 コメント欄が高速で流れていた。


『え、どうなってんのこれ』


『火の揺れ方がリアルすぎる』


『種明かしは?』


『最近のAI動画すげーな』


『これ合成なら天才だろ』


『指燃えてなくね?』


「ほらもう怪しまれてる!」


「いや、むしろ絶賛じゃん」


「違うの! その方向に評価されちゃダメなの!」


 ハルトは納得いっていない顔をした。


「でも“本物っぽい”って最高の褒め言葉じゃね?」


「映像作品としてはね!?」


 結衣は胃を押さえた。


 頭が痛い。


 この男、自分がどれだけ危険なことをしているのか理解していない。


 いや。


 そもそも。


「なんであんたそんな平然としてんのよ……」


「ん?」


「三年よ!? 三年間異世界にいたんでしょ!?」


「おう」


「もっとこう……ないの!? 精神的ダメージとか!」


「あるぞ?」


 ハルトは真顔で頷いた。


「異世界、回線弱かった」


「知るか!!」


 本気で殴りたくなった。


 だが。


 結衣はふと、ハルトの顔を見る。


 以前と変わらないように見える。


 馬鹿みたいに明るくて、軽くて、調子に乗りやすい。


 でも。


 よく見ると違った。


 立ち方。


 視線。


 無意識の動き。


 全部が妙に洗練されている。


 まるで。


 本当に、命のやり取りを何千回も潜ってきたみたいに。


「……ほんとに、戦ってたんだ」


「ん?」


「あ、いや……なんでもない」


 結衣は目を逸らした。


 調子が狂う。


 ハルトが知らない場所で三年間生きていた。


 それだけは、冗談じゃない。


 だが当の本人は。


「で、次なに撮ろうかな」


 もう次の動画のことを考えていた。


「切り替え早すぎない!?」


「バズりは鮮度が命だからな」


「その言葉をもっと別のことに使って!」


 ハルトはスマホをいじりながら言う。


「やっぱ火だけじゃ弱いか?」


「十分強いわ!」


「でもショート動画って、最初の一秒で脳焼かないと離脱されるらしいんだよなぁ」


 異世界知識と現代SNS論が混ざっていた。


「よし」


 ハルトは立ち上がる。


「もっと派手なのやるか」


「待て待て待て待て」


 結衣は即座に腕を掴んだ。


「これ以上なにする気?」


「んー……雷とか?」


「近所停電するわ!!」


「じゃあ水」


「マンション沈む!!」


「風」


「屋根飛ぶ!!」


「……異世界だと普通だったんだけどな」


「現代を基準にしろ!!」


 結衣は叫びながら、自分のスマホを取り出した。


 検索。


『高校生 火 動画 通報』


「うわもう出てくる!」


「検索早いな」


「絶対今後必要になるから!!」


 結衣は真剣な顔で画面を見つめる。


「……まだ大丈夫」


「なにが?」


「CG派が優勢」


 コメント欄は、


『編集うま』


『映画関係者?』


『種明かしはよ』


『ライター仕込んでる?』


 など、まだ現実的な方向へ寄っていた。


 だが。


 少しだけ混じり始めている。


『これマジじゃね?』


『フレーム解析したけど編集痕ない』


『海外の超能力者系?』


 結衣は青ざめた。


「ダメダメダメ! 深掘りされ始めてる!」


「え、すごくね? 考察勢いるじゃん」


「喜ぶな!」


 その時。


 ピコン、と通知音が鳴った。


 ハルトの動画。


 再生数――一万突破。


「お」


 ハルトの目が輝く。


「伸びてる」


「うそでしょ」


「やっぱ本物は違うなぁ」


「だから本物なのが問題なの!!」


 だがハルトはもう完全にその気だった。


「結衣」


「なによ……」


「俺、天下取れるかもしれん」


 キラキラした目だった。


 承認欲求が限界まで輝いている。


 結衣は頭を抱える。


 昔からそうだ。


 この男は、一度“楽しい”に火が付くと止まらない。


 中学時代。


 動画投稿を始めた時もそうだった。


『ペットボトルを剣で斬ってみた』


『自転車で土手ジャンプしてみた』


『黒歴史ポエム朗読してみた』


 全部、結衣が後始末した。


 そして今。


 その暴走に。


 本物の魔法が追加された。


「最悪だ……」


「最高の時代だろ?」


「真逆!!」


 結衣が叫んだ瞬間。


 ハルトのスマホが再び鳴った。


 通知。


『動画投稿サイト運営より』


「ん?」


 ハルトが開く。


 そして。


「あ」


「なによ」


