少女の皮を被った狂犬
サイバーパンク世界でお嬢様言葉の生意気美少女サイボーグがデカいハンマーで大暴れする作品です。
ネオ・トーキョーの重く垂れ込めた鉛色の空を、不快な駆動音が震わせる。
ズシン、ズシンという地響きと共に、アスファルトを粉砕しながら進む巨体。
GF社製・有人対テロ用機動兵器『ブロックバスター』。
ティールグリーンと赤の派手な塗装、そして両肩に担いだ黄色いコンテナ状のミサイルポッド。その姿は、この灰色の街において異様なまでの存在感を放つ、極彩色の暴力装置だ。
コックピットで、パイロットの男は網膜ディスプレイに流れる作戦概要を睨みつけていた。
『GF社管轄・第4研究所にて襲撃発生。警備班との通信途絶』
男はガムを噛み潰し、唾を吐き捨てるように毒づいた。
「またテロリストか。……いや、違うな」
彼の脳裏には入社以来、毎日毎晩睡眠学習で刷り込まれてきたGF社の社訓が、神の啓示のように響いている。
『我々は自由の守護者である。我々を阻む者は、同じ宇宙船地球号の乗員にあらず。言葉の通じぬ侵略者、敵対的エイリアンなり』
「そうだ。俺たちの崇高な研究を邪魔する奴らが、人間であるはずがない。エイリアンだぁ! 侵略者だぁ! すぐさま駆除しなきゃならねえ!」
日本政府が頭を下げて誘致した、偉大なるGF社。その恩恵を仇で返すような輩は、害虫以下の宇宙人だ。男の瞳には、狂信的な正義の炎が宿っていた。
通信機からノイズ混じりの音声が入る。
『こちら司令部。コードネームキマイラも現場へ向かっている。同士討ちに注意せよ』
「ケケッ、あの毒女か。必要ねえよ!」
男は鼻で笑った。あんな陰気な女に手柄を横取りされてたまるか。
エイリアンを血祭りにあげ、その亡骸の上で星条旗を掲げるのは俺と俺の愛機『ブロックバスター』だ。
意気揚々と現場に到着した瞬間、パイロットの思考は凍りついた。
そこは、戦場というよりは、巨大なプレスマシンが暴れまわった後の屠殺場のようだった。
「な……なんだ、これは……。この惨状は!」
警備にあたっていたGF社の精鋭傭兵たちが、原形を留めない肉塊となって散らばっている。
切断面はない。鋭利な刃物で斬られたのではなく、圧倒的な質量で叩き潰され、ひしゃげ、破裂した死体。
頑強な装甲を誇る自律警備ロボット『ピースキーパー』でさえ、上半身だけで這いずり回っている。
「ハイジョ……ハイジョ……タイショウ……ハイジョ……」
「う……うるせえ!」
壊れたレコードのように繰り返すロボットの頭部を、『ブロックバスター』の巨大な足が踏み砕く。
「ハァハァ……なんだってんだ!」
静寂が訪れた。
その静けさを破るように、鈴を転がすような少女の声が響いた。
「あら。あなたがGF社ご自慢の兵器? 来るのが遅かったわね」
「ッ!? どこだ!」
反射的に機体を旋回させ、センサーを作動する。
センサーが反応した先。瓦礫の山の上に、その少女は優雅に腰掛けていた。
この凄惨な殺戮現場にはあまりにも不釣り合いな、鮮烈な『赤』。
燃えるような真紅の長髪が、湿った風に揺れている。
少女の身長は150センチにも満たないだろう。あどけなさを色濃く残した童顔に、形の良い小さな唇。大きな瞳は、稀有な紫水晶の色を帯びた青だ。
鮮血よりも赤いライダースジャケットに、黒いホットパンツ。首には黒曜石の首輪が嵌められている。
透き通るような白い肌は、飛び散ったオイルと返り血で汚れていた。
そして何より、彼女の細い肩に担がれている『それ』が、彼女がただの少女ではないことを雄弁に物語っていた。
彼女の身長をも超える、巨大な黒い鉄塊。見ただけでわかる超重量級ハンマー。
推定重量450キログラム。戦車の装甲すら紙屑に変えるほどの質量兵器を、彼女はまるで小枝を持つように軽々と扱っている。
パイロットは確信へと至る。コイツだと。
「……エイリアンだ!!」
間違いない。こんなふざけた姿をした生物が、人間であるはずがない。
