第88話 食糧問題の解決法
勇斗とアンジェロの二人は、引き続きダンジョン攻略について相談する。
「ふー、食った食った。うまかったー」
「おいしかったねー」
締めの雑炊まで食べ終えて、勇斗とアンジェロは満足げに嘆息する。
それから、食後に出された茶を二人で啜りながら、話の続きを始める。
アンジェロが言った。
「次は、落とし穴がある地下五階までどうやって行くか、だねー」
勇斗とアンジェロの、ダンジョンにおける最高到達階は、地下四階である。
地下五階は、勇斗たちにとって未踏の領域であった。
二人とも、実力的には地下五階でも通用するだろうとの自負はある。
それでも、これまで挑戦を避けてきたのは、食料と水の問題があったからである。
勇斗たちのパーティは二人しかいないので、運搬する荷物の量に制約がある。二人で持ち込める食料と水では、地下四階で引き返さなければ、帰り着く前に水と食料が尽きてしまうのだ。
「食料、どうするの?」
アンジェロの問いかけに、勇斗は答える。
「ダンジョンの地階で、運営がアイテム売ってるだろ? あれを利用する」
「帰還の呪符? あれ、便利だけど、めちゃくちゃ高いよね」
アンジェロの言う通り、帰還の呪符は高い。一枚が、聖金貨五十枚もするのである。
貴族の支援を受けているパーティならばまだしも、勇斗たちが簡単に購入できるものではない。
「正直、あれをいっぱい買えれば楽勝なんだけどな」
と勇斗は苦笑する。
帰還の呪符は、ダンジョンのいずれの場所からでも、一瞬で地階に戻ってくることのできるアイテムで、帰路の労力を減らすこともできれば、危地を脱することも可能な、超便利アイテムである。
なにより、帰りの分の糧食を考える必要がなくなるので、より深くまで潜るには必須のアイテムである。
「僕らの持ってる聖女の石だと、四つしか買えないね」
勇斗とアンジェロは、これまでのダンジョン探索で、聖女の石を集めることに専念してきた。土ゴーレム狩りと、宝箱の周回を繰り返してきたのである。
その結果、二人の手元には、二百個ほどの聖女の石があった。
聖女の石は、一個が聖金貨一枚相当で、運営の販売するアイテムを購入できる。
なので、帰還の呪符を四枚だけならば、聖女の石で買えるには買える。
しかし――と勇斗は言う。
「四枚だと、探索二回分にしかならないだろ。それだけじゃ、地下七階で隠しエリアを見つけられるとは、到底思えない」
帰還の呪符の対象は、一枚につき一人だけである。パーティ全員で戻ってこれるわけではないので、人数分が必要だ。二人で二枚。四枚ならば、それで二回分ということである。
勇斗は続けた。
「それに、探索途中で死んだとしたら、復活の間に送られる。復活の間の出口はダンジョンの外だ。実質、帰還の呪符と同じ効果だろ?」
「いや、死んでるし!」
とアンジェロは全力で突っ込んだ。
勇斗は、なんでもないことのように言った。
「死んでないだろ。生き返ってるんだから。結果を見れば同じことだ」
その言葉に唖然とした表情を浮かべて、アンジェロは首を振る。
ややあって、尋ねた。
「復活の間から外に出たら、ダンジョン内で集めたアイテムは没収されちゃうって聞いたよ? 折角、地下七階で隠しエリアを見つけても、それじゃまずくない?」
「だから、帰還の呪符は、二枚だけ買う。俺と、アンジェロの、それぞれ一回分だな。地下七階の隠しエリアでお宝を見つけたら、それを使って戻ってくる。お宝を見つけるまでは、基本、使わない方針でいきたい」
「隠しエリアに行く前に、そこそこいいお宝を見つけたら?」
「アイテム送還の呪符を使う」
「それって……なんだっけ?」
「地階の店で売ってたろ?」
アンジェロの頭に疑問符が浮かぶ。まるでピンと来ていない顔である。
苦笑を浮かべて、勇斗が説明する。