「おすすめ載った」


「早ぁ!?」


 投稿からまだ十分も経っていない。


 なのに。


 再生数が一気に跳ね上がる。


 二万。


 三万。


 五万。


「うおおおおお!?」


 ハルトが歓声を上げた。


「来た来た来た!! バズの波来た!!」


「そんなサーフィンみたいに言うな!」


 コメント欄も加速する。


『なんだこれ』


『海外でバズりそう』


『CG技術エグい』


『指どうなってんの』


『これ高校生?』


『なんでこんな自然に火出せるんだ』


 ハルトは震えていた。


「認められてる……!」


「違う意味で注目されてるのよ!」


「いや、分かる。俺には分かるぞ」


 ハルトは遠い目をした。


「異世界でも、強者は最初“理解されない”んだよな」


「変な成功体験積んで帰ってくるな!!」


 その時だった。


 ボッ。


「……え?」


 結衣が固まる。


 ハルトの指先から、まだ炎が出ていた。


「……ハルト」


「ん?」


「火、消してない」


「あ」


 次の瞬間。


 火がカーテンへ燃え移った。


「ぎゃああああああああ!?」


「おっと」


 ハルトが軽く手を振る。


 瞬間。


 カーテンの火が凍った。


「…………」


 結衣は無言になった。


 燃えた場所だけ、綺麗な氷になっている。


 意味が分からない。


「便利だろ?」


「便利じゃない!! 怖いのよ!!」


 ハルトはケラケラ笑った。


「いやー、魔法あるとマジで生活変わるぞ」


「社会が終わるわ!」


 結衣は叫びながら、ふと気づく。


「……待って」


「?」


「あんた、それ……どこまでできるの?」


 ハルトは少し考えた。


「どこまで?」


「だから魔法。規模」


「んー」


 そして。


 とんでもないことを、軽い調子で言った。


「たぶん国くらいなら消せる」


「聞かなきゃよかったぁぁぁぁぁ!!」


 結衣の悲鳴が部屋に響く。


 一方。


 ハルトは「なんでそんな驚いてんだ?」みたいな顔をしていた。


「いやでも、魔王城とか普通に吹っ飛ばしてたし」


「基準がおかしいのよ!!」


「え、現代って国消せないの?」


「消す前提で文明を語るな!!」


 結衣は本気で頭痛がしてきた。


 だが。


 ここで感情的になっても意味がない。


 幼馴染歴十数年の経験が告げている。


 この男は、“怒鳴る”では止まらない。


 理屈と誘導が必要だ。


「……落ち着け、私」


 結衣は深呼吸した。


 そして椅子に座る。


「いい? ハルト。まず現状を整理するわよ」


「会議っぽい」


「黙って」


 結衣はスマホを操作しながら言った。


「まず、あんたは異世界帰り」


「うむ」


「しかも世界最強クラス」


「歴代最強って言われた」


「その自己申告ほんと怖い」


 結衣は胃を押さえた。


「で、その力を使って動画投稿を始めた」


「才能が世界に見つかり始めてる」


「まだ“CG職人”としてね!」


 ハルトは不満そうに口を尖らせる。


「でも本物ってバラした方が伸びない?」


「伸びる前に解剖されるわ!」


「現代こわ」


「こっちのセリフよ!」


 結衣は再びコメント欄を見る。


 再生数、十万突破。


 増加速度が異常だった。


『海外ニキ召喚案件』


『映画会社入れるレベル』


『火の反射がリアルすぎる』


『これAIでも無理じゃね?』


『指熱くないのなんで』


 まだギリギリ、“すごいCG”で済んでいる。


 問題は。


「……時間の問題ね」


「なにが?」


「解析班」


「かっけぇ」


「敵なのよ!」


 ネットには異常な人間がいる。


 映像のフレーム単位解析。


 光源検証。


 物理演算チェック。


 そういう化け物たちが。


 面白半分で真実へ近づいてくる。


「だから今後は、“CGに見える工夫”が必要」


「演出ってこと?」


「そう!」


 結衣は勢いよく頷いた。


「炎出すなら、後からエフェクトっぽい加工を入れる!」


「なるほど」


「カメラ揺れも足す!」


「プロっぽい」


「あと“メイキング風映像”を捏造する!」


「捏造って言った?」


「言ってない!」


 結衣はハルトのスマホを奪い取る。


「とにかく! 今後あんたの動画は、全部私がチェックするから!」


「えー」


「“えー”じゃない!」


 ハルトは不服そうだった。


「でも自由にやりたいんだけど」


「自由に魔法使われたら日本終わるの!」