あのハンマーは人外の証拠。証。この惨状を作り出したのは、間違いなくこの少女だ。
「死ねぇぇぇぇえ! 侵略者ァァッ!!」
パイロットは躊躇なくトリガーを引き絞った。
『ブロックバスター』の左腕、30mmロータリー・オートカノンが咆哮を上げる。
毎分4000発の速度で吐き出される劣化ウラン弾の嵐。コンクリートの壁さえ粉砕する死の暴風が、少女を襲う。
だが。
「面白みのない攻撃ですこと」
少女は退屈そうに呟くと、ふわりと地面を蹴った。
その動きは、重力を無視していた。
弾丸の雨の中を、赤い蝶が舞うようにすり抜けていく。着弾した地面が爆ぜるより早く、彼女はその場から移動する。
「速いッ!? だがなぁ!」
少女との距離が詰まる。パイロットはニヤリと笑い、コンソールを叩いた。
「宅配便だ! 受け取りなァ!」
両肩の黄色いコンテナが開く。
シュババババッ! という噴射音と共に、数十発のマイクロミサイルが一斉に放たれた。
回避不可能な飽和攻撃。少女の逃げ場を完全に塞ぐ、炎の檻。
少女は空中で左腕を無造作に突き出した。
その細い腕が変形音と共に展開する。
黄金の光が漏れ出す砲身。
「お返ししますわ!」
閃光。
彼女の左腕から放たれたのは実弾ではない。純粋な熱エネルギーの塊。
それが先頭のミサイルに着弾した瞬間、太陽の表面温度にも匹敵する熱球が膨れ上がった。
誘爆。
連鎖する爆発が、炎の壁となって『ブロックバスター』の視界を覆い尽くす。
「くっ……小細工を!?見えねぇえ!!」
目眩しか。だが、センサーは生きている。
パイロットはすぐさま索敵モードに切り替えようとした、その時だった。
黒煙を突き破り、赤い影が飛び出してきた。
少女だ。
彼女は超重量級ハンマーを振りかぶり、遠心力を乗せた一撃を、機体の左腕――ガトリング砲へと叩きつけた。
金属の悲鳴などという生易しい音ではない。
圧壊音だ。
ブロックバスターの25トンの巨体が、たった一撃で横になぎ倒されそうになる。
強固なはずのガトリング砲が飴細工のようにひしゃげ、火花を散らして機能停止した。
「ぐっ、うおおおっっ!?」
機体のバランス制御が悲鳴を上げる。だが、少女の舞踏は終わらない。
彼女は反動を利用して空中で回転し、今度は右肩のミサイルポッドへ『鉄槌』を振り下ろした。
ズドンッ!!!
衝撃が貫通し、黄色いミサイルポッドが根元からへし折れ遥か後方へと吹き飛んだ。
爆発四散するポッドを背に、少女は優雅に着地する。
『ブロックバスター』は武装を失い、無様に膝をついていた。
「ハァ……ハァ……」
コックピットの中で、パイロットは脂汗を流しながら荒い息を吐く。
モニター越しに見る少女は、息一つ切らしていない。
彼女はハンマーを石畳の上に突き立て、冷ややかな瞳で鉄の巨体を見上げている。
「図体だけのデクのぼう……いいえ、動く棺桶ですわねー」
少女はフンと鼻を鳴らし、蔑みの視線を送った。
「最期に言いたいことがあるなら、おっしゃりなさい。慈悲として聞いて差し上げますわ」
パイロットの脳内で、何かが切れる音がした。
恐怖が、屈辱が、そして洗脳された『正義』が彼を暴走させる。
「GF社は……GF社は、エイリアンには屈しないぃぃッッッ!!」
彼は安全カバーを殴り割り赤いボタンを押し込んだ。
機体中央のセンサーが、禍々しい赤色に発光する。
ロックオン・アラートが鳴り響く。
「消えろォッ! 『正義の眼光』!!」
高出力マイクロウェーブ照射。
対象の体内の水分を瞬時に沸騰させ、電子レンジのように内側から焼き殺す、回避不能の光速攻撃。
ロックオンされた時点で、逃げ場はない。
ビッ!
不可視の熱線が、少女を直撃した。
「やった……!」
パイロットは勝利を確信した。
どんなに素早くても、光の速さからは逃げられない。生意気なエイリアンの内臓は煮えくり返り、絶命しているはずだ。
だが。
モニターに映っていた少女の姿が、ふらりと揺らぐとノイズのように掻き消えた。
「な……?」
ホログラム? 残像?
