卵の中身
お待たせ致しましたっ!……と言いましても待っていらっしゃる方はそういないと思いますが……。どうぞおき楽によろしくお願いしますっ!
市場から遠ざかり、宿屋が多く立ち並ぶ通りに出てくる。
ここは宿場町であるため、宿どうしの客引き争いがより激化する場所だ。
各宿では割と綺麗な容姿の女が、宿の前で盛んに客達を呼び込んでいる様子が伺える。
と、さっそく俺たちを見つけたらしい、長い耳が特徴のエルフ族の女が駆け寄って来た。
「本日泊まる宿をお探しですかっ?今週実は割引き週間なんですがいかがでしょうかっ?もちろん、お食事とお風呂付きですよっ!」
営業スマイル全開のエルフの女は、慣れた様子でグイグイと迫る。
それに対して、リザは俺の背中に隠れるような位置を取る。
「あ、あの、どうしましょうか……?」
自分の死角に入られると落ち着かない俺は、リザが視界に入るように彼女を引き離す。
「俺はここに泊まる。どうでも良いから早く案内しろ」
泊まるところなど、俺にとってはどうでも良い。
「はいっ。三名様でよろしいですね?すぐにご案内致しますっ。こちらへどうぞっ」
エルフの女は、俺の上からの口調に嫌な顔を微塵も出さずに笑顔で応える。
「待て、泊まるのは俺だけだ。こいつらを勝手に数に入れるな」
冗談ではない。この二人と一緒に泊まるなど、俺の気が休まらんではないか。
すると、俺の言動にキャルが抗議し始めた。
「ちょっ⁉なんで一緒じゃないのよ!あたし達もここに泊まるわよ!」
「ふざけるな。奴隷は黙って従え」
「はあっ?なにを言って……って、あれはそういう意味じゃないでしょっ⁉」
キャルは俺を軽蔑するように睨んでくる。
まあ、それはどうでも良いか。この女が黙って従うやつではないということは、今までの態度ではっきりしている。
「……勝手にしろ。言っておくが、お前らの面倒までは見んぞ」
「わ、分かってるわよっ!」
「……ええと、では三名様で……?」
俺たちの会話を黙って聞いていた、エルフの女がおずおずと尋ねる。
だいたい、なぜ同じ宿に泊まりたがるのか、俺には全く理解出来ないが。
「ああ、それでいい」
と、適当に応えた。
「かしこまりましたっ。それではご案内致しますっ!」
俺たちは、エルフ女の後を追うと、すぐに宿に到着した。
宿は木で建てられたものだったが、なかなか綺麗に塗装されており、上品な宿であることが伺える。
俺たちは、カウンターの前に立ってエルフ女から説明を受ける。
「お泊まりしていただくには、まず三つのコースの内一つを選択していただきますっ」
エルフ女はここで一度俺たちの顔を見回す。
「Aコースは一泊で銀貨一枚ですっ。食事やお風呂及び銭湯は自由にご利用出来、専属の係りが付きますっ。
Bは一泊で銅貨五十枚ですっ。食事はコース料理となっており、銭湯での入浴はご自由ですっ。
Cは一泊で銅貨十枚ですっ。食事は大食堂で一日最大三食までで、銭湯のご利用は一日一回限りとなっておりますっ!」
エルフ女の長い説明を受けて、俺は口を開く。
「俺はAで良い。お前らは?」
「あんた本当金持ちね!あたし達はCコースで充分よ」
「すいませんっ。なにもかもお世話になってしまって……」
リザが申し訳なさそうに俯いたのをキャルは「良いのよっ。気にしないでっ!」と、励ますように頭を撫でた。
「当宿では先払いとなっていますっ!まずはAコースの方から銀貨一枚と身分の証明出来るものか、こちらの用紙に必要事項を書いていただきますっ!」
それを聞いて、俺は銀貨一枚と冒険者証明書をエルフ女に渡す。
「……え、なんでっ?なんであんたがそんなもの持ってるわけよっ⁉」
キャルの問いを無視する俺。
「冒険者のイクア様ですねっ?専属の係りをご用意致しますので、しばらくこちらでお待ち下さいっ!」
一旦カウンターを去るエルフ女をよそに、俺達の自然なやり取りに、キャルとリザが戸惑った様子で迫って来る。
「ちょっと!あんたいつの間に冒険者になったのよ⁉」
「お名前、実は覚えていたんですかっ⁉」
「あ?俺はまだ冒険者じゃねえが?まあ、その予定ではあるがな……。あと、名前は適当だ」
「「???」」