「大げさだなぁ」


「さっき国消せるって言った人間のセリフじゃない!」


 結衣は叫びながら動画編集アプリを開く。


 慣れた手つきだった。


 昔からハルトの動画編集を手伝わされていたため、一般高校生にしては妙にスキルが高い。


「……あんた、昔から変な方向に行動力だけはあったけど」


「褒めてる?」


「褒めてない」


 結衣は真顔で答える。


「中学の時も、“バズるために刀買う”とか言い出したし」


「あれは必要経費」


「学校に持ってくるな!!」


「木刀だぞ?」


「充分危ないわ!」


 ハルトはケラケラ笑う。


 その笑い方が、少しだけ昔と違った。


 余裕がある。


 どこか、“絶対に負けない人間”の笑い方だ。


 結衣は気づいてしまう。


 この男。


 本当に最強なのだと。


「……はぁ」


 深いため息。


「とりあえず、学校行く準備して」


「学校?」


「今日は平日です」


「あっ」


 ハルトが固まった。


「やべ」


「忘れてたでしょ」


「異世界に学校なかったから……」


「魔王討伐より出席日数を気にしなさい」


 ハルトは嫌そうな顔をした。


「えー、でも今の俺なら学歴いらなくね?」


「その発想がもう危険人物なのよ」


 結衣は編集しながら言う。


「一般社会に溶け込め。まずはそこから」


「でも俺、空飛べるぞ?」


「電車通学しろ」


「ドラゴンも倒した」


「定期券使え」


「国消せる」


「購買でパン買ってこい」


 ハルトは不満げだった。


「なんか、結衣だけ異世界補正なくない?」


「あるわけないでしょ」


 結衣は即答する。


「私は普通の女子高生なの」


「でも二階まで窓から入ってきたじゃん」


「幼馴染が突然“本物の魔法動画”投稿したからよ!!」


 勢いで来ただけだった。


 自分でもどうやって登ったのか覚えていない。


 その時。


 ハルトのスマホがまた鳴る。


「ん?」


 通知。


『フォロワー1000人突破』


「おおっ!」


 ハルトの目が輝く。


「四桁!」


「早いわね……」


 投稿からまだ三十分も経っていない。


 普通ではあり得ない伸びだった。


 ハルトは完全にテンションが上がっていた。


「よし、次は収益化だな」


「夢が生々しい!」


「いやでも、せっかくなら魔法で食っていきたいじゃん」


「その発言アウト寄りだからね!?」


 結衣は青ざめる。


 だがハルトは真剣だった。


「だって俺、異世界で気づいたんだよ」


「なにを」


「力って、見てもらわないと意味ないんだなって」


 少しだけ。


 空気が変わった。


 ハルトは窓の外を見る。


「魔王倒しても、世界救っても、誰も知らないと実感ないんだよ」


「……ハルト」


「だから今度は、“見える形”でやりたい」


 その言葉だけは。


 少しだけ、本音だった。


 結衣は口を閉じる。


 三年間。


 この男がどんな世界にいたのか、想像もできない。


 毎日戦って。


 毎日命懸けで。


 その結果、戻ってきた答えが。


『バズりたい』


 なのはどうかと思うが。


 でも。


 きっとそれは。


 誰かに認めてほしかった、ということなのだろう。


「……はぁ」


 結衣はため息をつく。


「分かった」


「おっ」


「ただし条件」


 結衣はハルトを指差した。


「魔法動画は、全部私が管理すること」


「マネージャーってこと?」


「保護者よ」


「へー」


「あと、絶対に“本物です”とは言わない」


「演者として?」


「社会防衛として!!」


 ハルトは少し考え。


 ニヤッと笑った。


「じゃあ結衣、“最強のバズり方”一緒に考えようぜ」


「その前に学校行く準備しろ」


「現実厳しっ」


 その時だった。


 ピコン。


 また通知。


 だが今回は、コメントではない。


 DM。


 送り主のアカウント名を見て、結衣が固まる。


「……は?」


「どした?」


 結衣は無言で画面を見つめる。


 そこに表示されていた名前。


『西園寺グループ公式』


「……なんで日本トップ企業からDM来てるのよぉぉぉぉ!?」


 結衣の悲鳴が部屋に響く。


 一方。


 ハルトは気楽な顔だった。


「企業案件?」


「軽っ!?」


 結衣は震える手でスマホ画面を見せる。


 そこには、青い認証マーク付きの公式アカウント。


『西園寺グループ広報部』


 誰がどう見ても本物だった。