「ダンジョン地階の貸倉庫に、アイテムを送ることができる呪符だ。貸倉庫は、割符があれば誰でも利用できる。一旦、アイテムを倉庫に送ってしまえば、死んでも没収されずに後から取り出せる――はずだ」
「そんな抜け道があるの!?」
「たぶんな」
断言はできない。試してみないとわからないが、ゲーム的な常識からすればそのはずである。ダンジョンの運営をやっているのは勇斗と同じ現代日本人なので、勇斗はその常識が通じると見ている。
「でも、死んで戻ることが前提なのはちょっと……」
とアンジェロが情けない顔をした。
「だって、いずれ持ち込んだ食料が尽きるよね? 食料が尽きたら、わざと死んで戻ることになるわけ?」
「いや、食料の補充には、アイテム召喚の呪符を使う」
「そういや、そういうのもあったね……」
アイテム召喚の呪符は、アイテム送還の呪符よりは、まだ冒険者の間で使われている。アンジェロも存在は認識していたようである。
勇斗は説明する。
「アイテム召喚の呪符は、アイテム送還とは逆に、貸倉庫に預けたアイテムをダンジョン内に召喚する呪符だ。つまり、貸倉庫に食料と水を置いておけば、呪符を使ってダンジョン内で補給ができるわけだ」
感心したようにアンジェロが唸った。
「アイテム召喚って何に使うのかと思ってたけど……そういう使い方をするわけか」
「いや、運営の意図は明らかじゃねーか! 効果からして、補給に使ってね、って言ってるようなもんだろ!」
「だって、そんな説明とかされてないしさー! 効果も地味だし、気にもしてなかったよ」
「とにかく」
と言って、勇斗はため息をついた。
「魔物にやられて死ぬか、地下七階で隠しエリアを見つけるかしない限り、地上に戻ってくるつもりはない。その間の補給は、アイテム召喚の呪符で賄うつもりだ」
「補給は何回できる?」
「帰還の呪符が二枚で、石百個。アイテム送還の呪符が二枚で、石二十個。残りを全部、アイテム召喚の呪符にするとして、八枚だな。だから、補給は八回」
うへえ、とアンジェロが妙な声をあげた。
「それって、かなり長い期間、ダンジョンに潜ることになるね……」
「ああ。補給一回で、二週間くらいはいけるだろ。だから最長で四か月か? まあ、そこまではかかんねーだろうけど、最低でも一か月を覚悟しておいてくれ」
「えー!」
と言って、アンジェロがテーブルに突っ伏す。
「一か月もお風呂入れないのか……」
「風呂なんか入らなくったって死なねーよ」
アンジェロは心底嫌そうな顔を勇斗に向けて、それから、上目遣いに言った。
「お風呂なんて贅沢は言わないからさー。体拭う水も一緒に召喚してもらっていい?」
「まあ……そのくらいなら……」
元より、水は多めに用意するつもりである。
勇斗は残念そうに言った。
「ったく、トイレに洗面台くらい、つけといてくれたらいいのにな」
「たしかに、洗面台があればそこで体も拭えるよね。でも、ダンジョンのトイレに贅沢は言えないよ。あるだけまし」
地上でも上水道が整備されているところは、ベルモントなどの都市部だけだと聞いている。
ダンジョンという特殊環境では、さすがに無理があるか、と勇斗も納得した。
アンジェロが尋ねた。
「で、いつから潜る?」
文句を言いながら、やっぱり彼は、勇斗に付き合ってくれるのである。そのことが嬉しかった。
「俺のほうは、いろいろ準備して……来週頭あたりが都合がよさそうだ。アンジェロはどうだ?」
少し考えて、アンジェロが頷く。
「うん。僕もそのくらいがよさそうだね」
じゃ、と言って、勇斗は、飲みさしの茶が入った器を、少しだけ持ち上げた。
その意図に気づいたアンジェロが、同じようにする。
こほん、と勇斗は軽く空咳をして、厳めしく言った。
「俺たちの冒険の始まりを祝して」
「祝してー!」
二人の、かんぱーい、の声が唱和した。
そろそろちょこっと主役も出したほうがいいか、このまま勇斗たちの話を続けるべきか迷いつつ……。
次回更新は11/10を予定しています。