俺の言っていることの半分も理解していない様子の二人。
隠していても色々と面倒なので、簡単にかつ分かりやすく言ってやる。
「冒険者証明書は今さっき偽造した」
「は……?何よその便利機能っ⁉」
「……えっと、偽造証明書はバレてしまうのでは……?大丈夫なんでしょうかっ?」
二人それぞれ反応の仕方が別れたが、俺はリザの不安に応えてやる。
「問題ない。キャルの冒険者証明書をもとに忠実に作ったからな。名前は本に書いてあった、名称リストの千番目に乗っているものを引用した」
俺の言葉に二人はあきれて口を開く。
「あんたそういうところにしか労力を使わないのね」
「そういった問題じゃない気が……。あぁ……バレたら絶対ただでは済みませんよぅ」
と、二人して嘆いていると、カウンターを離れたエルフ女がまだ十代前半のエルフ少女を連れて来た。
「ーーお待たせ致しましたっ!こちらがイクア様のお世話係りになるエリルです」
エルフ女に紹介された少女は、まだ慣れていない様子でお辞儀をする。
「あっ、エリルですっ!ど、どうぞよろしくおねっーーか、かんじゃった!」
「「「…………」」」
いきなりの失敗に、慌てて手で口を抑えるエリル。
その仕草にキャルとリザは一転して表情を和ませた。
「すいませんっ!妹はまだ仕事を覚えたばかりで、なにか不都合な事がありましたら私にお申し付け下さいっ!」
妹の失態を代わりに謝るエルフ女。
てか、姉妹なのか。確かに似ているような気がするが、エリルは顔立ちがまだ幼いためだろうか少し分かりづらい。
その後キャルとリザも手続きを終えて、俺は一旦彼女らと別れる。
「ええと、イクア様のお部屋は307号室になりますっ!」
俺を部屋まで先導するエリルは、部屋の番号を慌てて確認した。
こんな調子で接客が務まるのか甚だ疑問である。
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部屋に着くと俺はとりあえず、エリルに適当な昼食を持ってくるように言い、リュックを開けて未だ正体不明の卵を取り出す。
この卵、俺の持っていた本には何も記述がなかったのだ。それにしても……。
おかしい……。
俺は全体が真っ白な卵を凝視する。
先日までは、子どもの頭ほどの大きさであったはずの卵が、今では大人の頭と同じくらいに大きくなっている。とーー
ーーピシッ!
「ーーなにっ?」
卵が突然大きく揺れたかと思うと、勢いよくヒビが真っ二つに走った。
しかも驚くのはそれだけではない。ヒビが入った卵から、それまでは感じなかったかなりの魔力が溢れ出て来たのだ。
普通の人間には出来ないが、俺は相手の力を読み取るスキルを保有している。
俺の中で強さを数字で表すと、今の俺が100で卵の中身が20以上あるほどだ。
ちなみに、キャルは30でリザは5行くかどうかである。
キャルとリザを引き合いに出せば、産まれた時からのその力の差は歴然だ。
そしてついに卵の殻が破られ、中のそれが俺の顔を見上げるーー
「ーーキュルッ!キュルルルルッ……!」
真っ白な毛並み、しなやかな尻尾、透き通った青い瞳、小さな翼はしきりにパタパタとさせている。
「ーーまさかこれは……ドラゴンの幼龍か……?」
ドラゴンとは、モンスターの中でも最上位に君臨する王者である。そんなものを何故俺が……?
流石に困惑していると、そんな俺に戸惑いもせず、幼龍は嬉しそうに翼をバタつかせて飛びついて来た。
「ーーキュッ!キュルッ!」
「おわーーっ!……って、かなり懐かれてしまったな……」
確か幼龍は、産まれて初めて見る生き物を親だと認識するという。しかも、それがオスかメスかを区別するらしい。
てなことは、俺はこの幼龍の親父になるという訳か……。
だが悪くない。こいつの力を持ち駒にすれば色々と役に立ちそうだ。
俺の中でキャルとリザは、同じ駒でも彼女らは捨て駒のようなものだ。この幼龍をモノにすればもう雑魚にようはない。
「ーーお待たせ致しましたっ!ご所望の昼食でございますっ!」
「ーーなっ⁉」
と、ノックもなしに昼食を運んできたエリルの姿を幼龍ははっきりと捉えた。
ーーまずいっ!このままでは幼龍がこいつを母親だと認識してしまうっ!