「いやいやいや……待って」


 結衣は混乱する。


「おかしいでしょ!? 投稿して一時間も経ってないのよ!?」


「でもバズってるし」


「だからって財閥が来る!?」


 日本屈指の巨大企業。


 金融。


 不動産。


 メディア。


 流通。


 海外事業。


 ありとあらゆる業界を握る怪物。


 それが。


 高校生の動画投稿者へDMを送ってきている。


「絶対なんか裏ある……」


「まぁ普通に考えたらスカウトだろ」


「その自信どっから来るのよ」


「俺、才能あるし」


「否定しづらいの腹立つ!」


 結衣は恐る恐るDMを開く。


 文章は簡潔だった。


『ぜひ一度、お会いしたく存じます』


『あなたの“技術”に深い感銘を受けました』


『ご都合の良い日時をご指定ください』


 さらに。


『場所はこちらでご用意いたします』


 最後に、高級料亭の名前。


「うわ」


 結衣の顔が引きつる。


「私でも知ってる超高級店……」


「いいじゃん。タダ飯だ」


「お気楽すぎるでしょ……」


 だがハルトはもう乗り気だった。


「行こうぜ」


「即決!?」


「こういうの、スピード感大事だから」


「動画投稿者みたいなこと言うな!」


「投稿者だが?」


 ハルトは当然のように返す。


 その時。


 再び通知が鳴った。


 動画再生数――五十万突破。


「うお」


「えっ」


 二人同時に固まる。


 伸び方がおかしい。


 完全にバズっていた。


 コメント欄も祭り状態になっている。


『おすすめから』


『この高校生ヤバい』


『CG技術どうなってんの』


『Netflix行け』


『海外で転載され始めてて草』


『誰か検証して』


『これ本物じゃね?』


 結衣の顔が青ざめる。


「最後のやつ消したい……」


「でも盛り上がってるなぁ」


 ハルトは嬉しそうだった。


 完全に承認欲求が満たされ始めている。


「これよこれ! 俺が求めてたの!」


「世界救った時より嬉しそうなのやめて」


「だってリアクション返ってくるし」


「最低だこの勇者」


 結衣は頭を抱えた。


 だが。


 ハルトの目は本気だった。


 異世界では、強すぎた。


 どれだけ戦っても、最後には“勇者だから当然”で終わる。


 誰も、彼自身を見ない。


 だが現代は違う。


 再生数。


 コメント。


 評価。


 数字として“反応”が返ってくる。


 それがハルトにはたまらなく楽しかった。


「次は何やろうかなぁ」


「その前に学校」


「あっ」


 完全に忘れていた顔だった。


 結衣は呆れながら立ち上がる。


「ほら制服」


「めんど」


「魔王倒せる体力あるなら登校しろ」


「異世界って出席日数なかったんだよな」


「文明に感謝して」


 ハルトは制服へ着替え始める。


 その途中。


「ん?」


 彼は自分の制服を見て首をかしげた。


「小さくね?」


「三年経ってないから当然でしょ」


「でも俺、異世界で筋肉ついたぞ?」


 実際、かなり体格が変わっていた。


 以前は細身の高校生だった。


 だが今は、無駄のない引き締まった戦士の肉体になっている。


 制服の肩周りが若干きつい。


「……ほんとに変わったんだ」


 結衣はぼそっと呟く。


「ん?」


「なんでもない」


 ハルトは気づいていない。


 でも結衣には分かった。


 この男は、本当に地獄みたいな場所を生き抜いてきたのだと。


 軽く笑っている。


 バカみたいなことばかり言っている。


 でも。


 無意識の立ち姿が、完全に“戦う人間”になっている。


「よし!」


 ハルトはネクタイを締める。


「高校生兼最強勇者兼動画クリエイター、一ノ瀬ハルト。活動再開です」


「肩書きがうるさい」


 結衣も鞄を持つ。


「あと学校では絶対魔法禁止ね」


「えー」


「“えー”じゃない」


「じゃあ身体強化だけ」


「もっとダメ!!」


 その時。


 ハルトのスマホがまた鳴った。


「忙しいな今日」


 画面を見る。


 今度は動画サイト運営からだった。


『急上昇クリエイターに選ばれました』


「うわ」


 結衣が引く。


「早すぎる……」


「才能って怖いな」


「お前だよ!」


 さらに。


 登録者数――一万人突破。


「っしゃあ!」


 ハルトがガッツポーズした。


「見たか異世界! これが現代だ!」


「なんで異世界に勝ち誇ってるの?」


「だって向こう、いいねボタンないし」


