第89話 ハズレ勇者、大好物と再会す
勇斗とアンジェロは、地下七階に向かってダンジョン攻略を開始する。最初の目的地は、地下四階にある、落とし穴である。
ダンジョンは広い。
その広さは明確になっていないものの、最低でも、東西に五キロメートル、南北に五キロメートルほどはあるだろうというのが、多くの冒険者の見立てである。最低でも、というのは、階層ごとにその広さが異なるからである。
広さが明確になっていないのには、もうひとつ理由がある。とにかく、通路が入り組んでいるからだ。直線であれば何ということのない距離が、複雑な通路形状によって、踏破を困難にしていて、歩く者の距離感を狂わせる。
また、入り組んだ通路は、そこら中に死角を作っている。曲がり角でモンスターとばったり、というようなことが、起こりやすくなっているのである。
したがって、ダンジョンの踏破には、どうしても時間がかかる。ましてや、二人しかいない勇斗とアンジェロのパーティでは、なおさらである。
行軍に当たっては、まず、足のあるアンジェロが先行偵察をする。その際、二人分の荷物は、勇斗が抱えて歩く。
アンジェロは、先の通路と、後に続く勇斗との間を頻繁に行き来し、状況を共有する。
モンスターが発見されれば、戦闘態勢に入る。通路は狭く、戦闘を回避できることは稀である。
戦闘となれば、勇斗は抱えている荷物を置いて、アンジェロと共に前線に立つことになる。
その戦闘も、二人であれば時間を取られてしまう。地下二階まではさほどではないものの、地下三階や四階となれば、モンスターも手ごわい。
モンスターを倒した後の、素材の回収も、存外に手間を取られる。魔物の解体は手慣れたものだが、やはり二人では手間取ることも多いのである。あがりは少ないながらも収入を得られるので、捨て置くという選択肢はない。
勇斗たちはそうやって、ダンジョンを進んでいく。
結果、四日ほどをかけて、地下五階にたどり着くことになったのである。
「やっと五階だー」
言ってから、アンジェロが背伸びした。
勇斗は頷いて言った。
「ようやく来たな!」
「どうする? すぐに行く?」
と、アンジェロが目的地をぼかしながら尋ねる。
他の誰かに聞かれて、奇異に思われないよう配慮したのであろう。
今回の目的地は、地下五階にある落とし穴である。普通の冒険者が目的地にするような場所ではなかった。
勇斗は懐中時計を取り出して、時刻を確認する。
「やめとこう。今日はこの辺りで一泊して、明日の朝だな」
「だね。本当に下に通じているなら、万全の態勢で行きたいしね」
勇斗の予想では、地下五階の落とし穴は、地下六階に通じている。地下六階は、ここより強いモンスターが出現するので、準備しておくに越したことはない。
「近くに小部屋があっただろ。あそこでテント張ろうぜ」
「りょーかい! じゃあ偵察行ってくるね」
ダンジョンの小部屋は、居座っているモンスターがいる場合はあるものの、徘徊するモンスターが入ってくることはあまりない。なので、冒険者が拠点にすることがままあるのである。
偵察に出たアンジェロが、すぐに帰ってきた。
「先客いたんだけど、聞いたら、隣オッケーだって」
先客と聞いて、勇斗は少しだけ胸がざわつく。他の冒険者との接触は、できるなら避けたいところであった。なにせ、勇斗はハズレ勇者として知られた存在なのである。
「どうする?」
そんな勇斗を見て、アンジェロが尋ねる。
「うーん。このへんで他にキャンプに適した場所はないからな……。仕方ないか……」
勇斗は渋々と頷いた。
小部屋では、先客のパーティが、ちょうどテントを設営しているところであった。
男性四人のパーティである。年齢は二十代から三十代といったところだろうか。全員が勇斗たちより年上であることは間違いなかった。
彼らは、しっかりした装備をしており、この辺りでくすぶっている冒険者ではないことが、明らかに見て取れる。
地下五階は通過点で、もっと下の階層に行く途中なのではないだろうか、と勇斗は推測した。しかし、その割には、荷物は多くなさそうである。
「よろしくおねがいしまーす!」
とアンジェロが明るく言うと、彼らも、よろしくと笑顔で返してきた。
彼らは、部屋の中央ではなく、壁寄りでテントの設営を進めている。おそらく、勇斗たちの場所を空けてくれているのである。
勇斗の視線に気づいたようで、狩人と思われる軽装備の男性が、手を上げつつ言った。
「悪ぃな。うちは、男四人のパーティなんだが、ちょっとテントがでかくてな。スペース取っちまうかもだ」
「いいえー。僕らのところは二人だから、ぜんぜん大丈夫ですよー」
と、アンジェロが答えた。
勇斗たちのテントは、一人用の小型テントである。二人で寝れないことはないが、就寝中は基本的に、二人のうちどちらかが周囲の警戒をするので、これで問題ないのである。
男は言った。
「うちのミグラスって野郎が、寝床にうるさいんだ、これが。冒険者なんて、どこでも寝れるだろーによ」
言って、ははは、と男は笑った。
「ま、邪魔になりそうだったら言ってくれよ。こういうときはお互い様だからな」
にっかりと笑って去っていく。
なんか、いい人たちっぽい、と勇斗は心の中で安堵した。