俺は慌てて幼龍を後ろに引っ込めようとするが、時すでに遅し……。幼龍は俺の手からすり抜けて、エリルの胸元に飛び込んでしまった。
「キュルルッ!キュルルルッ!」
「ーーきゃっ⁉わわっ?あ……えへへっ!く、くすぐったいですよ〜っ!」
俺は幼龍と戯れるエリルを呆然と眺める。そして、次第に俺の身体から魔力が溢れ出て来た。
「ーーゆっ!許さんぞ貴様……っ!」
「ーーっ!ええっ……?あ、ああっ!か、勝手に入ってしまいましたっ!すいませんっっっ!」
俺の殺気に気付いたエリルは慌てて取り繕うように頭を下げるが、その程度では俺の耳には届かない。
前身の血液が沸騰しそうに魔力が高まって来た時ーー
「ーービイィィィィィィィッッッ!!!」
部屋に取り付けられている魔力探知機が、膨大な魔力を感知すると、不快なけたたましい警告音を鳴り響かせた。
それによって、俺の意識がはっと呼び戻させられる。
「ーーどうされましたかイクア様っ⁉」
警告音を聞いたエリルの姉が、何事かと焦った様子で駆け付けて来た。
それに対して、俺は冷静さを装って応える。
「……俺にも分からん。探知機の誤作動なんじゃないのか?」
「ご、誤作動……?」
俺の言葉に首を傾げるエリルの姉だったが、どうやら安心したらしく、ホッと胸をなで下ろす。
「大変申し訳ありませんでしたっ!すぐに別の部屋へご案内致しますっ!」
「いや、その必要はない。俺はこういう装置について詳しい。異常がないか自分で確かめておく」
頭を下げる彼女の申し出を断わって、退出させるように言う。
「?……あ、はい……?かしこまりました。それではごゆっくりおくつろぎ下さい」
少し納得のいかない様子であったが、彼女は俺の意思を感じ取ってか、静かに部屋を出ていった……。
ふう……。どうにか大事にならずに済んだようだ。
俺は落ち着きを取り戻して幼龍はと、部屋を見渡す。
「……キュキュ……ッ」
事態が終息したのを見計らったのか、まだ怯えた顔つきでエリルの服の胸元から顔だけを出して、周囲をキョロキョロとうかがっていた。
「……あ、あの……」
自分のことを見ていると感じたエリルは、落ち込んで俺のところまでやって来る。
「あの……さっきのは私の所為ですよね……本当にすいませんでした……っ!」
エリルは再三頭を下げて詫びる。その顔は、叱られるとばかりに目をつむって強張らせていた。
その様子はあまりに健気で不憫に思われた。
不思議と怒る気力も失せて、俺は彼女の頭にそっと手を置く。
「……ふぇ……?」
「……俺も悪かった。次から気を付ければそれで良い」
なるべく穏やかに言ってやると、怒られなかったことに驚きつつも、顔を輝かせながら俺に抱きついてきた。
「ほ、本当ですかっ!ありがとうございますっ!イクア様はとても優しいですっ!」
「お、おい……っ」
満面の笑みで俺の腰にきゅっと腕をまわすエリル。
なんとなく分かってきたが、俺は無垢なモノに弱いらしい。とーー
「ーーねえっ、さっきの警告音がなにか知らな……い?え……?ーーええっ⁉」
これまたノックもなしに、のこのこと入って来たキャル。このいけない雰囲気に顔を真っ赤にさせて大声をあげる。
「……こ、この変態っ!鬼畜っ!色魔っ!あんたなんて、頭からモンスターの糞に突っ込めばいいのよっ!うわあぁんっ!」
ドアを開けっぱなしに、何故か泣きながら部屋を飛び出して行くキャル。あいつは一体なにがしたいんだ……?
他人の考えるていることが、いまひとつ良く分からない俺であったーー。
読んで下さった方々にお礼申し上げますっ!次回は出来るだけ早く更新したいと思いますので、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いしますっ!