「価値観終わってる!」


 ハルトは上機嫌で玄関へ向かう。


 その途中。


 ふと、足を止めた。


「……あ」


「今度はなによ」


「財布ない」


「小学生?」


「異世界、財布文化あんまなかったから……」


「嘘つけ!」


 結衣はため息をつきながら、机の下を指差す。


「昨日そこ置いてたでしょ」


「あった」


 本当にあった。


「なんで分かるんだよ」


「十年以上の付き合いだからよ……」


 呆れながら靴を履く。


 その時だった。


 ピコン。


 またDM通知。


 今度は、西園寺グループから追加メッセージ。


 結衣は嫌な予感しかしなかった。


 開く。


『もし可能でしたら、本日中にでも』


『“炎の勇者様”にお会いしたく思います』


 その文面を見た瞬間。


 結衣の表情が凍った。


「……ねぇ、ハルト」


「んー?」


「動画で“勇者”って単語、使った?」


「使ってないけど」


「……じゃあなんで相手、“勇者様”って呼んでるの?」


 数秒。


 沈黙。


 ハルトは首をかしげた。


「中二っぽくてカッコいいからじゃね?」


「絶対違うぅぅぅぅぅ!!」


 結衣の悲鳴が朝の住宅街へ響き渡る。


 一方。


 ハルトは玄関でローファーを履きながら、呑気に首をかしげていた。


「でも“炎の勇者”って語感よくね?」


「ネーミングの話してないの!」


「二つ名っぽい」


「そういう問題じゃない!」


 結衣はスマホを抱えたまま震える。


 嫌な予感が止まらない。


 そもそもおかしいのだ。


 動画を一本上げただけ。


 それなのに。


 日本最大級の財閥が即接触。


 しかも。


『炎の勇者様』


 まるで。


 ハルトの正体を知っているような呼び方。


「……いやいやいや」


 結衣は首を振った。


「考えすぎ。そう、考えすぎよ私」


「お、セルフ洗脳だ」


「現実逃避って言って」


 ハルトはスマホを見ながらニヤついている。


「でもこれ、マジで来てるな」


 登録者数。


 二万人突破。


 コメント欄は加速。


『おすすめから』


『この人絶対伸びる』


『演技も自然で草』


『炎の質感どうなってんだ』


『なんか既視感あると思ったら“本物”なんだ』


『CG否定派増えてきてて草』


「最後のやつ怖い!」


 結衣は即座に画面を閉じた。


「ダメ、もう学校行く! ネットから離れよう!」


「現実逃避だ」


「うるさい!」



――――――――――――――

投稿した動画のコメント

――――――――――――――


【動画タイトル】

『【ガチCG】指先だけで火を出す方法、教えます。』


【再生数:1,284,391回】

【高評価:18.7万】

【コメント:32,481件】


『いや待って火の反射リアルすぎん?』


『CG職人の無駄遣い』


『指燃えてないのどうなってんの』


『こういう“分からなさ”ある動画久々に見た』


『最近の高校生レベル高すぎるだろ』


『絶対海外でバズるやつ』


『「信じるか信じないかはあなた次第です」の胡散臭さ好き』


『タネ明かしまだ?』


『編集点どこだよ』


『これAI生成じゃないなら怖い』


『いや逆にAIっぽくない』


『炎の揺れ方が自然すぎる』


『マジレスすると特殊燃料系だと思う』


『↑燃料で指無傷は無理だろ』


『手品師界隈ざわついてて草』


『学校の文化祭でやったら英雄になれる』


『こういう中二病全開のやつ嫌いじゃない』


『なんかこいつ妙に“慣れてる”よな』


『演技じゃなくて“本当に使ってる顔”してるの怖い』


『“CGなし”って言い切る度胸好き』


『コメント欄で物理学者が喧嘩してるの草』


『解析してみたけど編集痕マジで見つからん』


『ライターなら指の皮膚もっと赤くなる』


『これ撮影者の声入ってないの逆にリアル』


『企業案件来そう』


『絶対そのうちテレビ出る』


『今のうちに古参アピしとくわ』


『登録者300人台だったのに一晩で化け物になってて草』


『おすすめから来た。意味分からん』


『なんか知らんけど目が離せない』


『“本物”っぽいんだよな、この動画』


『↑そういう設定の動画だろ』


『でもCGにしては空気感おかしくね?』


『火が“そこにある”感じする』


『これ作ったやつ、絶対ヤバい才能持ってる』


『次の動画まだ?』

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