アバルドの奴隷少女 リザ
カルバニアン北大陸。ここは最も人間が住んでいる大陸である。
とは言っても、他の種族を全く見かけないというわけではないらしい。
その証拠に、キャルに連れられて来たアバルドという街では、視界のどこかにかならず人間以外の種族が混ざり混んでいるからだ。
街の中では六割程が人間で、あとは他の種族であることが確認できる。
本に記述された話とはずいぶん違っているようだ。
そういえば「カルバニアン聖伝辞典」の発行年度は確か、アグナロス歴70年のはずだ。
「おい冒険女。今ってなに歴の何年だ?」
賑やかな市場の通りで、少し前を歩いている黒肌ショートカットの女に聞いてみる。
「なによ急に。今はアグナロス歴の352年だけど?……って!あたしの名前はキャルだからっ!何回言ったら覚えるのよっ!」
ああ、確かそういう名前だったかもしれん。
「覚える気のない奴に何度言っても効果はない、ということをお前はいいかげん学習するべきだ」
「覚えるというその気を出しなさいよあんたはっ!」
まだなにかわめいている奴がいるが、この際はほうっておくのが正解だ。
しかし今は352年か……。本が発行されてから二百年以上経っている訳である。それなら記述通りではなくてもなんら不思議ではないだろう。
ちなみに、アグナロスというのはこの北大陸の現在の王様の名前である。人間の平均寿命は100歳であるのに対して、彼はかれこれ352年生きているわけである。王とはそれ程までに驚異的な存在であることがうかがえる。
そのように思案していると、いつの間にかちょうど市場を抜けるところに差し掛かっていた。ーーすると。
「違うと言っただろうが!俺に何度も同じ事を言わせるつもりか貴様は!」
「も、申し訳ございませんっ!ーーあっ……っ!」
通りのすみで身なりの良い小太りオヤジが、キャルと同じくらいに若い猫耳獣人族の少女を蹴り飛ばしているのを目にして立ち止まる。
「奴隷か……」
「今でもいるのよね。奴隷は殺さなければなにをしても良いって考えている奴が」
キャルは不服そうに睨んで、ため息をついてみせる。
他の通りすがりの人々も、それを快くは眺めていなかった。
確か俺の古い本に「奴隷人権条例」が認められたという文章があったな。
それによると、奴隷など人身売買は許可されているが、それは法にのっとった売買にのみ認可されている。
条例には、奴隷に過度の労働や生命を絶つ恐れのある暴行は禁止されている。
だがそれに触れなければ、法による裁きは下されない。
悪いが……この奴隷は不運だったとしか言いようがない。
「行くぞ冒険女」
「……少しここで待ってて……」
「あ?」
キャルはそう言うと、真っ直ぐに彼らの方へ歩いて行く。
一体なにをしようというのだろうか?俺は彼女を黙って目で追う。
「ちょっとそこのあなた!理由は知らないけど、いきなり人を蹴り飛ばすなんてどういう神経してんのよっ!」
無駄だ。ああいう奴にはなにを言っても耳をかさない。彼女にはそれが分からないのだろうか?