「ごはんだー!」
テントの設営を終えるや否や、アンジェロが叫んだ。
勇斗は苦笑する。
「おいおい。お隣さんがいるんだぞ」
「あっ、そうだった」
はははは、と隣のパーティから、笑い声があがった。
先ほど話しかけてきた男が、テントの前で二人を手招きする。
「うちも丁度、飯にするところだ。一緒に食うか?」
勇斗はアンジェロと顔を見合わせる。
「どうしよう?」
と、アンジェロが小声で聞いた。
過去にも、他の冒険者と宿泊場所が同じになったことは幾度かある。しかし、食事に誘われたことは、ついぞなかったことである。
「正直に言っていいか?」
と勇斗も小声で言った。
「うん」
「俺、コミュ障だから、こういうの無理なんだわ」
「だよね。知ってる」
こそこそと話し合う二人を見かねたのか、男が再び声をかけてきた。
「んだよ、そんな警戒すんなって」
勇斗は、男に向けて、にへら、と曖昧な笑みを返した。
「ったく、別に取って食いやしねえよ! むしろ食わせてやるって言ってんだよ!」
言ってから、自分の冗談が気に入ったのか、男はけらけらと笑った。
「ジェイル、そのくらいにしておきなよ」
ジェイルと呼ばれた男の隣に座る、騎士風の男が、彼をたしなめた。
「ごめんね。ジェイルの奴、人懐っこいけど、ちょっと面倒くさくってさ」
「なんだよ、人を犬猫みてーに」
ジェイルが唇を尖らせて抗議した。
それを無視して、騎士風の男は、勇斗たちに向けて言った。
「僕は、騎士のルーベルン。このパーティのリーダーだ。このうるさいのが狩人のジェイルで……」
ルーベルンは、僧服を着た男を示して続ける。
「彼が、僧侶のミグラスだ」
ミグラスと呼ばれた男が、立ち上がって礼をする。それから、アンジェロに向けて言った。
「よろしくお願いします。そちらの少年は、同門と見受けられますが?」
アンジェロが慌てて答える。
「はい、僧侶ではなく、僧兵ですが……。アンジェロと申します!」
ぺこりと頭を下げた。
そして、隣の勇斗を示しつつ言った。
「彼は相棒のユート。えっと……魔法戦士……? です!」
勇者と言わないのは、彼なりの心配りであろう。
勇斗もおずおずと頭を下げてみせた。
「ご丁寧にどうも」
とルーベルンが笑い、もう一人、座ったままのローブ姿の男を示しながら言った。
「彼は、魔法使いのハーディ。ほとんど喋らないし、表情も変わらないけど、別に不機嫌なわけじゃないから気にしないで」
ハーディは、億劫そうに頭を下げただけで、無言である。紹介された通りの人物であるらしい。
「さて、お互いに自己紹介が済んだところで……」
と、ルーベルンは手を叩いた。
「実は今日は、特別な日でね。皆で軽くお祝いをしようと思ってさ。特別な料理を食べるつもりでいるんだ」
「特別な料理?」
勇斗は首を傾げる。特別な料理といったところで、ダンジョンの中である。食材も調理器具もない中で、何を作るというのだろう。
しかし、続くルーベルンの言葉に、勇斗は腰を抜かしそうに驚く。
「君たち、カレーっていうものを、食べたことはあるかい?」
「カレー!?」
思わず声が出た。慌てて口をつぐむ。
「おや? 君はカレーを知っているのかい?」
「カレーって、最近、冒険者の間で流行っているあれですか!?」
と言ったのはアンジェロである。
勇斗は内心ほっとした。知っている理由を詳しく話すとなると、自身が転移者だということがバレてしまうかもしれなかったからである。
「そう! じゃあ何故、カレーが冒険者に流行しているか、それは知っている?」
「いえ。それは知りません」
首を振るアンジェロに、声がかけられる。
「それはな! こいつのおかげだ!」
ジェイルが掲げるのは、一枚の呪符である。見たことのない意匠であるが……それはカレーのイラストのように見える。
「聞いて驚け! 出前の呪符だ!」
勇斗とて、聞いたことはあった。しかし、聖金貨三枚もするその呪符は、食事のためと考えると割高に過ぎ、購入を検討すらしていなかったものである。
「えっ、その出前の呪符で、カレーが出前できるんですか!?」
アンジェロは素直に驚いている。
「そうです。これも、聖女様の御力によるもの。聖女様に感謝を!」
ミグラスが天に、というか天井に向けて、祈りをささげた。
その間に、ジェイルが地面に出前の呪符を置き、起動した。軽く呪符が発光し、明滅し始める。
「この状態で、一分くらい待つ」
ジェイルの言葉に、勇斗はごくりとつばを飲み込んだ。
カレー。それは、勇斗の大好物なのである。この世界に来てから、一度も口にしていない。まさか、異世界にそれがあるとは、欠片も考えていなかったのである。
「そらきた!」
ジェイルの言った通り、呪符の上にカレーが出現していた。
それも――。
「カツカレー!」
と勇斗は思わず叫んだ。
そのカレーには、黄金色に輝くカツが、ででんと鎮座していたのである。
ややあって、カレーの芳しい匂いが、勇斗の鼻腔をくすぐる。
勇斗は、ジェイルに向かって――否、カツカレーに向かって、ふらふらと幽鬼のような足取りで歩きだした。
しばし勇斗たちのお話が続きます。
階数間違ってたので更新しました!




