41. 『――美しいな』
『女の姿をした妖とであれば、人間のように子を成せるか?』
妖はどこからともなく生まれる実体のない存在だということは、九十九も認識していた。
しかし人間に取り憑き実体を得た状態でなら、人のように子を成すこともできるのではないだろうか。手始めにそう考えた九十九は、女性の姿をした妖と会話を試みた。
妖同士は基本的に干渉しない。自分の縄張りを侵す妖がいれば、それは仲間ではなく敵だ。争って、相手の妖力を喰らうこともある。九十九は今まで他の妖と会話を試みたことはなかった。
その妖はたくさんの人間を喰らった、それなりに力のある妖だった。
『私と「家族」になってみないか?』
そう問いかけると、彼女は『何を言っているのかわからない』という表情でしばらく考えてから、頷いた。
『――それもいい。夫婦のふりをして、孤児でも集めて喰らおうか』
九十九は深くため息を吐いた。
妖は基本的に単独で人間を狩って食べる。
稀に妖同士で群れて狩りをすることもあるが、それはあくまで互いの利益のための結託であって、損得感情しか存在しない。それは、自分の求める『愛』とは異なる。
妖の不完全な部分を見せつけられたようで、苛立ちを感じた九十九は、その女の姿をした妖を喰らってしまった。
九十九が得たい『愛』という感情は、人と人とが自分の命を捧げてでも相手のことを想う『つながり』だった。
次に人間の男に取り憑いた。
祝言をあげたばかりの男を殺して、その体を乗っ取った。
名前は鵜原 百助といった。
東都で華族相手の呉服店を営む裕福な商人の家の一人息子だった。
その男に成り代わったのは偶然だった。
ちょうど人間の『祝言』というものを観察していた時に、見惚れた人間の女がいた。
『――美しいな』
九十九はその白無垢姿の女を見て、思わず呟いたほどだった。
――九十九は美しいものが好きだった。
縄張りにしていた東都外れのいくつかの街に隠れ住むための巣を持っていたが、九十九はそこに絵や陶器の置物、着物など『美しい』と感じたものを持ち込んで、気が向けば眺めていた。
妖は姿を変えることができるが、人の姿をとる時は『美しい』と感じる造形にこだわった。その方が人間を狩る時に役立つということもあったが。
長い白い髪の美しい姿。この姿で笑いかけると、女はもちろん時には男も、人間はふらふらと自分についてくる。
九十九は『白』という色が一番美しい色だと感じていた。
最初に美しいと感じたものが、真っ白な雪景色だったということもある。
雪の日に人を喰らった。自分がぐちゃぐちゃにして痛めつけた人の遺体を見つめてふと顔を上げると、真っ白な雪景色が視界に入った。雪は自分が作ったどす黒い血の跡をゆっくりと消して、白く塗り替えていった。
(――白は、美しい)
そうして長く生きていく中で、九十九は美しいものに惹かれるようになっていった。
人間のいう『愛』はいつまでもわからなかったが、『美しい』は理解できるようになったことが嬉しく、普段の自分の姿も考えられる限り『美しい』人間の姿に見せていた。
そして――偶然見かけた白無垢姿のその女は、美しかった。特に弱弱しい陶器のような色白の肌に惹かれた。体が弱いのか生命力に乏しい女だったので、食糧としての魅力に欠けるためか、人形を見るように冷静に彼女の造形を見つめることができた。
その日の夜、歓楽街をうろつくその男と鉢合わせたのだった。
『百助様! アンタ、あたしと結婚してくれるって言ったじゃない!』
『商売女ごときに俺が本気になるわけないだろぉ。自分の立場をわきまえろ卑しい売女が』
路地で商売女の頬を殴りつけていたその男を見て、九十九はそれが祝言の相手の男だと気づいた。――あの女の夫にふさわしくないと思った。
――それに。男の名前が気に食わなかった。
『百助』
百という字を名前に持っているのに、あまりに不完全な醜い男。
私はいつか百になりたいのに。
(――例えば、私がこの男になって、あの女を妻としたら)
自分の望みは叶って、愛を得た自分は名前通り『百』になれるのではないだろうか。
そこで九十九は、それならこの男と代わってみるかと考えた。
人の身体に取り憑けば、女を抱くことはできた。
それを人に『恐怖』を味合わせる手段にする妖もいるが、人に成り代わり、家族を作れば『愛』が得られるのでは?
鵜原 百助に取り憑き、本人の自我を殺し肉体を乗っ取った。
そしてそのままその身体を乗っ取り、数年人に混ざって暮らした。