フェイクか!? 何が起こってーー
「――遅いですわ」
その声は、コックピットの真横から聞こえた。
パイロットが振り向くよりも早く、世界が反転した。
ガギィィィンッ!!!!
彼女の全力が込められた『鉄槌』のアッパーカットが、『ブロックバスター』のセンサー下部をカチ上げた。
25トンの鉄塊が、まるでサッカーボールのように宙を舞う。
竜巻に巻き上げられたかのような大回転。
コックピット内の重力制御など意味をなさない。
パイロットは遠心力で意識を飛ばされかけ、次の瞬間、砕けたキャノピーから外へと放り出された。
ドサリ。
泥水の中に叩きつけられるパイロット。
その数メートル先に、主を失った『ブロックバスター』がバラバラのパーツとなって雨のように降り注いだ。
「が、あ……」
パイロットは全身の骨が軋む激痛に呻きながら、薄目を開けた。
目の前に、赤いジャケットの背中があった。
彼女の背中には、青白い三日月の紋様が浮かび上がっていたがふっと消失する。
少女がゆっくりと振り返る。
その瞳の色が青から、元のアメジストへと戻っていく。
「……頑丈なだけが取り柄でしたのね。中身はずいぶんと脆そうですけれど」
少女はハンマーを引きずりながら、這いつくばるパイロットに歩み寄る。
「最期の言葉をおっしゃりなさい。今度こそ終わりですわ」
パイロットは血の泡を吐きながら、震える唇で笑った。
洗脳は死の淵にあっても解けない。
「言った、はずだ……。GF社は、屈しない……!偉大なるアメリカは……貴様らのような、エイリアンなんぞには……な!!」
少女は無表情のままハンマーを振り上げた。
「そうですか」
グシャッ。
躊躇も感慨もなく。
虫を潰すように、パイロットの上半身を叩き潰した。
アスファルトに赤い花が咲く。
「……わたくしからすれば、あなたたちの方がよっぽど言葉の通じない宇宙人ですわ」
少女はハンマーについた汚れを払い、ため息をついた。
「はぁ……先ほどからコソコソと……誰ですの?」
少女が振り返る。
瓦礫と鉄屑の山の向こう、濃い霧の中から、一人の女が立ち尽くしていた。
身長は185センチほど。少女よりも頭一つ分以上背が高い。
その姿は、この戦場において異様だった。
純白のロングコート・ドレス。顔の下半分を覆う、装飾的な白いガスマスク。
その隙間から覗くのは、紫色の長い髪と、同じ色をした憂いを帯びた瞳。
全身から漂うのは薬品の匂いと、どこかぼうっとした掴みどころのない印象。
GF社の増援か? 少なくともこのタイミングで現れたということは、ただの通行人ではないだろう。
「あなたも、わたくしをエイリアンと呼ぶ輩の一派ですの?」
少女は『鉄槌』を構え直し、殺気を放つ。
声をかけられた女は、ビクリと肩を震わせた。
紫色の瞳が熱っぽく揺らぐ。
女はおずおずと、しかし確かな足取りで前へと進み出る。
「来るなら来なさい」
少女は警戒レベルを引き上げる。
この女、隙だらけに見えて、どこか底知れない不気味さがある。
先ほどのパイロットのような直情的な敵ではない。
「さきほどの玩具よりは、楽しませてくださいませ!」
少女が跳躍の体勢に入った、その時だった。
女は少女の目の前まで来ると、突然、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
そのまま両手をつき、額を汚れたアスファルトに擦り付ける。
完璧で美しい土下座。
「……へ?」
少女の動きが止まる。
攻撃の予備動作? 何かの儀式?
