エピソード4.5
―魔獣が見る世界―
風が変わった。
森に流れる空気が、少しだけ優しくなった気がした。
草の匂い。木のざわめき。小さな魔力の波……それに混じって、あの人の気配が近づいてくる。
あたしは、ただそこにいただけだった。
この森の中で、誰かを待っていたわけじゃない。どこかに行きたかったわけでもない。
でも、あの人の足音は、なぜか懐かしい音だった。ずっと前にも、同じ音を聞いたことがあるような。
あの人は、恐れなかった。
魔獣だというのに、あたしを追い払うこともしないし、魔法を構えることもなかった。
ただ、静かに言葉をかけてくれた。
ああ、やっと見つけた。
あたしがずっと、見つけたかった“居場所みたいな音”だ。
手のひらの温度。撫でる手の動き。呼吸のリズム。
……心地よい。
だから、あたしはすり寄った。
ただそれだけ。理由なんて、いらない。
この人のそばにいれば、あたしの世界はきっと変わる。
あたしの名前? そんなもの、どうでもいい。
ただの猫? それでもいい。
でも、あの人の手が冷たくないうちは――
あたしは、ここにいてやってもいい。
気まぐれで、気に入っただけ。
……ほんの、少しだけね。
あたしは、名前なんかいらないと思ってた。でも……もし、あの人がくれるなら。
そのときは、きっと。