「おっとお嬢さん。どうしてそんなに突っかかってくるんだい?コレは人じゃなくて奴隷なんだよ?理解してくれたかなぁ?」
ヘラヘラと笑うおっさんは。キャルをうっとうしそうにあしらう。
「バカ言ってんじゃないわよっ!彼女だって人間よっ!……あなた、大丈夫っ?」
キャルは彼女をかばうように抱き起こす。
「けっ!俺がそいつを買ってやったんだ!本当なら野垂れ死にしてたんだぜ?俺は非難を受けるよりも、もっと感謝されるべきなんだがなっ?」
「冗談じゃないわ!この娘の痩せ細った身体はなによ!今にも死んじゃいそうじゃないっ!」
食事も必要最低限の食料を与えていれば、特に問題はない。
「ふんっ。そんなに文句があるんならこいつを買えよ。そうだな……金貨10枚程で良いだろう。嬢ちゃんに払えるかね?はははっ!」
「き、金貨10枚……っ!そんなお金あたしには…………」
あまりの高金額に思わず絶句するキャル。しかし、俺の存在を思い出したのか、こちらを食い入るように見つめる。
金貨10枚をよこせということか。
「別にかまわんぞ。それでお前の気が済むってんならな」
「ほ、本当にっ⁉」
顔をパッと輝かせるキャル。しかし。
「だが、条件として貴様には金貨10枚分の仕事をしてもらうぞ。その覚悟がないなら諦めるんだな」
要はこの女に奴隷のまねごとをさせるという条件だ。普通なら無理な要求であるのだが、彼女は迷う事なく即答する。
「良いわっ!もとより、そのつもりで頼んでいるんだからっ!」
どうも後先考えていなさそうな発言ではあるが、これはひとえに、なんとか奴隷を助けたいという彼女の使命感から来ているものであろう。
「なら良いだろう。ほれ、金貨10枚だ」
そのようなやり取りを進めていると、おっさんが急に慌てはじめた。
「ま、待てガキどもっ!奴隷の取引ってのはちゃんとした公共の場で行うものなのだよっ!た、例えば権利書の新規更新の手続きとか色々とーー」
話が急にまとまりだしたことに焦りを感じ始めたおっさんは、逃げる姿勢で後ずさる。
俺はそんなおっさんに歩みよって、耳元で静かにささやく。
「お前、どうせ闇取引だろ?人生終わりたくなかったら黙って従え。それどころか、金貨10枚貰えるんだ。お前にとって、充分良い話だと思うんだが?」
「なっ……このガキがっ!」
闇取引がバレたことに驚きと怒りを覚えるおっさん。
「さあ、どうする?なんなら役所に突き出してやっても良いんだぜ?」
俺のカマ掛けにひっかかったおっさんは、分が悪いと判断すると、奴隷の少女を半ば乱暴に突き出して、キャルの手から金貨10枚をむしり取った。
「ちっ、覚えておけよこのクソガキどもっ!」
おっさんは苦々しく捨て台詞を吐いて、早足にこの場を退散していった。
その姿を勝ち誇った面もちで見送ったキャルは奴隷の少女に向き直る。
「大丈夫?怪我とかない?」
終始無言だった獣人族の少女は、キャルの言葉にハッと我にかえると慌てて頭を下げた。
「あ、あのっ!お助けいただきありがとうございましたっ!こ、これからは貴方がたに誠心誠意ご奉仕致しますっ!」
そのようなことを言う少女に、キャルは首を横に振る。
「良いのよ気にしないで。それに、あたし達はあなたを奴隷なんかにしないわ。これからは自由に生きていいの」
「……自由に……?」
自由だと言われた少女は、少し困った表情になる。
「で、でも……わたし、これからなにをすれば良いのか……」
耳と尻尾を力なく垂らす少女。その様子に何故か情が湧いてしまった俺は、一つ提案を挙げる。
「なら、なにか切っ掛けを掴むまで、俺たちについくるといい。……もちろんタダではないがな」
俺の提案にキャルも同意の意思を見せる。
「あんたにしては良いこと言うじゃない。最後の言葉を除けばだけど。……あなたはどうする?あたし達に着いて来ない?あたし、あなたの力になるからっ」
明るく手を差し伸べるキャルと、成り行きを見守る俺の顔を期待と不安の混ざった表情で交互に見比べたが、少女は思い切った口調でキャルの手を握り返した。
「わっ!わたしで良ければご同行させていただきますっ!あっ、わたしはリザといいますっ!よろしくお願いしますっ!」
「あたしはキャル!。あと、こっち仏頂面なやつもよろしく」
仏頂面なのは多少自覚はあることだったのでとりあえず流しておく。それにしても……。
冒険女のキャルと猫耳獣人族のリザ。そして記憶喪失の俺……これからどうなるものか分かりはしないが、胸が暖かくなっているというこの感覚が、久しぶりであると感じるのは気のせいなのだろうか……ーー。
皆様、多分気にしている方はいないと思いますが、予告の謎の卵については次回にさせていただきますので、どうぞご了承下さいますようよろしくお願いします。ではまた後ほど……。