困惑する少女の足元で、女は震える声で、しかし熱情を込めて言った。
「あなた様の、下僕とさせてください」
「…………はい?」
「犬でも、足拭きマットでも、毒味役でも構いません。どうか、私をあなたの所有物にしてくださいませ、犬噛蛍様……!」
ガスマスクの下から漏れる声は、うっとりと濡れていた。
「……頭のネジが飛んでいるのは、GF社の標準仕様なんですの?」
戦場に漂う血とオイルの臭いの中で、少女――犬噛蛍はハンマーを構えたまま、ポカンと口を開けて呆気に取られた。
「あぁ、蛍様! 忠誠の証として蛍様の靴を……今すぐ私が掃除いたします! ペロペロレロレロ〜」
女はそう叫ぶや否や、這いつくばったまま蛍の小さな革靴へ顔を寄せ、ガスマスクをずらして直接その靴を熱心に舐め始めた。
「なっ……何をしますの!?」
蛍は反射的に脚を振り抜き、女の顔面を容赦なく蹴り上げた。
ゴフッ、と鈍い音がして女の体が後ろへ転がるが、彼女はすぐに跳ね起き、再びアスファルトに額を擦り付けて完璧な土下座の姿勢に戻った。
「申し訳ございません、蛍さまぁ! あまりにも蛍様のお足が美しく、それが戦場の泥で汚れておられるのが我慢ならず……つい出過ぎた真似を!」
鼻血を垂らしながらも熱っぽい息を吐く女を、蛍は愛用のハンマーを肩に担ぎ直し、興味深そうに見下ろした。
「……あなた、わたくしの下僕になりたいと言いましたわね?」
「はい! 自分はあなた様の下僕です!」
女は地面にへばりついたまま即答した。
「顔を上げなさい」
蛍が命じると、女は待ってましたとばかりに恍惚とした瞳で蛍を見上げる。
「では……三回回って『ワン』と鳴きなさい」
あまりにも屈辱的でふざけた命令。
だが、女は一瞬の躊躇もなくアスファルトの上で無様に三回転し、満面の笑みで「ワン!」と犬の鳴き声を上げた。
「ふふっ……ほんとうにしましたわ! では今度は、火を怖がるサイの真似をしなさい! サイですわよサイ!」
女は即座に四つん這いになり、「フシューッ! フシューッ!」と火に怯えるサイのパントマイムを全力で始めた。
「あっはっはっ! あなた、いいですわ! 本当に頭のネジが吹っ飛んでいますわね!!」
蛍は腹を抱えて大笑いした。
そして、笑い涙を拭いながら、不意に冷酷な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「……両腕を折りなさい」
「はい、蛍様!」
女は少しの迷いも見せず、己の右腕を左手で掴むと、そのまま逆関節の方向へ力任せにへし折った。バキィッ! という生々しい骨と金属の破断音が響く。
続いて、力なくぶら下がった右腕の代わりに地面を使い、自重と遠心力を利用して左腕も完全にへし折ってみせた。
ボタボタと流れる鮮血と共に、千切れた人工筋肉とサイバーウェアの配線が皮膚を突き破って露出する。
激痛に顔を歪ませるどころか、女は血まみれの両腕をだらりとぶら下げたまま、恍惚とした表情で「いかがでしょうか、蛍様……♡」と跪き続けていた。
その狂気に満ちた従順さに、蛍は満足げに目を細めた。
蛍はゆっくりとしゃがみ込むと、血で汚れたガスマスク越しに女の顎を指先でクイッと持ち上げた。
「あなた、気に入りましたわ。マスクの下の顔も悪くないですし……いいでしょう。このわたくしの、専属の下僕にしてあげますわ」
「あぁっ……! じ、自分は……!」
感極まった女が、震える声でかつての名を名乗ろうとした。だが、蛍は女の唇を指で塞ぎ、ピシャリとその言葉を遮った。
「待ちなさい。あなたの過去に興味はありませんわ。前の名前もね。わたくしが興味があるのは、『わたくしの下僕としてのあなた』だけですの。過去の名前は、今この場で捨てなさい」
蛍の絶対的な宣言に、女は息を呑み、大きく頷いた。
新たな主人が、自分に新たな名前を与えてくれる。女は全身を震わせ、固唾を飲んでその瞬間を見守った。
「そうですね……サメ、シャチ、クラゲ……」
蛍は顎に手を当て、少しの間考え込んでから、ふと名案を思いついたようにポンと手を打った。
「そう、クラゲ! 水母ですわ! あなたの名前は今から『水母』ですわ! 苗字は、後にしましょうか」
深い意味など欠片もない、直感的なネーミング。だが、彼女にとっては神から賜った洗礼名と同義だった。
「水母……! はいっ、自分は今日から水母です! 蛍様の水母ですぅ!」
水母が歓喜の涙を流し、折れた両腕をぶら下げたまま再び額をすりつけた。
どうか感想ください。




